甘く酔わせるBPM

光輝くネオン、人の行き来が絶えない通り、着飾った男の人や女の人。
まさに都会。

私の住んでいた所は田舎。
娯楽なんてたまに家族総出でいく百貨店の食堂くらい。そして夜なんて本当に真っ暗で人っ子一人通らない。そんな街。

だからこそ都会に出たかった。
それがやっと叶った。
本当は東京にでたかったけれど妥協点がここ。
ずっと来てみたかった夜の蒼天堀。

「椿、こっちこっち!」

突っ立って人の多さに驚いていると友達の1人が私の手を掴んで更に街の奥へ。今日はとっておきの所に連れてってくれるといっていた友人。私はまだ慣れない都会の空気に圧倒されながら夜に海に飛び込む。

◆◇◆

「わぁ、すごい。」

まさにそんな言葉しか出なかった。
露出の多い服に身を包んだ女の人がフロアーの真ん中で堂々と踊っている。そしてその横には男の人が。そんな人達で溢れる室内。

ここはマハラジャ。
朝まで踊りを踊りながら出逢いと別れを繰り返す場所。

「椿、私達も踊ろうよ!」

「う、うん…。」

町内会の盆踊りしか踊ったことのない私が踊れるのか不安になりながらも周りの動きに合わせながらぎこちないステップを。友人はすでに何回も来ているのか嬉しそうに息を弾ませて踊っている。ただただすごいと思ったマハラジャでの初めての夜。

それからすぐに都会に馴染み、ここでの夜の嗜みも少しだけわかるようになった。
まだダンスのステップはうまくはないが、日々ここで踊っている人を見たりするのが日課になっていた。今日もいつもの様に軽く踊って飲んで帰るか。そんな軽い気持ちでフロアーに降りようかと思っていると歓声が。思わず私も歩みを止めて食い入るように見てしまう。

綺麗に着飾った女の子とタキシードを着た男の人が華麗にステップを踏んでいる。周りにも上手い人はいるがそれとは段違いだ。2人の動きがとても息が合っていてとても自然。
そして思わずうっとりとしてしまうのがその男の人。動く度に長いポニーテールが揺れてそして目には眼帯。いかにも怪しい感じの人なのに顔立ちはとても端整でずっとその姿を見ていたい素敵な気持ちになる。

「ユキちゃん、なかなか上手くなったんちゃうか。」

「真島さんこそ、いい動きしてましたよ。」

私の横を通る時に聞こえる会話。親し気な感じからするとカップルなのか。…うん、残念。こんな場所に顔を出しているのだからあわよくば出逢いがあればと思ってきているが現実はそんなに甘くない。声を掛けてくるのは大抵うーんと思ってしまう人ばかり。かっこいい人にはすでに彼女がいるというのは定石だ。

それでも私はこの場所が好きでこの場所にいると田舎者だった私が都会の人になれる。ちょっとだけ背伸びができる。別人のようにいられる居場所だった。

そんな日常を過ごしながら変わらず金曜の明け方に必ず顔を出す真島さんと呼ばれた人のダンスを少し離れた所から見るのが密かな楽しみになっていた。以前の女の子以外にも他の女の子と連れていることもありモテる人は違うなぁと思いながら今日も華麗なステップを踏んでいる。それでも今日はいつもと違って1人で来ている。珍しいなぁと思いながらも以前から目立っていたのだろう。さっきからひっきりなしに声を掛けられている。うん、やっぱりすごい人で雲の上の人だ。

「ニコラシカひとつ。」

レモンの酸っぱさ、砂糖の甘みを感じたら一気にグラスを飲み干す。うん、今日もおいしい。なんだか少しだけもやっとした気持ちを溶かしてくれるそんなカクテル。そう、自分は所詮、臆病者なのだ。あんな風に気軽に声を掛ければいいのにできない。羨ましく妬ましく今日も離れた場所から見るだけで満足しているような女。今日もここで適当に飲んで踊って帰ればいい。

「俺にもこの子と同じのくれへんか?」

「…………。」

視界に入る揺れる黒。そして私の空いている横にそっと座る。静かに煙草を取り出して火を点けて紫煙がゆっくりと上がる。

真島さん…。

初めてこんなに間近で見たかもしれない。思わず舐めるようにその横顔を見ているとばちっと目があって気まずくなって俯く私。やっぱり私は臆病者。

「いつもここから見とったやろ。」

「えっ…。」

まさか気づかれているとは思わなかった。真島さんが躍っている時は人だかりが結構できていたし、金曜の夜はお客さんも多い。だからこそ絶対に気づかれないと思っていた。
そんな事を思っている内に目の前にはニコラシカが置かれている。

「これ、どうやって飲むんや。」

「分からないで頼んだんですか?」

すぐにお替りを頼んで私の目の前にも同じものが置かれる。そして砂糖を落さないようにレモンを齧って一気に目の前で飲み干す。その様子をじっと見ている真島さん。そして自分と同じように飲み干す姿。綺麗な喉仏だなぁとそんな事を思う。

「もったいない飲み方やけどうまいな。」

「でしょ?」

ちょっと緊張が解けて気さくに話せるようになった。どんな話をしたかはちょっと酔っていたから覚えていない。でもその時は本当にドキドキとして恋というのはこんな風に始まるんだなぁと思っていた。

「折角やから一緒に踊らへんか?」

「えっ…。」

さっきまで色んな女の人の誘いを断っていたのに真島さんは私の手を取ってフロアーに降りていく。大きな手、広い背中、目の前で揺れるポニーテール。

そしてさっきまでフロアーがポップな曲調だったのに降りた瞬間一気にムードが変わりゆったりと。いつもチークの時間は休憩と決めていた私にとっては初めての経験。

「あの、私、そんなに上手くないんです…。」

「下手でも全然構わへん。俺に合わせ取ったらええ。」

しっかりと握られた手。暖かい手。そんな風に思いながらもじっと私を見るその眼がただただこそばゆい気持ち、恥ずかしい気持ち、嬉しい気持ちと混在している。そして思う。曲が終われば朝だ。なんだかとてもそれが現実的で夢が醒めるような感覚に似ている。ここでしか会えない人だから。

「そういえば名前聞いてへんかったな。」

「椿です。」

椿チャンかぁ。と言って少しだけ空いていた距離が一気に近く。私は驚きながらも手を離すことができずただぎこちなく踊るだけ。そして曲が終わり、一瞬暗くなるフロアー。

「ほな、またな。椿チャン。」

私はただ何もいえずぼんやりと立ち尽くしていた。暗くなった一瞬の内に起きたこと。

触れるだけの優しい口づけがひとつ。

すぐに明るくなったので本当にそれは一瞬だった。
もはや本当にされたかどうかは分からないくらいのほんの刹那。
それでも私の唇は熱を持っていて忘れたくない気持ちから指でそっと唇をなぞる。
口の中にはまだあのレモンの酸味、砂糖の甘み、そしてあの人の吸っていた苦味が混じる。

初めてのキス。

その日を境に真島さんはマハラジャに現れることがなかった。
本当に夢の中にいる人のようだった。







流行というのは逸り廃りを繰り返してまた戻ってくるようだ。本当に景気が良かったのか、それとも夢だったのか。そんなバブルが終わり、不況になり、また少しずつ景気が戻ってきている。

そしてここにも以前のような遊び場が。そう、ここはデボラ。
昔と同じようにダンスを踊る若者たち。微笑ましく思えるその光景は自分が大人になった証拠だろう。昔だったらきっと羨ましく思っていただろう。

「お姉さん、1人?」

私は声を出すことなく手であしらうとすぐに男は去って行く。昔だったらドキドキとしていたことも今では何も感じない。これが大人というものなのだろう。

「俺にもこの子と同じのくれへんか?」

「もう子供じゃないですけど。」

「そうか?」

椿はまだまだ子供やでと言いながら目の前に置かれたニコラシカを綺麗に飲み干す姿。年齢を重ねたのに当時と寸分変わらない所作に私の胸は高まる。

そしてフロアーに流れるBGM。懐かしいその音楽に耳を傾ける。私の気持ちを読み取っているのか懐かしいのぅ…と横で声がする。

「折角やから一緒に踊らへんか?」

「私のダンスの相手は高くつきますよ。」

「えぇ、根性しとるなぁ。」

イヒヒと笑って私の手を取ってフロアーに。今日もあの頃と変わらないステップを私に魅せてくれる素敵な人との恋の時間が始まる。


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