新天地にて

変化を好む人好まない人。それは人それぞれだ。私の場合といえば、後者の方。変わらないものが好きだ。学生時代の友人と久しぶりに会っても変わらない。思い出の場所に行っても変わらぬ風景、変わらぬ味。変わらないということで当時の自分を取り戻せる気がするからだ。しかし、時に自分では望んでいない変化が訪れることもある。それが今だ。

車窓からの風景を見ながら溜息を零す。慣れ親しんだ街並みから知らない風景へと変わっていく。スマホをタップしてメッセージアプリを起動する。そこには友人たちからの餞の言葉が並ぶ。新しい場所でも頑張れ!またいつでも会えるよ!こっちに来たら連絡してね。
嬉しい言葉が並ぶが、気は重い。

誰も知らない場所で一からのスタート。

変化を好まない私からすると不安でしかない。しかし、社会人として働く人の宿命。転勤に○をつけている限り、可能性は今までいくらでもあった。たまたま今までは運が良く、転勤がなかっただけ。そう、恵まれていたのだ。

はぁ…。また溜息が零れる。気分を上げる為に新幹線に乗る前に買ったアイスを開けるがスプーンが入らない。固いと有名なアイスだったが、こうも固いとは。諦めて眠ろうかと蓋を閉じようとしていると声を掛けられた。

「なんやネェちゃん、諦めるんか?」

「えっ…。」

窓ばかり眺めていたので隣に人がいたことは分かっていたが、まさかこの人…。声の主の方に視界を全部向けると思わず驚いて固まってしまう。何度か自分の脳内で確認するが、間違いない。うん。ヤバイ人。ヤバイ人というよりもそっち系の人。苦笑いを浮かべていると、私の目の前に置かれているアイスが男の人の手に渡っている。

「あの…。」

「こうやったら溶けるで。大丈夫や。まだコーヒーには口はつけてへんから綺麗なまんまやで。」

「あぁ、そうなんですね。」

矢継ぎ早に繰り出される会話にただただ戸惑う私。これが関西人のコミュニケーションスキルなのかと圧倒するのと同時にまた不安が過る。そう、私がこれから行く場所もその関西なのだ。こんな人ばかりが住んでいるのだろうか。ますます自分の中で悪いイメージが作られて気分が沈んでいく。

「おぉ、ええ感じやで。」

「あっ、ありがとうございます。」

しばらくすると私の手にアイスが戻される。蓋をゆっくり開けてスプーンで掬う。さっきとまるで違い、コーヒーの上に置かれたおかげで丁度良い固さになっている。口に運ぶと甘さが広がりさっきまでのネガティブな気持ちが少しだけ溶けていくようだった。

「昔はミカンが主流やったけど、いつの間にかアイスが定番になってもうたのぅ…。」

「そうですね…。」

ミカンの時代っていつ頃なんだろう。結構年齢が上の人なのかなぁ。見た感じは若い感じに見えるけれど…。恐る恐る見てみると視線が見事にかち合い、にやりと笑う男の人。私は変わらず苦笑い。でも、悪い人ではなさそうなのかもしれない。見た目だけヤンチャで本当は良い人なのかも。

「ネェちゃんは新大阪までか?」

「はい。」

終点が新大阪止まりなので降りるとすれば次の名古屋か新大阪。男の人も俺もそうやでと嬉しそうにしている。見た目は怖いけれど、よく笑う人だな。アイスはいつの間にか残り少しで最後まで美味しい状態で食べることができた。

「ありがとうございます。おかげで美味しく食べることができました。」

「そりゃ良かったわ。こっちもネェちゃんのええ顔拝ませてもろたで。」

思わずふふっと笑みが漏れると男の人も笑う。不思議な人だ。今まで関西の人ってすこし怖いイメージがあったけれど、この人のおかげで幾分かマシになった気がする。

「おぉ!ネェちゃん、見てみ!綺麗な富士山や!」

「わぁ!ほんとですね。」

窓に目を向けると綺麗な富士山が広がっている。なんだろう。今まで不安だった気持ちが徐々に前向きに変わっていく感じがしていた。

「ほな、これでお別れやな。」

「はい。お兄さん…もお気をつけて。」

「兄さんって歳でもないけどな。せや、ネェちゃん名前教えてくれるか?」

「私ですか?高城椿です。」

「俺は真島吾朗や。」

ほなまたなと手を挙げて去っていく男の人。あれから他愛もない会話をして気づけば新大阪に着いていた。今度はいつ会えるかもわからないのに…。面白い人だな。そんな事を思いながら、キャリケースを引きながら新しい家へと向かう。

「これで荷物は全部になります。」

「ありがとうございました。」

段ボールが並ぶ部屋。さて片付けをしていかなければ。その前に挨拶だけは先にしておこうかな。東京で買ってきたお土産の箱を持ってお隣に。チャイムを鳴らすとすぐにドアが開く。

「あっ…。」

「おっ!」

こんな偶然がまさかあるとは…。あの新幹線の男の人、真島さんが目の前に立っていた。私は驚きながらも隣に越してきたものですと改めて自己紹介を。

「また会えると思っとったで。椿チャン。」

「これから宜しくお願いします。真島さん。」

お互い顔を見合わせてその偶然の再会に笑い合う。

変わらないことが好きなのは変わらない。けれど、時に変化も必要なのかもしれない。嫌で嫌でしょうがなかった新しい場所。そこに生まれた新たな変化と出会い。ここで一から頑張ってみよう。そう思えた出会いがこの場所であったのだから。






















「真島さんって今、おいくつなんですか?」

「俺か?」

そういって私を手招きする真島さん。耳にそっと掛かる低い声。衝撃の事実を聞いて驚く私の声に笑う真島さん。

「大丈夫やで、椿チャン。こっちは現役バリバリやで!」

「こっち…。」

嬉しそうに目の前で腰をフリフリしている真島さん。これからどうなるのかは全てこの目の前にいる真島さん次第なのかもしれない。嬉しそうに笑う真島さんを見て先行きを少し案じた私であった。




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