桐の箱

人にはそれぞれ得意なもの、不得意なものがある。
私はこういった細々とした作業は苦手だ。
そして、先ほどから休憩と称してのんびりしている目の前の人もどうやらこういう作業は苦手のようだ。

「渡瀬さん、今日中に終わらせないと駄目って言ってましたよね?」

「せやからお前に手伝ってもらってるんやろ。」

「私、こういうの苦手なんですけど。」

「そうやったか?」

からりと笑いながら煙草に火を点ける男を疎ましく感じる。もう随分長い付き合いになるのに私のことを本当によくわかっていない男だ。出逢った時から規格外の人だから理解してもらおうと思うことからまず間違っているのだろう。

惚れた方が負けでこの場合は完全に私の負け。

たぶん、出逢った頃は生意気な小娘くらいにしか思っていなかっただろう。それが今では一緒にいる存在に。ここまでくるまで随分時間は経ったが、結果オーライ。プロセスが長かったとしても後悔は一切ない。

「この箱は何ですか?」

「椿、それはアカンアカン!」

桐の箱に入っている何か。持ち上げるとそこまで重くはなく軽い。私が開けようとするとすぐに渡瀬さんの手元に。珍しく慌てる反応に怪訝な目で私は渡瀬さんを見る。

「何や、その顏は?」

「私にも見せられないものなんですか?」

「当たり前やろ。誰にも秘密はあるやろ。それにええ男っちゅうのはちょっと影がある方がええやろ。」

「ふーん。」

ちょっとどころかだいぶ影がある生き様だと思うけど。言いたい気持ちをぐっと抑え込んで手を動かす。しつこく問いただすと絶対怒りそうな気がする。以前もそういったことがあった。確か、付き合いでいったキャバクラで楽しそうに遊んでいたことがわかった時のことだ。その時も確かこんな風に私がキャバ嬢の名刺を見つけて渡瀬さんが慌てていた気がする。

ほんと、懲りない人。

「浮気くらいじゃ、私、もう動じないですからね。」

やっぱり一言言わないと気が済まなくて棘のある言い方に。渡瀬さんはそんなんちゃうわと一言返ってくるが、どうだか。そろそろ休憩したい頃合いだったし、お茶入れてきますと告げて部屋を後に。

廊下を出ると組員の人達も必要なものを運び出している。ひとつ、ひとつこの場所に置かれていた思い出がなくなっていく。寂しさを感じながるがそれも新たな門出。

そう、もうここは取り壊しになる。
いずれ、何か新しいものが作られる。
もう極道のものとは一切関係のないクリーンなものが。

湯のみと急須を持って部屋に戻ると渡瀬さんは椅子に腰かけたまま目を閉じている。ほとんど何もせずに居眠りとは。変わらず自由気儘な人だ。起こさないようにそっとテーブルの上にお茶を置く。そして目についたのは先ほどの桐の箱。蓋が開けられたまま。別にやましい気持ちがあった訳ではない。視界に入っただけ。

思っていたものは中に入っていなかった。

後生大事に保管されていたのは…。

ポタポタと机に涙が零れる。中にはいっていたのは私が送った手紙だった。本当は届いていないと思っていた。私が2年もの間、書き続けていたもの。いつ返事が返ってきてもいいように待ちわびていたけれど、桜の印が入ったそれが返ってくることはなかった。

「2年くらいになるやろなぁ。」

「何のことですか?」

「暫くお勤めに行かなあかんようになった。」

間髪入れずに待ってるからと告げるからと渡瀬さんは首を横に振った。

「ええ機会や。椿、これでしまいにしようや。」

「いや!」

これまでも喧嘩の延長で別れる別れないという会話はしたことはあったけれど、一方的に別れを告げられることはなかった。だって、結局元の鞘に収まって別れてこなかったからだ。

それがその時は違っていた。
そのまま渡瀬さんは刑務所に入り、私は待つという選択を取った。
時間ができれば私は手紙を書いた。何気ない日常の日々を。

外は桜が咲いていますよ。
今日は暑くて扇風機だけじゃ眠れなかったです。
そろそろ寒くなってきました。
あの時食べたおでんの大根また食べたいなぁ。

四季折々のことを伝えた。隣にいたときはすぐに言えば返ってくるような言葉もずっと一方通行。毎度ポストの前に立つときは返事が返ってくるように祈るような気持ちで投函していた。

でも、返ってこなかった。
だって、彼の中では終わった関係になっていたのだから。
それでも、私は諦めずに書き続けた。それが私の一種の生きがいのようになっていた。

そして2年が過ぎて、釈放の日。
居ても立っても居られなくて私は刑務所に向かった。渡瀬さんの迎えの車が止まっているのが見えたが、構わず私は走って渡瀬さんの所に走って行った。

「ほんま椿はアホな女やで。」

「渡瀬さんだってアホやん。」

椿、後悔するでと言って私を抱き締めた。そう、本当に私達はアホだ。でも、その温もりは2年前と変わらずやっぱり離れるという選択肢はなかったのだ。

そして告げられていく事実をひとつひとつ噛み締めながら渡瀬さんはお前を危険な目に遭わせたくないねんと。そんなの出逢った時からわかっていた。この人が近江連合の極道だって知ってるし、自分が危険な目に遭うかもしれないなんて。

「今更、何、言うんですか?」

「でも、今回は今までとちゃう。」

「じゃあ、最後まで見届けたいです。渡瀬さんの信じた生き様を隣で。」

「ほんま、どうしようもない女や。」

呆れたように笑っていた渡瀬さん。そうしている内に渡瀬さんの極道としての最後の喧嘩が始まって終わった。今はようやく落ち着いて今日はずっといた近江連合の本部を明け渡す最中だった。

私が送った手紙をひとつひとつ見ているとその時のことが鮮明に思い出される。結局、私も渡瀬さんも一蓮托生。今後は穏やかな生活が待っているのだろう。かなりの量の手紙を私は送っていたことを箱を見ながら感じる。そして、最後まで見直していると現れたそれ。

鎮まっていた涙がまた溢れて落ちる。薄いその紙にはすでに渡瀬さんの記入欄は記載されている。あとは私が書くだけ。

「だから見たらあかん言うたやろ。」

「見てくださいっていわんばかりの状態にしてる渡瀬さんが悪いんですよ…。」

子供のように泣きじゃくる私。見兼ねた渡瀬さんは私の手を引いて膝の上に載せる。ちょっと困ったような声でほんとはもっとちゃんとした形で言いたかったんやけどなぁとぽつり。

「今、書いてもいいんですか?」

「ほんなら、このまま書いたらええ。ワシが後ろから見とったるさかい。」

ペンを手に慎重に空欄の部分を埋めていく。
形なんて拘らなくてもいいと思っていた。
けれど、やっぱり私も女の子なんだろう。
その人と一緒のお墓に入りたい。
まだまだ先のことなのにそんな事をふと思って一人ほくそ笑んだ。

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