『さぁ上げてけ鬨の声!血で血を洗う雄英の合戦が今!狼煙を上げる!』

 スタジアム内に歓声が沸き上がった。各地には十二組の騎馬が並び、互いを睨み合う。

『よぉーし組み終わったな!?準備はいいかなんて聞かねぇぞ!いくぜ残虐ロワイヤルカウントダウン!』
「三人共準備はいいね」
「おう」
「うん」

 私達の騎馬は騎手が心操君。騎馬先頭が私で左右を尾白君と謎のB組の男子が固めていく形だ。二人は私が当然騎手になるものだと思っていたらしいけど、このチームに於いて最大の強みは心操君なので彼に務めてもらった。
 理由はいくつかある。一つは超パワーの私が上になることで他を蹂躙することはできるかもしれないけど、かえってそれが悪目立ちの原因になってしまうこと。それに、超パワーを上手く活かすなら一番負担が大きい前騎馬になるに限る。次に、心操君の個性なら悪目立ちすることもなく、相手に気付かれることなく鉢巻を奪うことができる。この作戦でいけば、全員が狙うであろう緑谷君のポイントに固執せずとも裏で地道にポイントを集めることができるのだ。

『三、二、一……スターーート!!』

 合図が鳴った瞬間、殆どの騎馬が一直線に緑谷君目掛けて突っ込んでいった。実質、緑谷君のポイント争奪戦だ。

「集中してるとこ掻っ攫ってくよ!心操君!」
「言われなくても」

 何やらサポート科を交えた緑谷君は謎の機械で宙を飛んでいるが、それを必死になって追いかけていく騎馬の鉢巻を背後から奪ったり、気付かれた騎馬には心操君の個性を使用して無力化させたところを奪いとっていく。これぞ漁夫の利ってやつだ。

『やはり狙われまくる一位と猛追を仕掛けるA組の面々共に実力者争い!現在の保持ポイントはどうなってるのか、七分経過くした現在のランクを見てみよう!』
「ちょっと確認する!尾白君警戒よろしく!」
「了解!」

 心操君を支えて走りながら首だけ捻ってスクリーンの結果を確認してみる。そこには思っていたのと少し違う結果が表示されていた。

『ちょっと待てよこれ…A組緑谷以外パッとしてねぇってか爆豪あれ!?』

 一位はポイントを死守したままの緑谷君。その次にA組の面子がくるのかと思えば、二位から三位は特に目立っていないB組の騎馬だった。その上あの爆豪君のポイントは障害物競走四位から得たポイントからゼロポイントにまで下がっている。
 私達心操チームはそれなりのポイントを獲得しているからまだ良かったけど、物間チームと鉄哲チームは危険だ。

「名字さん、どうだった!?」
「うちはいい線いってる。けど、B組の騎馬が優勢だ」
「え!?」
「さっきから余所見している余裕があるなんて羨ましいなぁ」
「名字避けろ!」

 心操君の声に反射的に横に飛べば、私達が立っていた場所を別の騎馬が突進していった。今まで陰で動いていたのに、今のは明らかに狙われての奇襲だ。
 見覚えのない騎馬が体勢を立て直し、私達と対峙する。金色の髪をした男子が私を見るなり鼻で笑った。

「障害物競争上位のA組は全員騎手になってるけど、君は敢えての馬なんだ?あれだけ啖呵切ってたのに怖気付いたのかなぁ」

 何やらやけにイラっとする物言いと顔付だ。知らない生徒だし、恐らくB組の騎馬だろう。心操君が小声で「どうする?」と問い掛けてくるが、答えは一つだ。

「獲るよ!尾白君!」
「おう!」
「やっぱ、単純だ」

 尾白君と息を合わせて突っ込んで行けば、B組騎手はやれやれと大袈裟に手を振る。だけど残念。此方とてここまで勝ち残った相手から簡単に鉢巻を奪えるとは思っていない。

「踏ん張って!」

 開始前に三人で考案した無茶振りな強行手段。それは、私が三人を抱えて相手騎手に攻撃することだ。絵面は酷いが、私が離れることで騎馬が崩れる可能性や防御が手薄になる可能性がある。しかし、私が超パワーで三人を抱え上げてしまうことで、鉢巻を管理する心操君はかなり高い位置に座ることになるので安全だ。
 尾白君は申し訳なさそうにしながら右側のB組男子と私の背中に飛び乗り、更にその二人の上に心操君が乗り上がる。正に組体操歩くピラミッドスタイルだ。

『おおぉおっと!?まさかの二位名字が騎手ではなく騎馬を務める心操チーム!信じられない騎馬スタイルだ!男子三人が女子一人におんぶさせるという鬼のような所業!ふざけているのか大真面目なのか!?つーかそれで平然としている名字も大概化けもんだぁ!』
「ほら言ったじゃんやめた方が良いって!」
「なんで!?安全じゃん!重いけど!」
「……」

 心操君がひたすら無言だけど気にしている場合ではない。前方には引き攣った顔のB組騎馬が立っているのだ。私が「尾白君!」と合図してから相手騎馬に突っ込んでいくと、私が攻撃すると見せかけてギリギリのすれ違いざまに尾白君が尻尾をうまく使って相手の鉢巻を奪っていった。

「はぁ!?お前がくるんじゃないのかよッ!」
「そんなこと一言も言ってないもんね!」

 B組騎手は先程の口調と打って変わって目を剥いて私達を見ている。残念ながら私が仕掛けるように見せたのはフェイントだ。
 鉢巻を奪えばこっちのもの。撤退の指示を出してピラミッドスタイルも解除する。

『そろそろ時間だ!カウントいくぜエヴィバディセイヘイ!十!』
「時間まで鉢巻奪われないようにして終わらせるよ」

 B組騎馬の奇襲を避けながら他騎馬の鉢巻を奪い、猛攻を続けている緑谷君、轟君、爆豪チームには近付かない。攻めて無理なら一歩引く作戦。

『三!二!一!』

 成功だ。

『Time Up!!早速上位四チーム見てみよか!』

 結果は一位轟チーム。二位が爆豪チーム。三位が私達。四位が緑谷チームとなった。先程の結果とは塗り変わってしまったが、ランクインできただけ上出来。この四組のみが最終種目へ進出することができるのだ。

「二人共ありがとう。おかげで最終種目にいける」
「油断すんなよ。今回は協力したけど、最終種目じゃ容赦しないから」
「当然」
「…」
「尾白君?」

 せっかくランクイン出来たというのに、尾白君はどこか様子がおかしかった。彼はその後も項垂れたまま何も言わなかったが、心操君だけは意味を察したような様子で普通科に帰っていってしまった。

 最後の締まりは後味が悪かったが無事第三種目も終え、一時間程の昼休憩に入ることになった。
 A組の皆と控え室に戻っていると、その道中で何故か緑谷君が轟君に連行されている姿が端に見えた私は思わず足を止める。

「名字さん?どしたん?」
「ごめん。私ちょっとお手洗い行ってくる」
「分かった!先お昼食べとるね!」

 咄嗟に吐いてしまった嘘に内心謝りながら、麗日さんに手を振って二人の跡を付いて行くことにした。自分でも何やってんだって感じだけど、轟君は緑谷君とオールマイトの繋がりについて何か知っているようだったし、何より轟君が宣戦布告する相手を間違えていることが気に食わない。
 完全に私情丸出しだが、これだけは譲れないのだ。

 こそこそと二人の跡を追い掛ければ、付いたのは関係者専用入口の近く。壁にもたれかかって睨み合う二人に慌てて壁に隠れれば、突如何者かによって背後から羽交い締めにされて口を強く抑えられてしまった。

「んぐ!?」
「黙れッ。騒いだらコロス」

 こ、この声は。
 突然のことに悲鳴を上げそうになるが、口元をガッチリと押さえられているせいで息を吐くのもやっとだ。この焦げたような匂いと声は思い付く限り一人しかいない。視線だけで上を向けば、案の定爆豪君が剣呑な表情で私を見下ろしていた。
 視線だけで「何やってんだ」と訴えられるが、その言葉そのままそっくりお返ししたい。お互い覗きをしている以上責めることはできないが、押さえ込むのは無しだろう。無抵抗の意思表示のつもりで爆豪君の腕を軽く叩いてみるが、見事にガン無視された。

「気圧された。てめぇの誓約を破っちまう程によ」
「…?」

 轟君が話し始めたのが聞こえて、慌てて耳を澄ます。爆豪君もしっかり聞き耳を立てているようだ。

「最後の場面、俺だけが気圧された。USJで本気のオールマイトを経験した俺だけ」
「それ、つまりどういう…」
「お前に同様の何かを感じたってことだ」

 それは、体力テストの時にも感じたことだった。それだけじゃない。USJの時だってその片鱗はあった。

 ―――― ふとした瞬間に感じるオールマイトの波長。

 実力も違えば立場なんてまるっきり違う、誰がどう見ても別人の人間だ。頭では分かっているのに、緑谷君の個性からはオールマイトに似た何かが時折感じられた。
 自分で言うのも何だが、私は昔からこの超パワーの個性を「オールマイトのようだね」と言われて育ってきた。私自身それを快くは思わなかったし、今でも嫌いな言葉だけど、それでもそうなるべくして授かったんだと受け入れて使っているつもりだった。けれどこうして蓋を開けてみれば、緑谷君の個性と比べて私のはただただ”力が強い”だけだったんだ。

「なぁ。お前オールマイトの隠し子か何かか?」

 今すぐその場に飛び出して「何言ってんだバカ」と悪態を吐きたくなったが、察した爆豪君にがっちりホールドされてしまったので叶わなかった。っていうか、何で私は今だに押さえられてるんだ。
 
「違うよそれは、って言ってももし本当に隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけどとにかくそんなんじゃなくて…」

 緑谷君は必死に弁解を始めるが、次第にペースが落ち着いてくると「そもそもなんでそんな僕に…」と最もな質問を投げかけた。
 ここで聞き耳を立てているように、轟君に異議を申し立てたい人間が二人もいるのだ。要は私も、障害物競走で爆豪君が言っていたみたいに「宣戦布告する相手を間違えてんじゃねぇ」と言いたい訳なのだ。普通に考えれば、現時点で体育祭のトップを走っているのはここの四人だが、明らかに轟君が注意を向けなければいけないのは私達の筈だ。
 それに、優勝を狙うに当たっても今後のことを考えても、轟君は絶対に勝たなければいけない相手だ。けれど、轟君の口から出てきたのは思っていた以上に重い理由だった。

「俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ」
「!」
「万年No,2のヒーローだ。お前がNo,1ヒーローの何かを持ってるなら、尚更お前を超えなきゃならねぇ」

 破竹の勢いで名を馳せたヒーローエンデヴァー。万年No,2と言われるだけあって、生ける伝説オールマイトを超えられないと悟った彼は”個性婚”に手を出した。
 個性婚。超常が起きてから第二から第三世代間で問題となった考えだ。簡単に言えば、自身の個性を強化して継がせる為だけに配偶者を選び結婚を強いること。そうして両親の個性を受け継ぎ、産まれたのが轟焦凍という人間だ。
 己の力ではオールマイトを超えられないが故に、優秀な個性を引き継いだ息子をオールマイト以上のヒーローに育て上げ、エンデヴァーは自身の欲求を満たそうとした。恐らくこの話は世に出回っていない。轟家にとっても知られてはいけない情報だろう。それを話してしまう程、轟君は追い込まれていた。

「記憶の中の母はいつも泣いている。”お前の左側が憎い”と母は俺に煮え湯を浴びせた」

 轟君が緑谷君に突っかかるのは、左側の個性を使わずに彼に勝つことで、一番になることで父エンデヴァーを完全否定する為だ。

「……」

 個性を使わない?緑谷君に突っかかるのは彼がオールマイトの何かだと見立てて、勝つことで見返せるから?だから、それ以外の奴なんてどうでもいいって?
 爆豪君の腕に添えていた両手をギリギリと握り締める。殴られるくらいはされるかと思ったのに、反応はなかった。恐らく彼も今の壮大な話を聞いて色々と思うことがあるのだろう。

 理解はできなかったけど、それでも彼の考えに共感できる部分はいくつかある。例えば親を見返すためにクラスメイトに勝つと言う部分では私と同じだ。だからまだ分かる。
 決定的に違うのは対象だ。私は雄英全てに勝つつもりでいる。もしかしたら轟君だってそうかもしれないけど、今の話を聞いた限り彼はエンデヴァーと緑谷君だけを見ている。
 
 そりゃ、宣戦布告する相手も間違える筈だ。そもそもこちらのことなんて眼中にないんだから。
 
「ってぇな!へし折る気か!…ッ」

 いつの間にか轟君も緑谷君もいなくなっていた。爆豪君は我慢していたのか私を突き放すと、両腕を摩りながら怒鳴ってくる。しかし、私の表情を見るなり言葉を呑み込んだ。

「…戻ろう」

 二人が立っていたであろう場所に背を向けて、私達は控え室に戻った。




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