昼休憩も終わり、いよいよ午後の部が始まった。

 前半は自由参加のレクリエーションが開催され、最終種目のトーナメントはその後に開催される。まずは総勢十六名からなるトーナメントの組み合わせ決めの為、ミッドナイトを中心に組ごとに整列をした。
 トーナメントはその名の通り一対一のバトルだ。組み合わせはくじ引きによって決まる為、個性同士の相性も運で決まるということだ。

「んじゃ一位チームから順に…」
「あの、すみません!俺…辞退します」

 ミッドナイトがくじの箱を用意すると、A組の尾白が思い詰めた表情で挙手をするなりそう言った。突然の発言に周りは反対するが、尾白は頑なに拒否をする。

「騎馬戦の時、本当なら俺は記憶がなくてもおかしくないんだ。名字が助けてくれたから意識のあるまま戦えたけど、それでも”奴の個性”に易々と引っ掛かったのが悔しいんだ」

 奴の個性とは心操のことだろう。あの時の尾白の釈然としない様子が引っかかっていたが、名前は彼の本音を聞いて漸くあの時の彼の言動の意味を理解した。
 そこまで気にすることではないし、この場で棄権は勿体ないとA組の女子勢が狼狽えながら説得するが、尾白はそれでも考え直す様子はない。

「尾白君。それでもあれは君の勝利でもあったんだよ?」
「分かってるよ名字。でも俺が嫌なんだ…」
「僕も同様の理由から棄権したい!実力如何以前に、何もしていない者が上がるのはこの体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか」

 同様に声を上げたのは心操チームの騎馬となっていた庄田二連撃だ。そういえば彼の洗脳だけ解くようお願いしなかったことを思い出した名前は若干の胸の痛みを感じたが、心操の方が上手だったのは事実なので仕方ないと思い直す。
 しかし、彼等がどれだけ棄権を願い出てもそれを許可するかどうかは主審ミッドナイトの采配で決まる。一同がどうなるのかと彼女を見上げるか、「そういう青臭い話は好み!」と一発で許可が出た。

 そうして棄権した二人の分が繰り上がり、B組の哲鉄チームから二名の進出が決まったことで合計十六名の対戦相手が決まった。
 スクリーンに表示された第一戦目の名前の相手は八百万だ。

『よーしそれじゃあトーナメントは一先ず置いといて、イッツ束の間!楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 トーナメントに参加する十六名はレクリエーションに参加して楽しむのも、力を温存するのも自由だ。先程のこともあって楽しむ気分になれなかった名前は応援席に座って休憩をすることにした。
 その場は解散し、席に向かおうとする名前を八百万が呼び止める。

「名字さん!第一試合目、負けませんわよ!」
「うん。私だって負けない」

 力強い笑みを浮かべる八百万に名前も笑みを返す。入学当初は敵意のあった八百万だったが、彼女はこの体育祭の中で改めて名前の実力を受け入れようとしていた。勿論負けを認めた訳ではないが、以前のような棘は見る影もなくなっていた。
 八百万の宣誓布告を受け、名前は応援席に腰を下ろす。A組女子勢は峰田の策略によりチアリーディングをしているが、名前にはそんな余裕はなかった。

「(八百万さんに勝って、その次当たれば轟君とだ)」

 轟君の第一試合目の相手は瀬呂だ。彼を下に見ている訳ではないが、二人の個性や実力を鑑みても恐らく轟が勝利するだろう。そうすれば念願の轟と対峙することになる。
 彼方は緑谷のことしか見えていないみたいだが、名前にとっては対人戦闘訓練での悔しさを晴らすのと、母に己の実力を見せ付けるまたとない機会だ。自然と緊張で口数が減ってしまうのも仕方がなかった。

 そうしてレクリエーションも終了し、いよいよ最終種目のトーナメントが始まる。セメントスがスタジアム中央に個性でステージを作り合図を出すと、プレゼントマイクの実況が始まった。

『色々やってきましたが!結局これだぜガチンコ勝負!頼れるのは己のみ。ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!分かるよな!心・技・体に知恵知識!総動員して駆け上がれ!』

 最終種目は最大の見せ場なだけあって会場内は以前にも増して盛り上がっている。

 今回のトーナメントのルールはこうだ。相手を場外に落とすか行動不能にする。または「まいった」と言わせるかで勝敗が決まる。勿論、個性をぶつけ合うガチバトルなので怪我は必須だが、リカバリーガールが待機しているので道徳倫理は一旦捨て置くに限る。

 緊張で一同の顔が強張る中、第一回戦である心操対緑谷の戦いが始まった。


「なんかアイツらずっと喋ってね?」
「緑谷も様子が変だよ」

 A組応援席から上鳴と耳郎がスタジアム中央の二人を見下ろして呟く。観戦用の巨大モニターに心操と緑谷の様子が映像で流れているが、二人は物理攻撃を仕掛けるでもなく言葉を交わしていた。
 一体何を呑気に会話しているんだと一同が怪訝そうに眉を顰めるが、騎馬戦で心操の個性を知った名前だけは彼の作戦を理解していた。
 心操の個性、"洗脳"は言葉を交わした者を洗脳することができるというものだ。当然、彼の個性を知らなければ圧倒的な初見殺しとなる。緑谷は心操に洗脳されると、言われるがままに場外に向かって歩き出した。
 しかし、緑谷がラインギリギリまで迫った瞬間、彼の個性が暴発したことによって自力で洗脳を解いてしまった。

『これは…緑谷とどまったぁああ!』
「ねぇ、名字はあの男子と騎馬戦組んでたよね?あの個性って自力でどうにかなるもんなの?」
「いや…」

 耳郎が名前に問いかけるが、名前自身も目の前の出来事を理解していなかった。二人の試合から片時も目を離すことなく、彼女は耳郎の質問に答える。

「心操君の個性は心操君が解除するか、衝撃を受けて解くしか方法がない筈。けど、今緑谷君は自力で個性を発動してた。普通ならありえないと思う」
「相変わらず無茶振りだなぁ緑谷」

 踏み止まった緑谷は心操を振り返ると、個性を使わずの揉み合いの末に彼を背負い投げで一発場外にしてしまった。

「緑谷君!二回戦進出!」

 ここまで上位ギリギリを保っていた緑谷が一回戦で易々退場するとは思えなかったが、心操の個性にはそれなりに苦労をするかと予想していた名前は思わぬ速さで出た結果に静かに眉根を寄せる。
 見事な背負い投げに上鳴が「爆豪も投げられてたよな!」と右手で投げるポーズをしてみせれば、爆豪は忌々しそうに舌打ちをした。

 その後、着々と試合は進んでいき、あっという間に名前と八百万の番がやってきた。

『さぁーどんどんいくぞ!上鳴VS塩崎は瞬殺だったが今回は良い試合を見せてくれるか!?お次はなんとA組推薦入学者同士のキャットファイト!名字名前対八百万百だぁああ!』
「全力で行かせていただきます!」
「…」

 ステージに立った八百万が意を決したような面持ちで名前に対峙する。名前は応えることなくゆっくりと瞑目すると、深く息を吐き出して構えた。

「ごめんね八百万さん。勝たせてもらうよ」
『スターーートッ!!』
「ッ!?はやッ」

 合図が鳴るのと同時に名前は両足の個性強化で一気に八百万との間を詰め、勢いを乗せた左足の蹴りが飛んだ。
 八百万は個性で盾を創造すると、間一髪で攻撃をガードする。しかし、その蹴りの重さに圧倒され、次々繰り出される打撃に為す術もなくラインまで押し出されてしまう。

『ああぁああ!名字の圧倒的なパワーに八百万このまま場外されてしまうかぁ!?』
「やっぱ名字の個性はシンプルに強ぇよな…」
「アイツがあんまし攻撃食らってるとこ見たことねぇんだけどさ、受け身も無敵なら最強じゃね?」

 感嘆の声を漏らす切島に上鳴が素朴な疑問を投げ掛ける。切島は”硬化”の個性だが、殴られればそれなりに痛みは感じる方だ。それならば個性も微妙に似ている名字もそうだろうと「そりゃ痛ぇんじゃねぇか?」と返事をした時、ステージ場では鈍い音が鳴り響いた。

「お許しください名字さん!」
『な、な、なーーんと八百万!上品な佇まいに似合わず、猛追を続ける名字を思わず鈍器でぶん殴ったぁあ!これは痛ぇ!名字生きてるか!?』
「噂をすればかよ!?つーかあれ流石の名字も堪えるんじゃ…」

 八百万が創造した盾は見事に名前の顎目掛けてクリーンヒットし、名前は仰け反るようにして身を引いた。口の中を切ったようで、身体をくの字にして口元を押さえる姿にA組が「うわぁ…」と苦い顔をする。
 今なら隙だらけだ。そう判断した八百万はそのまま名前を押し出してしまおうと一歩を踏み出した。

「…ッな!?」

 上半身を折り畳んでいた名前が顔を上げた瞬間、彼女を取り巻く空気が変わった。乱れた前髪の隙間から覗く底冷えするような睥睨に、八百万は一瞬背筋が凍るような感覚に襲われる。

『まさかの名字腕っ節が強いだけでなく打たれ強さも一級品か!?めっちゃ血出てるけど!』
「…さっさと終わらせるよ」

 思わず立ち止まり、咄嗟に盾を構えた八百万。二人は互いに手が届かない程の距離を保っているが、名前はその場で腰を落とすと、右の拳が空を切った。

「きゃッ!?」

  ―――― 空気が破裂するような衝撃音。拳一つ振り抜いただけの風圧が八百万を襲い、場外まで押し出してしまった。

「や、八百万さん…場外!名字二回戦進出!」
『な、何が起こったんだ!?名字は一歩も動いてねぇぞ!』
「すげぇ!何だ今の超パワー!?まるでオールマイトみたいだったぞ!?」
「ウォオオオ!次世代オールマイトの卵だぁ!」

 ステージに立ち竦む名前に会場内では動揺が広がるが、観客席側からの声に反応してそれはいつしか歓声に変わっていた。
 「オールマイト!」そう繰り返される叫びに「観客側の盛り上がり具合すげぇな」と切島が神妙な顔付きで呟く。

 老若男女誰もが憧れる平和の象徴オールマイト。そんな偉大な人物に擬えられるのは光栄なことだろう。雄英に在籍する生徒ならば、誰もが目指しているステージだ。それなのに、観客の喝采を一身に受ける名前の横顔はひどく悲しそうで、それでいて屈辱に歪められていた。

『いやはや圧巻だったが良い勝負だった!両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!』

 八百万は悔し気ながらもどこか清々しい顔付きで名前と握手を交わす。次の試合の為にステージを下りれば、搬送ロボが名前をリカバリーガールの元へ連行しようと試みるが、名前は「軽く切っただけなので」と乱暴に袖で口元を拭いて拒絶する。
 応援席に戻れば、A組の面々が苦笑いを浮かべて二人を迎えた。

「二人共お疲れさん!名字は流石って感じだったなー!」
「ヤオモモも良かったよ!ドンマイ!」
「完敗でしたわ…」
「つか、名字鼻血垂れ流しのまんまだけど!?ほらティッシュ!」
「あ。ありがとう」
 
 鼻血が出ていることすら気付かなかったのか、名前は呆けた様子で耳郎からティッシュを受け取る。殆ど乾いていたからすぐに止まったが、拭き取ったことで口の周りには赤い染みだけが残ってしまった。
 さながらバイオ派ザードな姿に瀬呂や上鳴が笑うが、八百万だけは申し訳なさそうに何度も謝るので名前は「痛くないし気にしないで」と手を振れば、峰田が「俺、アイツのこともう女に見えねぇ」とぼぞりと呟いた。

「私ちょっと顔洗ってくる」
「ほ、本当に大丈夫ですの?私ついて行った方が…」
「大丈夫だって八百万さん。皆の試合見てて上げて」
「…分かりましたわ」

 名前は次の轟戦に向けて少しでも気持ちを落ち着かせようと応援席を立てば、A組の何人かが心配そうに彼女を見上げる。

 A組の中での名前のイメージは共通して「物静か」や「冷静」といったものだ。どことなく八百万と似た雰囲気はあったが、それでも芦戸や葉隠と一緒になって燥ぐタイプではないと認識されている。前回の敵情視察の時から感情を表に出す片鱗は見られたが、それでも今回の体育祭での彼女の様子は明らかに今までとは違っていた。

「なぁ爆豪ー。名字の奴、今朝からなんかイラついてる感じしねぇ?」
「知るか俺に聞くなアホ面」
「アホ面…」
「確かに私も思ったかも。でもどっちかっていうとイラついてるより思い詰めてる感じもするけど…」

 名前の姿が控え室の方に消えて行くのを見つめながら、耳郎は呟いた。


***



 応援席を抜けた名前はA組の控え室に向かい、ドアを開ける。しかし、思わぬ先客にその場で固まった。

「……」
「……」

 中で座っていたのは轟だ。ちらりと向けられた視線と流れる無言の空気に名前は思わずドアを叩き閉めたい衝動に駆られたが、それはそれで負けた気がするので渋々部屋に入る。
 名前は轟が座るテーブルの斜め前の席に腰を下ろすと、案の定部屋は静寂に包まれた。

「…」

 元々一人で休憩をしに来ていた訳だし、特に会話など求めていないが、相変わらず空気のように接してくる轟に名前は内心で「嫌な奴」と悪態を吐く。
 頭に浮かぶのは昼での緑谷とのやり取りだ。轟はその時、顔の火傷を母に付けられたものだと言っていた。今まで注意して見ることはなかったけれど、一度気になってしまえばその火傷跡に自然と目がいってしまった。

「それ、痛むの?」

 気付けば、名前の口は勝手にそんなことを紡いでいた。突然話し掛けられた轟は緩慢とした動作で顔を上げると、「別に」と素っ気なく答えてまた下を向く。

 名前にとっての母とは絶対的な存在だ。轟の話を聞く限り彼の母とは正反対の人間で、どちらかというとエンデヴァーに近しいものだと思う。しかし、母は厳しくあっても名前に対して煮え湯を浴びせたり、それこそ問題の個性婚だって行ってはいないだろう。
 お互いトップヒーローの子供同士。それでも、似て非なる家庭環境だった。だからといって名前は轟のことを同情している訳では決してない。ただ、”普通”の子供として生まれていれば背負うことのなかった傷が、想いが、重なって見えてしまっただけだ。

 先程のオールマイトコールを思い出して名前は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。すると、今まで黙っていた轟が不意に口を開いた。

「お前がどういうつもりで俺に対抗心燃やしてんのか知らねぇが、次の試合は秒で勝たせてもらうぞ」

 「お前と戦っている暇はない」。遠回しに告げられた言葉に、名前の両目はみるみる吊り上がっていく。これから冷静になろうと控え室に来たのに、これでは逆効果だ。大人しく応援席にでもいれば良かったと名前は心の中で後悔するがもう遅かった。
 体育祭種目でも、名前は何度か轟に勝っている。それでも彼はより一層緑谷に執着しているだけで、一向に名前の方を向こうとはしなかった。それは名前に勝っても負けても、轟にとっては何のメリットもないからだ。
 
 これまで散々虚仮にされて来た分が今爆発した。

「どこ見てんの…?」
「?」

 椅子から立ち上がって拳を震わせる名前を轟が不思議そうに見上げた。

「あなたが緑谷君に突っかかってばっかで周りが見えてない理由はよーーく分かったわ。そんで知らないだろうから教えといてあげる。私の親は、No,3ヒーローなの。分かるでしょ?オールマイトにも、あなたの父親であるエンデヴァーにも勝てなかったNo,3」
「は、」
「負けることなんて許されてないんだよ。誰にも。当然あなたにもね。轟君が緑谷君を超えなきゃいけないってんなら、私はNo,3の子供として全力であなたを潰しにいく」

 押し殺していた感情をぶつけて来る名前に轟は驚いたように目を見開いた。静かな控え室に、次の試合を知らせるプレゼントマイクの実況が流れて来る。

そろそろ時間だ。

「左の個性、使わせてみせるから」

 何も言わない轟を一瞥し、名前はステージに向かう為控え室を後にした。
 




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