ビールとプリン

うまくいっていたと思っていても、ある日突然躓くこともある。それはほんの些細な出来事だったけれど、お互い言いたいことを言ってしまった結果それは大きな喧嘩に。謝るきっかけはあったと思うが、きっかけを失ってしまった今。険悪な空気のまま日々は流れていく。

そろそろ仲直りしないと…。

頭ではわかっているけれど、それをできないのが人という生き物。今日謝ろうが明日になりそれが明後日に。先送りしてしまうのが私の悪い所。さすがにこのままでも良くないので今日は仲直りをしようと決めていた。

…と言ってもやっぱり勇気はいる。何も持たずに帰るのは心許なく何かお土産でも買って帰ろうと思って仕事終わりに街をぶらついてみたが、特に収穫はなし。このまま帰ろうかと思いながら最後にふらりと近くのコンビニへ。

ここも収穫はないかな。
とりあえずいつも飲んでるビールを2缶カゴにインしてそのまま店内をぶらりと一周。そして最後にチルドコーナーに目をやると新商品を書かれた品に目をやる。

これ、天佑の好きなやつだ。
いっときハマって毎日のように食べていたプリンの新しい味。きっと、まだ食べていないだろう。冷蔵庫を開ける時には入っていなかったから。
これにしよう。
そう決めてビールとプリンを入れたカゴをレジへ。おつまみとかを買えばよかったと思ったのは店の外に出てから。まぁ、欲しければあとで作ればいいかと言い訳しながら自分の家の前に。

ふぅ…。
ドアの前で一呼吸。でも、今日は決めていた。仲直りすると。いつまでも心の中にある重いものを取り除かなければならない。意を決してドアを開ける。

「ただいま。」

久しぶりにその言葉を言った気がする。思わず声が上擦ってしまう。すぐにその声に反応したのかソファーに座っていた天佑が立ち上がってこちらに向かってくる。

ほら、今がタイミング。

「椿、おかえり。」

久しぶりに聞いたその言葉に胸が熱くなった。そう、喧嘩をしてからその言葉を聞いていなかった。謝らないと…。そう思っているのに感情が先に出てしまう。込み上げてくる涙が頬を伝うのを感じながら嗚咽混じりにようやく想っていた言葉が出た。

「天佑、ごめんなさい…。」

言葉を聞くや否や天佑は私の身体を自分に預けた。その温もりにそっと目を細めて酔いしれる。しばらくその心地よい温もりに酔いしれていると天佑がぽつりと俺もごめんねと言っている言葉が聞こえた。

「椿、お腹は?」

「まだ食べてないから空いちゃった。」

「じゃあ、作ってあるから食べよ。」

「うん。」

ようやく手に持っていたビニール袋の存在を思い出して冷蔵庫の中へ。すると見慣れたパッケージが目に付いてしばらく見ていた。

「天佑、これって?」

朝見た時にはなかったものが中には入っていた。ビールとプリン。私が買ってきたものと全く同じ物が中に入っていた。

「コンビニ行ったらあったから椿が喜ぶかなぁって。」

「天佑…。」

隣に同じ物を2つずつ並べると天佑は笑っていた。それもそうだ。同じことを考えていたのだから。

「ご飯食べたらデザートに食べよっか?」

「そうだね。ビールは?」

「じゃあ、冷えてる方出しといて。」

食卓にビールとグラスを置く。出来上がった食事を見ると私が好きなものばかり作ってある。あぁ、なんて人。思わず溜息が漏れてしまう。私と同じように天佑も今日仲直りしようと考えていたのだろうということがわかる。

「いただきます。」
「いただきます。」

久しぶりに向かい合ってする食事。別になんともないことなのに妙に照れ臭く恥ずかしい気持ちになった。そう、自分が忘れていた当たり前の大切な時間。一口一口天佑の作ってくれた料理を噛みしめながらその幸せを再確認していた。

「椿は疲れてるから先にお風呂入ってきなよ。」

「いいよ。天佑の洗ったお皿拭いていく。」

「そう?じゃあ、よろしく。」

料理上手な人はやはり手際も良い。天佑はさっと洗って私に手渡していく。私はそれを拭いて元の場所へ。よくよく考えるとこんな風に並んで何かをするのも久しぶりな気がする。心のどこかで私はいつも天佑の優しさに甘えていたんだろうとまた反省をする。そんな私と違って天佑はご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら洗い物をこなしている。

「洗い物終わったら先にお風呂入ってきていいよ。」

「えぇ〜?」

「あぁ、じゃあ、私が先に入ろっか?」

「違うよ。椿、まだちゃんと仲直りしてないでしょ?」

「えっ、もうしたと思うけど…。」

「だいぶ俺は溜まってるんだけど。」

そこでようやく天佑の意図がわかって頬が紅くなった。確かにこれも久しくなかったことで、仲直りしたのだからそれも通常通りになる訳で。

「じゃあ、一緒に入る?」

「もちろん♪」

待ってましたと言わんばかりの笑顔で天佑は私の背中を押してバスルームに。ここでようやくまだプリンを食べていなかったことに気づく。また後でゆっくり2人で食べればいいかとその時はのんびり考えていた。









「天佑、相変わらずすごい体力してるよね。」

「そう?椿が体力ないだけじゃない?」

相変わらずけろっとすっきりした顔で天佑は私の横で寝っ転がっている。呆れた顔で睨むと天佑は笑いながらそっと頬に口づけが落とされる。たったそれだけの行為だけで私はまたこの男を惚れ直してしまう。ほんとに私は情けないくらいに絆されている。

「で、来週からはまたお弁当作ってもいいの?」

「あっ、はい。お願いします。」

喧嘩の発端になった天佑のお弁当。お昼にデスクで食べているといつも綺麗なお弁当でいいですねと言われて最初は気持ちが良かったのだが、ここ最近はちょっと思う所があった。

ハート!?

桜のでんぶで作られたハートがご飯の上に綺麗にデコレーションされていた。さすがに恥ずかしい気持ちでいつもだったらフルオープンのお弁当をそっと隠しながらその日は急いでかきこんだ。見られたら何を言われるか分からない。
そんな気持ちを知らずに天佑は今日のお弁当良かったでしょと嬉しそうに言っていたので私が苦言を呈したのをきっかけに喧嘩になったのであった。

「あれはさぁ、一応牽制の意味もあったんだよ。」

「私に対しての?」

「違うよぉ。椿の会社にいる男どもに対する牽制ね。」

「えっ…。うちの所はほとんど既婚の人ばっかりだけど。」

「既婚か独身かそんなの関係ないよ。男だったら全部敵だと思ってないとねぇ。」

「そうなんだ…。」

笑いながら話しているが、目は笑っていない。万に一つもそんな事はないと思うが、天佑はその万に一つを気にしていたのだろう。どちらかというと天佑の方がありそうな気もするのだがと思うが、それはお互い様。

「いつも栄養たっぷり愛情たっぷりのお弁当ありがとうございます。」

「いえいえ。」

畏まって天佑に言うと少し誇らしげな顔を。その顔を見て思わず口づけをひとつ。天佑は火ぃ点いちゃったんだけどと言っている。
まぁ、今日はいいか。私を見上げて微笑む天佑に身を預ける。
そして思う。
プリンをまだ食べていないことに。きっと、終わった頃には小腹が空いているだろうと。2人で食べるプリンはより一層甘く感じられるだろうと流れに身を任せながら思っていた。




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