終わりと始まりの日に
飲み過ぎてしまったか。
夜風にあたりたい気持ちにふと駆られて外に出た。目に入った看板をぼんやりと眺める。相変わらずここはこの蒼天堀のシンボルだな。GRANDと書かれたキャバレーを前にそんな事をふと。
思ったより呆気ないもんやわ。
街に行き交う人を見てそんな事を思う。近江連合が解散したというニュースは夕方でもトップニュースの扱いだった。しかし、一般人にはそこまで影響はないのかもしれない。最初の1週間くらいはその話題に持ち切りで何れ忘れ去られてしまうのだろう。
ここも相変わらずきったないなぁ。
ポケットを弄り煙草を取り出して火を点ける。紫煙を燻らせ濁った川を見つめる。半分吸い終えた時だろうか。もう1本吸おうか悩んでいると後ろから靴音が。声が聞こえて誰が来たのかがすぐにわかった。
「お嬢、そんな所にいたんですか。」
「鶴野…。」
いきなりおらんようになって心配しましたでと言いながら私の横に。本当にこの男は。いつまで私を子供扱いするのだと思いながら溜息をひとつ。そして悩んでいた2本目の火を。鶴野も同じように横で火を点けている。
「足怪我してるんじゃないの?」
「あぁ!そうでした。走っとる時は気ぃつきませんでしたわ。」
笑いながら今更痛みを感じたのか眉間に皺が寄っている。本当に呆れて物が言えないとはこのことだ。本当にこの男は。笑っている鶴野を横目に川を眺める。やっぱり汚い。この川が綺麗になることは今後もないのかもしれない。
「鶴野は明日からどうするの?」
「明日からですか?まだ何も決まっとらんですわ。」
「まぁ、そうやろね。」
「おいおい親父のやることに付いていくことにしますわ。」
「そう…。」
2本目を吸い終えて3本目をどうしようかと悩む。箱を見ると空だった。そろそろ戻った方がいいのかなと思いながらもその場を動けずにいた。そう、次の言葉を選んでいた。
「鶴野はさぁ、明日世界が終わるって言われたらどうする?」
「えっ!急にお嬢どうしたんですか?」
「別に。聞きたかったから聞いただけ。」
「そうですなぁ。おそらくいつもと変わらん1日過ごしてそうですなぁ。」
「そっか…。」
欄干に肘を置いて頬杖をつく。そう、結局世界が終わろうとも極道が解散しようともその日は変わらないのだろうと。
「お嬢はどないするんですか?」
「私?」
一旦深呼吸をしてまっすぐ鶴野を見た。ちょっと驚いた顔をした鶴野はやっぱりいつもと同じで今から少し真面目な話をしようと思うのに笑ってしまいそうになる。
「私は鶴野と過ごしたい。」
「…………えっ。」
あぁ、やっぱり気づいていなかったかこの男。まぁ、いいか。今ならまだ間に合う。
「なーんてね。ほら、戻るよ。」
顔を見てしまうと私の今の苦い顔が見られてしまうのが恥ずかしくなるので鶴野に背を向けて歩き出す。あぁ、言ってしまった。今まで秘めていた想いを。やっぱり今日という日はどうかしている。いや、どうかしているのは私か。
「待ってください。」
私の腕を鶴野はぱっと掴んだ。勢い余ったのか殊の外力が強く驚いていると、すんませんとすぐに声が。私は首を振って大丈夫だと伝える。
「お嬢…いや、椿さん。さっきの事はほんまの事なんですか?」
「鶴野…。」
「本気や言うんやったら俺も我慢はしません。」
「えっ…。」
大きな仕事をするときの鶴野の真剣な眼差し。私は昔からこの表情が好きだった。いつもはちょっと抜けていたりするところもあるけれど、やるときはやる。そのギャップが堪らなく好きなんだ。
「…本気。私はずっと鶴野の事好き…。」
やったという言葉は言えずに鶴野の胸に収まった。すぐに私は腕を背中に回す。鶴野はちょっと困ったような声であとで親父にどう説明したらええやろかと言っている。
「じゃあ、今日はこのまま夜帰らないで一緒にいる?」
「それはあきません。ちゃんと親父には報告せんと。」
「じゃあ、一緒に行こ。」
鶴野の手を取りGRANDへ。これからどうなるのか。今は不安ではなく期待。心配そうにしている鶴野の背中をぱしっと叩き、GRANDの扉を開ける。さて、どうなることやら。
「おぉ、鶴野。椿は見つかったんか?」
「はい。戻ってまいりました。」
「お父ちゃん、今から大事な話してもええ?」
「おぉ。なんや?ええ話か?」
「そうやね。ねぇ、鶴野?」
「お、お嬢…。」
私は笑みを浮かべると鶴野は冷や汗を掻いている。一方のお父ちゃんは察したようで組長の顔ではなく父親の顔になっている。
今日は極道が終焉した日。そして明日から新しい生活が始まろうとしている。私は大切な人と新たな道を歩もうとすることを決めた。そう、今日は終りではなく始まりの日。
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