初めての女

人はそれぞれ目的を持っている。例えば結婚したいのであれば出会いの場に行く、夢を叶える為には…お金。

そう、今の私にとってはお金が優先事項。

バブル真っ只中のこの蒼天堀。
お金というお金が飛び交い、それに群がる人達。
勿論、私もそうで目的の為なら手段を選ばず。

毎日お酒の匂い、男達の厭らしい目つき、そして自分の媚びるような甘い声や笑い。
全てが嫌だったけれど目的の為にひたすら働いた。

あと少し!

貯まったお金を見ながらほくそ笑む。
そう、私はお金を貯めて東京に行く。そして美容師として働くのが夢だった。
裕福ではない私の家では美容学校のお金は出してもらえず、昼間は学校、夜はキャバレーと二足のわらじの生活。そして美容学校を無事に卒業し、ようやく目標のお金も溜まり、知り合いのお店で来月から働くことになっていた。

「なんや、椿チャン辞めるんか?」

「すみません、支配人。」

店長にはすでに話はしていて今日久し振りに顔をだした支配人に話すと残念やのぅと一言。そして煙草に火を点けながら辞めてあてでもあるんか?と聞かれて東京で美容師として働くんですと告げる。

「せやったなぁ。椿チャン、ようスタッフの髪結ってあげたり、切ったりしてくれてたもんなぁ。」

練習台…といったら失礼にはなるが、ここには綺麗な女の子が多い。私が美容学校に行っていると知った女の子は私に気軽に頼んできたので私も快く引き受けていた。

「俺にはやってくれんかったなぁ。」

「えっ…。」

そう思いながらも目の前の人物を見ながら思う。
綺麗な伸ばした黒髪はきゅっとひとつに束ねられていて切る様子がない所を見ると何か意味があって伸ばしているのかなとふと思ってしまう。

「もし、東京で切ることがあったら言ってくださいね。」

そういってお店の名刺を渡す。
支配人は名刺を見ながらほんなら、そん時は椿チャンに頼むわと話して会話は終わる。

そして私はGRANDを後にした。

◆◇◆

慣れない環境に右往左往しながらも徐々に新しい仕事にも慣れて思う事。やはり夜の世界はつくづく自分には向いていなかっただなということ。それでもこの仕事もメインは接客。以前の仕事のお蔭もあってお客さんとの会話を弾ませながら髪を切り、お客さんを見送っていく。

「高城さん、今からやってほしいって指名が入っているんだけどこの後大丈夫?」

「私にですか?」

思い当たる節は特になく、大丈夫ですよと答えている内にお客さんがからんと扉を開けて入ってくる。

「支配人!!」

「久し振りやな、椿チャン。」

そういって笑う支配人。そしてもう支配人ちゃうから気軽にゴロちゃんでええでという支配人。こんな人だったっけ?そう思いながらあの時と随分違う雰囲気に私はただ圧倒されながら席へと案内。色々と聞きたいことはあるが、まずはどの様にするかを聞いていかなければいけない。

「今日はどのようにされますか?」

「せやなぁ、さっぱりしてくれたらええわ。」

あとは任せるわと言いながら私は切る為の準備をしていく。
結ばれた髪の毛を解くと長くて綺麗な黒が視界に広がる。

「なんか、もったいないですね、切るの。」

「ええんや。バッサリいってくれや。」

そうですか…。そう話しながら鋏を入れていく。
時々鏡越しに支配人と目が合い、何とも恥ずかしい気持ちがでてその都度、集中といい聞かせる自分。

「なんで切ることにしたんですか?」

「お勤めご苦労さんってことやな。」

お勤め…。
前にキャストの1人が言っていたことをふと思い出す。
支配人の背には立派な彫り物があるということを。
まさかね…。
そんな事を思いながら切っていくと長かった髪は短くなって随分とまた印象が変わる。
そして最後に後ろを刈り上げていく。

「どうですか?」

鏡を持ちながら支配人に聞くと、お、ええ感じやんか。と随分気に入ってくれた様子。
そして垣間見える支配人の顔はやっぱりかっこいい人なんだなということを再認識させられる。

「今日のお代はいいですよ。」

「何でや。ちゃんとお金やったらぎょうさん持ってるで。」

GRANDを最後に去る日にこれは支配人からの餞別ですと店長から随分と分厚い封筒をもらった。中にはたくさんのお金が入っていて断ったのだが、それだと店長が困るといって渋々もらってきたのだ。

「餞別たくさんもらったんで。それにその髪、またすぐ伸びると思うんで今度からはちゃんとお金取りますから。」

「ほんなら、ええわ。椿チャン、おおきに。」

そういって支配人は私に近づいて耳元で囁いて手に何かを握らせる。

”もう支配人ちゃうから口説いてもええよな?”

そういって去って行く支配人の背中。
そしてじんじんと赤くなる耳、そして触れられた手。

鼓動が速くなるのを感じながらやっぱり支配人はかっこいい。
そして、ただからかわれているだけ。それなのに。
なぜだかもらった電話番号が書かれた紙を捨てることはできずポケットに。

そして思う。どうしてあの髪型にしたのか。
手入れが必要な髪型で他にももっと手入れが簡単なもので短くできるものもあったのに。

綺麗に刈り上げられたその髪をそっと撫でてキスしてみたい…。
浮かび上がる自分自身の欲に思わず苦笑してしまう。
そして次回はいつ来るのかと思いながら今日も私は鋏を握る。


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