「東さん、今日は暇なんで早めに上がってもいいですよ。」
「おぉ、じゃあ、そうさせてもらう。」
そんな会話をして立ち上がると店員の一人が自分の所にやってくる。そして手に持っているのは可愛らしいラッピングされた箱。そういえば…。
「おぉ、良かったな。彼女からか?」
「いや、それが…。」
俺の顔を見ると少し気まずそうにしている。何か俺は変なことを言ったのだろうかと思っていると、実は…とこのチョコをくれた主の話に。
「東さんはもうもらってると思ったんで…。」
「何度も言ってるが、あいつと俺はただの知り合いだ。お前が気にするような関係じゃねぇ。」
「そうですか…。」
安心した顔でじゃあ遠慮なく頂きますと去っていった。
そういえば、今日はあの変態の顔を見ていないと今更ながらに気づく。あいつと知り合ってから今年は3年目。
1年目のバレンタインは未だに恐ろしいものだった。全身をチョコで塗った変態が自分の家の前に現れた。あいつは俺の顔を見るなり嬉しそうに好きな所を舐めてくれていいですよと言っていた。本当になんて女だ。
2年目のバレンタインは1年目のことがあったので予め余計なことはするなと釘をさしておいた。そして、当日はシンプルなラッピングのチョコを自分に持ってきた。だから油断していたのだ。その後、中身はたっぷりと催淫作用のあるチョコが入っているとは気づかず恐ろしい羽目に。
さて、そんな2年間を過ごした結果、もうバレンタインにチョコは持ってくるなと口が酸っぱくなるほど言っておいた。だから、当たり前なのだ。今年は何もないことが。
しかし、他の奴には渡しているようだ。自分以外の人に。
「東さん、このチョコめちゃくちゃ上手いですよ。」
「おぉ、良かったな。」
どうやらあいつの手作りチョコのようだ。俺以外には普通にチョコを渡すのにどうして自分ばかりが災難に遭わなければいけないのだろう。もやもやとした気持ちがこみ上げる。しかし、その怒りをぶつける相手が今日はいない。
「そういえば、この後は海藤さんの所にも渡しにいくっていってましたよ。」
「兄貴の所…。」
別に欲しいから来た訳ではない。ただ、兄貴が無事がどうかを確認する為だ。八神探偵事務所を開けると八神と兄貴がいた。2人ともそれぞれチョコをもらったようでコーヒーを飲みながら食べていた所だった。
「東、お前はもっと良いのもらったんだろ。」
「いや、俺はもらってないです。」
「おい、喧嘩でもしたのか?」
「兄貴、何度も言ってますが、あいつとはただの知り合いなんです。」
「いや、そんな事はないだろう。あんなにお前のことを好きって言ってくれてるんだぞ。」
「まぁ、そうですね。」
ここにもあいつはいなかった。なんだ、このちょっと空振りした気持ちは。そう、別に今日が平和に終わればいい。それなのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
くだらねぇ。
今日はもう早く眠ってしまおう。玄関に前まで行くと見慣れた影が目に入った。
「東さん…。」
「なんだ?」
いつもだったらすぐに帰れというのに、なぜかそんな言葉は出なかった。自分の前にこいつが現れたことに安心している自分がいたのだ。
「東さんがチョコは要らないっていったので顔だけ見に来ました。」
「はぁ?」
「えっ!じゃあ、チョコ欲しかったんですか?」
「いや、そんな事は…。」
俺以外のもらった人は皆口を揃えてうまいと言っていた。自分だけもらえていないというのが何だか不公平な気がしただけだ。戸惑う顔でしばらく自問自答していると、パシャとカメラの音がする。
「ヒヒヒ!東さんの困惑顔いただき!」
「………。」
「やめろと言われてもちゃんと特別なチョコを用意してくるのが私ですから!」
「そうか…。」
押し付けるように特別なラッピングされたチョコを渡して駆けていく変態。渡すだけ渡して今日は帰ったようだ。さっきまでの怒りはなくなり妙に晴れ渡った気持ちになっている。
そしてその箱を開けて一口。
うまっ!
あぁ、本当に毎年こんな風に普通に渡してくれればバレンタインも特別な日になるのに。どうしてあいつは変態なのだろうか。そんな事を思いながら、初めてあいつからもらったまともなバレンタインデーは幕を閉じた。
後日。
「東さん!お返しは倍返しでいいですよ♪」
「あぁ。何でも好きなもん言ってみろ。」
「えっと、じゃあ、まずは裸になって頂いて…。」
「そういうのは却下だ!」
「え〜!」
またいつも通りの俺と変態の日常が始まる。お返しはそうだな、まともな人なら喜びそうなものにしよう。変態の好みに合うかはわからないが。あぁ、本当に黙っていれば可愛いのにもったいない女だなとまたいつものやり取りを少し楽しむ俺がいた。
(02/16 21:28)