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▼ ふいうち

桜の蕾も膨らみ始めた。
もう完全に春だなぁ、と昨日まで思っていたが、まだ冬に片足を突っ込んでいたらしい。
任務を終わらせて、木を飛び伝いながら里に戻っている道中。
さっきから何度も冷たい強風が襲ってくる。


「ひゃー!!さっっむ...!」
「昨日まで春だ花見だって先走ってたのにねぇ」


すぐ後ろから少し呆れたような同僚の声が聞こえる。
口元と左目が隠されたその顔は、きっと右目の部分しか風の攻撃を受けていない。ずるい。


「だってもう桜咲きそうだったじゃん!」
「まだ咲いてないうちから酒のストック買うのは先走りすぎでしょ」
「何で知ってんの!?」


たしかに昨日、花見といえばお酒だと普段の倍は買い込んだ。
完全にそれを名目にしただけで、半分以上は咲く前になくなるだろうけど。
でもそれは1人で買い物に行ったはずだ。


「うっれしそーにお酒抱えて帰ってるの見たから」
「うーわー見られてたー!もうお嫁に行けない...」
「もっと酷い姿散々晒してるくせに何言ってんの」
「さらっと失礼なこと言うね!その通りだけど!」


テンションが上がって酔い潰れたのを連れて帰ってもらったのはまだ記憶に新しい。
新しいどころか既に何度目かすら覚えてない。
それをアスマと紅にからかわれるのまでがお馴染みの流れになりつつある。
あの二人はラブラブだもんなぁ。カカシは多分モテるだろうから気付けば一人、なんてことに本当になりかねない。


「ま、行き遅れたら貰ってあげるよ」
「さっすがカカシー!頼もしー!」


そう言ってくれるけど、きっとそのうちいい人を見つけるだろう。
でもそんなノリで楽しく馬鹿できるし、カカシも付き合ってくれるからカカシの隣は居心地がいい。
そんなことを考えていたら、また突風が吹いた。


「ぎゃー!!」
「お、っと...何してんの」


あまりの冷たさに、思わずカカシの後ろに飛びついた。あれ、これ風が当たらないんじゃない?
そのまま腕を回して、おぶられる体勢に入った。


「快適!このまま帰ろう!」
「いや、重いし。人を風避けに使うんじゃありません」
「だってカカシ右目しか風当たんないでしょ、ずるい」
「ずるいってお前ねえ...」


こっちはおぶられる準備万端だというのに、いつまで経っても足を支えてくれないからただ首元にしがみついてるみたいだ。
それはそれで体が風に煽られて寒い。
でもよくそんな体勢のまま進めるな。さすが。


「さーむーいー!カカシ早く支えてよー!」
「全くこのお子ちゃまは...」
「誰がお子ちゃ...わ!」


急にカカシが止まるもんだから、見事に落ちかけた。
尻もちを着く前に体勢を立て直しひと安心。
と思ったけど、目の前に陰が落ちた。
あれ?何でカカシあたしを木に追いやってんの?


「カー...カシ?」
「ん?どしたの?」


にっこりと右目が弧を描く。


「えーと...何この状況」
「お前があまりにも鈍いからさ。強硬手段に出てみようと思って」
「何言っ...!?」


ただでさえ状況を理解できていない中、信じられないことが起こっている。
今、あたしの唇に、柔らかいものが当たっている。
それが離れていき、カカシだったんだと気付いた瞬間、一気に顔に熱が集まった。


「なっ、え、カ...!!」
「言葉になってなーいよ」
「え、だって何して...?」
「ま!ここから先は自分で考えてよ」


そう言いながらカカシは既に背を向けている。
でも、ほのかに耳が赤くなっているのをあたしは見逃さなかった。
この胸の動悸は、驚きか、それとも。
答え合わせが終わった頃には、今度は心があたたかくなるのかもしれない。
そう思いながら、もう一度カカシの背中に飛びついた。




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