08



月明かりだけが辺りを照らす森の中、ゴン、と今日だけでも何度目か分からない音が響く。
音を鳴らした主は頭を抑えてその場で転がりながら悶えている。


「いっってぇー!!」


手を貸そうかと悩んでは、出しかけた手を引っ込めて木に凭れ直す。
それももう何度目か分からない。
こちらが手を貸さずとも、ナルトは自分の力で立ち上がる。
今も「うおー!」や「くううう...」と様々な声で痛みから気を紛らわしつつ立ち上がった。
涙目になりながら落ちたクナイを拾い、また助走をつけて木に登っていく。
タズナの話を聞いてから早三日。
ナルトは日中の修行を終え、夕飯を食べるとまたすぐに一人で森に向かい、夜通しで修行に励んでいた。
その結果、本当に少しずつだが、ちゃんと伸びている。
他でもない、自分自身の力で。
疲れ果てて眠ったナルトが起きるまで辺りを見張っている以外は、ただ見ているだけだった。
トン、と枝にひとつの影が並ぶ。


「よ!どうだ、ナルトは」
「見ての通りです」


指を差して方向を伝えると、しゃがんで右手を額に翳しながら、ナルトのいる方へ目を凝らした。
暗闇の中転げ回るナルトを認め、ふむ、と言葉を漏らす。


「身体はもう大丈夫そうですね」
「まだ完全復活ではないけどね」


もう松葉杖も必要なくなり、こうして木の上に飛び乗れるくらいには身体も動くらしい。
私の言葉を受けて、翳していた手を閉じたり開いたりする動きにも特に違和感は感じない。
それにしても、とカカシが言葉を続ける。


「医療忍術まで身につけちゃうとはね。先輩びっくりだよ」
「使える技術は全て叩き込もうと思っただけですよ」


それに、誰かを護るための力をつけるのは全く苦じゃなかった。
寧ろ修行に打ち込んでいる方が色んなことから気が紛れて楽だった。


「ま!あんまり気を張りすぎるなよ」
「...任務中ですが」
「いや、そういう意味じゃなくてね」


−−−ゴン。


「いっってええええーーーー!!!」
「何でアイツは毎回受け身を取らずに頭から落ちるんだろうねぇ」
「それだけ目の前のことに必死なんでしょう」


頬杖をつきながら呆れた声でカカシが言う。
音に引かれてナルトへ向いていた視線を戻すと、銀髪が風に靡いていた。
立ったままなので必然的にこちらの方が視線が上にあり、カカシの頭頂部を見つめる形になる。
ツンツンとした銀髪は月明かりによく映える。
そういえば銀世界にもよく映えていたなと昔の記憶が蘇る。


「さて、そろそろ戻るかな」


伸びをしながらカカシが立ち上がり、あっという間に視線が逆転した。


「お気をつけて。また朝食時には連れて帰ります」
「ああ。お前もちゃんと休めよ」


振り向きざまにぽんと乗せられた手に思わず振り返ると、もう姿はなかった。
隙を突くようにされた行為はこの前の仕返しだろうか。
緊迫した状況ではなかったとはいえ、完全に油断してしまった自分に驚いた。
カカシへの信頼か、ナルトたちの人懐こさからの平和ボケか。
どちらにしても任務中であることには変わりないと自戒して、再びナルトの修行を見守った。





「大丈夫だって。そんなに神経過敏にならなくても」
「なってません」


朝食の準備を手伝っていると、後ろからカカシの声がかかる。
楽しそうにかけられた言葉を力強く否定しながら、サラダに使うレタスを千切る。


「ふあーーー......あれ、名前さん?一人ですか?」
「おはよう、サクラ。...一人で頑張る、って言われてね」


授業開始から五日目の夜。
一人の修行の成果はどんどん出てきて、頭から落ちなくなり登れる高さもどんどん上がってきた。
努力の結果を噛み締めるようにガッツポーズをするナルトを見ると、こちらまで嬉しくなる。
その様子をいつものように木の影から見ていると、突然ナルトがきょろきょろと辺りを見渡し始めた。
そして私がいる方向とは真逆を向いて、息を大きく吸った。


「名前姉ちゃん!そこにいるのは分かってるんだってばよ!」


ビシッと指差したのは、誰もいない木の上。
あまりにも自信満々に言うものだから小さく噴き出してしまった。
しばらく何も言わずに見ていると、ゆっくりと首が傾げられていく。
ほぼ直角に傾いたところで、背後に降り立った。


「こっちだよ」
「うおおおおォォォ!?もももも、もっちろん分かってたってばよ!さ、作戦作戦!!!」


声をかけると同時に飛び上がり、尻もちをついて数メートル後退りながらナルトが叫ぶ。
心臓の鼓動を落ち着かせようと片手を胸に当てながらも強がる様はとても面白い。
数回深呼吸を繰り返して、再び口を開いた。


「ふううぅぅ...へへ、やっぱり見てたんだな!」
「気付いてたんだね」
「いっつもちょうどいいタイミングで姉ちゃんが呼びに来てくれるからさ!もしかしてと思ったんだってばよ」


気配を感じたというわけではないようだが、それでも気付いたなら上出来だ。


「それで、どうしたの?」
「あのさ、あのさ、一回本当に一人にしてみてほしいんだってばよ!」
「え?」


要するに様子を見ることをやめろ、ということだ。
確かにここ数日の感じでは敵襲もなく、穏やかに時は過ぎていた。
けれど、いつ仕掛けてくるかも分からないのも現実だ。
ナルトの言うことを素直に聞くには、不安要素が多い。


「それは、どうして?」
「どうせならさ、姉ちゃんも驚かせたいじゃん!」


ニカッ、と笑うナルトはとてもわくわくした表情を浮かべていて、絶対に登れるようになるという自信も感じさせた。
濁りのない素直な彼の感情は、どうにも私の心を動かしてくる。


「......これ、渡しておくから何かあったら思いきり吹いて」


とはいえ、ここで簡単に彼を放り出すには不安があった。
懐から小さな笛を取り出して渡す。
邪魔になる物でもないからと持ち歩いていたが、こんな所で役立つとは思わなかった。


「んん?何だこれ、笛?」
「犬笛みたいなもの。普通の人には聞こえないから」


五感を研ぎ澄ます修行に使っていたものだ。
吹くと通常の聴覚の人間には聞こえない高周波の音が出る。
カカシや追い忍と言っていた再不斬の仲間には聞こえるかもしれないが、それなりの時間と修行を要すため、暗部でも一部の人間しか聞き取れない。


「へえー!やっぱ姉ちゃんって凄ぇんだな!」
「多分はたけ先輩も聞こえるけどね。...朝食時には呼びに来るよ」
「分かったってばよ!サンキュー名前姉ちゃん!!」


更に笑みを深くして笛をぎゅっと両手で包み込んだナルトを見て、気が付けば手が伸びていた。
突然頭を撫でられて一瞬目を丸くしたものの、再び笑顔に戻る。
つられて口角が緩みかけたところではっと我に帰り、手を引いた。


「...頑張ってね」
「おう!オレの実力を見せてやるってばよ!」


笛をポケットにしまい、再び木に向かっていった背中を少しだけ見守ってからその場を後にした。
タズナの家に戻りながら、先程ナルトを撫でた右手を見る。
...カカシの感情が、少しだけ分かったような気がした。




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