恋という気持ちに蓋をして

変わらず派手なことが好きだなぁと思いながら進められたお酒を会釈しながら受けていく。
父が好きなてっさ、鍋、そして豪華な船盛が各テーブルに並び各々が嬉しそうに談笑している。

父はそろそろ樽酒がなくなったから次持ってこんかい!といつもだと気の短い父は怒っているのに上機嫌。

私は並べられた数々の料理に手をほとんど点けず、空っぽの胃にただお酒を流していく。
そして無意識に目が会場にいき、ある人物を追う。
今日は会合ということもあって皆、黒いスーツ。
そして私の探す人物はそんな場でもそぐわない格好をしている筈だが見当たらない。
きっとこんな退屈で窮屈な場にいるのは彼の性に合わないのだろう。

ちょっとお手洗いに行ってきますと告げて私は会場の外へ。
外では忙しなく会場の中へ酒や料理を運んでいる。
私はそんな様子をぼんやりとみながら外にある日本庭園に。

「なんや、椿チャンか?」

「会場に戻らなくていいんですか?いないと父が怒りますよ。」

そしたらそんときやと言いながら気にせず煙草に火を。
しかし、少し風が強いのか中々火は点かない。
私は鞄からライターを取り出して風を避けて火を点ける。
すまんのぅと言いながら私も1本取り出して火を点ける。

「椿チャンも吸うんか?」

「たまにです。息抜きみたいなもんです。」

そう話しながらもこんなのなんでおいしいのかと思いながら薄く煙を吸い込んですぐに吐く。苦くて苦くて苦い。
まるで今の自分のようだ。

手を伸ばせばすぐに届く。
触れたいと思えばすぐに届く。
言葉にしてしまえば簡単だ。
言葉にしてしまえば最後だ。

「ガキやと思てたのに椿チャンも大人になっとったんやなぁ。」

そんな私の中の複雑な気持ちに気づいているかはわからない。
このいつもと変わらないやり取り。
きっとわからないのだろう。
だって何もしていない、何も始まっていない、何も言っていないのだから。

「いつの事言ってるんですか?もう私23ですよ!真島さんもいいおじさんですよ。」

ゴロちゃんは永遠の20代やでと言いながらポーズを決めている。
呆れながらもこの人は本当に変わらないなぁと思う。
物心ついた時から私の周りにはお嬢と呼ぶ人が多い中、唯一椿チャンと1人の人として見てくれていた。

純粋に嬉しかった。
自分は父の所有物じゃなくて1人の人間であるということに。
そしてそんな想いは恋心に。

このままここで隕石が落ちて全てなくなってしまえばいいのにとか明日がずっとこないでこのままこの状態でループしていればいいのに。
そんな非現実的なことを思っても明日は来る。

「椿チャン、ほんま良かったのぅ。」

そう笑いながら話す真島さんを見て私はふいに涙が零れそうになるのを抑える。
真島さんはそんな様子にどうしたんやと言いながら少し驚いている。

「ちょっと煙が目に沁みただけです。」

本当は言いたい。
このままここから私を連れ出して。
このままずっと一緒にいて欲しい。
真島さんのことを愛しています。

言いたいけれど言えない。
だってそんな事をしてしまえば…。

「真島さん、ありがとう!」

私は涙をひっこめて最高の笑顔で真島さんに微笑む。
彼の眼に映る最後の姿を笑顔にしておきたかった。

ほな、先に会場に戻るでと言って歩いていく真島さん。
去って行く背を絶対に忘れないようにと眼に焼き付ける。

私は明日、近江の幹部と結婚する。
好きでも嫌いでもない人と。
父の駒として。

どんなに嫌でもどんなに辛くても。
私1人が犠牲になれば組の将来は安泰。
そして私の大切にしたいものも。

さようなら、真島さん。

私はまだ残っているハイライトをそこに置いてそう呟いた。


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