それぞれの参加種目は決定し、それに伴って体育祭までの期間はいつも以上にハードな特訓を己に課した。けれど、恐らくそれは私だけではないだろう。授業中は疲れから居眠りをしそうになっている生徒が日を跨ぐ毎に増えてきているし、個性も目に見えて磨きが掛かっている。
 互いがクラスメイトの成長に危機感を覚えながら、二週間はあっという間に過ぎていった。

 そしていよいよ体育祭当日。

「皆準備は出来てるか!?もうじき入場だ!」
「いつも以上に張り切ってるね飯田君」

 A組の控え室ではより機敏になった飯田君の大音声が響くが、皆はもう慣れてしまったようで「コスチューム着たかったなー」なんて雑談を交わしている。
 毎年恒例だが、体育祭では公平を期す為に全員がコスチュームの着用不可となった。代わりに着るのは雄英のジャージだ。
 軽く準備運動を終え靴紐をキツく縛り直していると、ふと立ち上がった轟君が珍しく緑谷君に近付いたのが見えて私は顔をそちらに向けた。

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「へ!?う、うん?」

 何を当たり前なことを言い出すのか。意を決したような面持ちで轟君がそんなことを言うので、自然とクラスメイト達の視線が二人に集まる。

「お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」
「!!」
「別にそこ詮索するつもりねぇが、お前には勝つぞ」
「おお!?クラス最強が宣戦布告!?」

 切島君が「急に喧嘩腰でどうした!?直前にやめろって!」と仲裁を試みるが、轟君は緑谷君から目を逸らすことなく「仲良しごっこじゃねぇんだ」とその腕を振り払った。
 なんだ?この感じ。胸がざわざわする。

「そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う…客観的に見ても…」
「緑谷もそーゆーネガティブなこと言わねぇ方が…」
「でも!皆、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ!」

 轟君が両目を鋭く細めて緑谷君を見据える。

 これじゃあまるで…。

「僕も本気で、獲りにいくッ!」
「…おお」

 緑谷君以外眼中にないみたいな言い方じゃんかッ!!

 あんな感情やこんな感情が煮え湯みたいに腹の中でごった返して最悪な気分だ。引き攣る口端を抑えるように唇を噛み締めれば、目の前に座っていた芦戸さんが「名字凄い顔だけど大丈夫?」と苦笑いを零す。
 大丈夫?そんなの私はいつだって。

「大ッ丈夫ッッッ」
「嘘つけ青筋浮かんでんぞ!?」

 今に見ていやがれと意気込んでいると、隣のテーブルに座っていた爆豪君とバチリと視線が交わった。そんな彼の表情も怒りに引き攣っていて、内心穏やかではないのが丸出しだ。

「一年ステージ!生徒の入場だ!」

 そんなことをしている内に、私達の入場が始まった。
 入場口を通り、舞台への出口を通り抜ける。先頭が場内に姿を表した瞬間、割れんばかりの歓声と眩しい太陽が私達を照りつけた。

『雄英体育祭!ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!どうせてめーらアレだろこいつらだろ!?敵の襲撃を受けたにも拘らず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!ヒーロー科一年!A組だろぉお!?』
「わぁあ人がすんごい…」

 緑谷君が緊張したように呟く。観客席はプロヒーローから一般客まで隙間なく座しており、私達の一挙一動を俯瞰しているのだ。そんな環境の中でも臆することなく最大のパフォーマンスができるかどうかも試されている要素の一つなのだろう。
 それにしてもプレゼントマイクの実況放送はかなり大袈裟というか、大分盛られ気味だ。おかげでA組の何人かは落ち着きがなくなっているし、後から入場して来たB組や普通科からは敵意の視線を向けられている。

「選手宣誓!」

 壇上に上がったのは十八禁ヒーローのミッドナイトだ。高校にいてもいいのか疑いたくなる奇抜なコスチュームに会場が沸き上がる。
 ミッドナイトは「静かにしなさい!選手代表!」と審判フラッグをまるで鞭のように振り回すと、常闇君が「十八禁なのにここにいていいのか」と最もなことを呟いた。

「1-A!爆豪勝己!」
「え〜〜〜かっちゃんなの!?」
「あいつ一応入試一位通過だったからな」
「…”ヒーロー科”の入試な」

 隣の列に並んでいた普通科の誰かが嫌味たっぷりにそう呟いたのを私は耳聡く聞き逃さなかった。
 どこまでも嫌な感じだ。聞いているだけで気分が下がってくる。
 静かにしろという意味も込めて睨むと、面と向かっては何も言えないのか、不愉快そうに顔を逸らされてしまった。

「気にするな。どうせ戯事だ」
「…うん」

 私の行動に気付いた常闇君がそう言うので、渋々前を向く。丁度目の前では爆豪君が登壇し終えた所だ。

「せんせー」
「……」
「俺が一位になる」
「絶対やると思ったッ!!」

 まさかの宣誓内容に「調子乗んなよA組オラァ!」と四方八方からブーイングが飛んでくる。この前教室で敵を増やした私が言うのもなんだけど、流石にあれは私でもやらない。
 飛んでくる暴言にドン引きするA組。完全に巻き添えだ。爆豪君は「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」と悪態を吐くと、いつになく真剣な顔付きで列に戻って来た。

「さーてそれじゃあ早速第一種目いきましょう!」

 ミッドナイトが私達の前に大画面のスクリーンを展開させる。

「所謂予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ!さて運命の第一種目!今年は…」

 ルーレット式でスクリーンに競技名が流れていく。皆が息を呑む中、ミッドナイトが「コレ!」と叫んだ瞬間スクリーンは”障害物競走”の文字で止まった。

 第一種目目、障害物競走。ルールは至極簡単。スタジアムの外周四kmのコースを走り切る計十一クラスでの総当たりレースだ。更に、雄英高校は自由が売り文句なだけあってコースさえ守れば”何をしたっていい”のが特徴だ。人数が多い分、この時点で私達は篩に掛けられるのだろう。逆に言えばここを突破できなければその先はない。
 ミッドナイトの指示により十一クラスがスタート地点にごった返す。順番はバラバラなだけあってなるべくゲート近くに向かおうとする生徒達の波に揉まれながらカウントダウンを刻む信号を見上げた。

「スターーーーーート!!」

 合図が鳴った瞬間、一斉が走り出した。意図的に狭くされているゲートが混む前に脚力を個性で強化しスタートダッシュを決めるが、誰よりも先に先陣を切ったのは轟君だった。

『さーて実況してくぜ!解説アーユーレディ!?ミイラマン!』
『無理矢理呼んだんだろうが』
「ってぇー!なんだ!?凍った動けん!」

 プレゼントマイクの実況に混じって前方から悲鳴と冷えた空気が流れてくる。轟君ならまず間違いなく氷結で妨害してくるだろうと予想して飛び上がれば、案の定地面が一気にスケートリンクと化した。

「同じ手は喰らわない!」

 両足を凍らされて項垂れている生徒達の肩や背中を足場のようにして氷結を飛び越えていく。対人戦闘訓練の時に披露していた技なだけあって、A組の殆どが氷結の餌食にならずに何人もの生徒を抜かしていく。
 序盤は良いスタートだ。ガス切れにならないよう個性の調整をしながら走っていけば、前方に巨大な壁が現れ、影が差し掛かった。

『さぁ!いきなり障害物だ!まずは手始め…”ロボ・インフェルノ”!』

 私が壁だと思っていたものは、ビル程の高さもある巨大仮想敵だった。それも一体だけではない。一つしかない道を遮るようにして数十体の仮装敵がこちらを見下ろしている。

「入試ん時のゼロP敵じゃねぇか!」
「マジか!ヒーロー科あんなんと戦ったの!?」

 そういえば入試時に、妨害用として倒しても全く意味のない巨大ロボットがいたという話を聞いたことがある。その時は一体だけだったらしいが、今目の前にいるのは数えるのも億劫な数。一体どこから製作費用が出ているのか謎だ。
 それに、入試に参加する生徒は殆どド素人な訳だし、そんな場に出しても問題ないって判断されたなら実はそこまで危険な敵ではないんじゃないか?
 前方では轟君が今にも氷結を出そうと構えている。その後ろには、成す術もなく立ち止まる生徒達。正に絶好の機会だ。私は一気に助走を付けると、走り幅跳びの要領で何度か軽く跳ね、最後の一歩で空高く跳躍した。

 宙を舞う身体。個性を発動させた右拳をフルスイングし…

「せーーのッ!」

 仮装敵の一体をコース外まで殴り飛ばした。

「ええぇええな、殴ったー!!」
『な、なーーんと1-A名字!その小さい拳一つであの巨大な仮装敵をぶっ飛ばしたーーー!?どうなってんだあれー!そして惜しくも轟出番なく抜かされて行くぅ!』
「じゃあね。お先に!」
「…ッ!」

 吹っ飛ばした仮装敵が他の機体と衝突して破壊音が鳴り響く中、奥歯を噛み締める轟君の頭上を飛び越えていく。仮装敵はまだ他にもいるが、一々倒してられないので着地した瞬間に脚力強化で間を縫いながら第一関門は突破した。

『現時点で先頭はA組名字!続いて同じくA組轟!その後も続々と続いているが一足先に行く連中はA組が多いなやっぱ!』

 プレゼントマイクの放送に走りながらちらりと後方の様子を伺う。何人かは見知らぬ生徒もいるが、やはりA組の面々が目立つように見えた。USJ事件があったからか、他の連中と比べて判断が早く立ち止まる時間が短いのだ。
 今は先頭にいるけど、まだまだ油断はできない。続々と後ろから仮装敵が破壊される音が響いている。

『んじゃお次は第二関門!落ちればアウト、それが嫌なら這いずりな!”ザ・フォーール”!』

 第二関門として目の前に現れたのは底の見えない崖と心許ない無数の足場。そしてそれらを繋ぐようにして張られているロープだ。
 要は綱渡りをしろということなのだろうが、崖の向こう側まではかなりの距離がある。それに谷底が見えないだけに落ちれば一巻の終わりだ。今日程自分が高所恐怖症でなかったことを全力で感謝した日はない。

 すぐ後ろでは轟君と鬼の形相の爆豪君も迫ってきている。少し筋肉を酷使してしまうが、形振り構っていられない。私は一旦足を止めてすぅと息を大きく吸うと、二、三歩後ろに身を引いてから一気に足場までジャンプした。

『さぁ!先頭は難なく一抜け!しかしすぐ後ろからは同じくA組男子二人が迫ってきている!コイツァかなり良い勝負だーー!』

 無数の足場を跳躍しながら進んで行く。轟君は氷結を使って縄をスムーズにすり抜け、爆豪君は爆破の威力で飛んできている。互いのスピードは五分五分だ。

『先頭が一抜けで下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねぇから安心せずに突き進め!そして早くも最終関門!かくしてその実態は――――…』

 第二関門も突破し、いよいよ最終関門。目の前に広がったのは何の変哲も無い砂場で、思わず走っていた足を止めた。雄英に於いて”何も無い”なんてことはありえないのだ。

『何と一面地雷原!怒りのアフガンだ!地雷の位置はよく見りゃ分かる仕様になってんぞ!目と脚酷使しろ!』
「は!?地雷!?」
『ちなみに地雷!威力は大したことねぇが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』
『人によるだろ…』

 プレゼントマイクの実況に拭いきれなかった汗が止めどなく流れ落ちて行く。先程の関門で個性を連続で、それも強化濃度をあげて使用したからここは温存して突破したい。しかし、これは先頭であればある程不利な仕様だ。空を飛べるわけでも無いし、地道に行くしかない。
 足元の地雷に目を凝らしながら着実に避けて進んで行く。ここにきて個性が通用しないのは中々に焦るが、後方ではあの轟君も個性なしで地雷を避け進んでいる。少しでも差をつけようと早足になった時、背後からの巨大な爆風で思わず顔を両手で覆った。

「俺には関係ねぇッーーー!テメェ宣戦布告する相手を間違えてんじゃねぇよ!」
「は、」

 後ろから爆豪君が地雷諸共爆発させ、その勢いを利用して飛んできている。「てめぇもそこをどきやがれ!」と今にも身体ごと突っ込んできそうな勢いに慌てて構えるが、轟君がすれ違い様に爆豪君の腕を掴んだので間一髪で避けることができた。

『ここでA組爆豪、轟を抜かしたーー!喜べマスメディア!お前等好みの展開だぁああ!未だに先頭を死守する名字を抜かせるかぁ!?後続もスパートかけてきた!だが引っ張り合いながらも先頭三人がリードかぁ!』
「も…ラスト、スパート!」

 爆豪君と轟君の攻防戦の影響で最早地雷など其処彼処で爆発している。見た感じ爆発しても直撃しなければ大したダメージでは無い。第一種目。きっと今頃お母さんもどこかで見ているのだ。
 私は第二関門同様両足の筋肉を強化させると、飯田君の”エンジン”のように猛ダッシュで地雷原を駆け抜けた。しかしその瞬間、遥か後方から爆豪君の時とは比にならない大爆発が起きた。

『後方で大爆発!?何だあの威力!?偶然か故意か、A組緑谷爆風で猛追ーーー!!?そして何と先頭三人を、抜いたぁああ!!』

 緑谷君?何で緑谷君?一体どこから、どうやって?
 爆風で乱れる髪を無理矢理耳に掛けながら辺りを見回す。あろうことか、緑谷君は仮装敵の一部をボードのように利用して、地雷の爆発と共に上空を滑走していた。その姿に唖然とするのも束の間、爆豪君と私の怒りの絶叫が重なる。

「私の…」
「俺の…」
「前を行くんじゃねぇッ!!」

 地面を力強く踏みしめ、大股で宙を飛ぶ緑谷君の跡を追い掛ける。しかしいつの間にか私の左には爆豪君が、右には轟君が並走していた。

「どけやァ!」
「そっちがどけ!」
「うるっせぇッ」

『元・先頭名字と爆豪、轟!足の引っ張り合いを止め緑谷を追う!共通の敵が現れれば人は争いをやめる!争いはなくならないがな!』
『何言ってんだお前。それにあいつ等しっかり争いしてんぞ』

 緑谷君の滑走威力も落ちてきている。三人で並走している目前に転倒しそうになると、彼はそのまま持っていた敵ボードを振り回して再度地雷の爆発を発生させ、その勢いを利用して前方へ吹き飛んだ。

『緑谷間髪入れず後続妨害!何と地雷原則クリア!イレイザーヘッドお前のクラスすげぇな、どういう教育してんだ!』

 爆風のせいで視界が悪い。苛立ちながら両手を振り払って視界をクリアにすれば、最悪な光景がそこには広がっていた。

『さぁさぁ序盤の展開から誰が予想できた!?今一番にスタジアムへ還ってきたその男―――― 緑谷出久の存在を!』

 耳を疑った。会場内に湧き上がる歓声も、涙を浮かべて喜びを噛み締めるその姿も。

 緑谷出久という存在に、私は二度も敗北したのだ。それも、個性を一切使わないという暴挙で。

『さぁ続々とゴールインだ!順位等は後で纏めるからとりあえずお疲れ!』
「ハァッ…ハァッ…!」

 身体を前のめりに折って荒い呼吸をひたすら整える。最後のスパートで両足を使い過ぎたせいで筋肉が収縮を繰り返している。
 目指すのは完璧な優勝の筈だった。それなのに、それなのに!
 流れる汗をそのままに奥歯をギリギリと噛み締める。隣で爆豪君と轟君が拳を握り締めながら無言で地面を睨み付けていた。

 全員がスタジアム内に到着した確認が取れると、生徒達は開始前と同じくミッドナイトを前にして中心に整列した。

「漸く終了ね。それじゃあ結果を御覧なさい!」

 大画面のスクリーンに第一種目目の順位が一括開示される。
 一位は緑谷君。二位が私、三位が轟君。四位が爆豪君。そして何人かのB組が続き、計四十二名の生徒が予選を通過することができた。客観的に見れば二位という成績は悪い順位ではない。それでも、あの緑谷君に負けたという事実が重く私に伸し掛かる。
 悔しさを紛らわす為に唇を噛み締めていると、ふと、プロヒーローの観客席側に目がいった。

「!?」
「名字?どうかしたのか?」
「あ、いや。何でも…」

 観客席を見上げて顔色を変えた私に隣の常闇君が不思議そうに問う。咄嗟に否定したけど、何でもなくはなかった。

 どこかにはいると思っていた。けれどまさか、本当に会場内にまで来ているなんて思わなかったんだ。

 見間違える筈もない。観客席には確かに母が座ってこちらを俯瞰していた。それも、今回の成績のせいか眉根を寄せている。この場にいないならまだ良かったが、間近で見られていると分かった瞬間、腹の底から吐き気と共に緊張が込み上げてきた。

「本当に大丈夫か…?顔が真っ青だぞ」
「大丈夫だからッ。気にしないで…」
「そこまで言うなら、分かった」

 待機している教師を呼び寄せようとする常闇君を慌てて手で制すれば、訝しげながらも頷いてくれたので辛うじてお礼を言う。そうしている間にもミッドナイトによる第二種目が決定しようとしていた。

「さーて第二種目よ!私はもう知ってるけど〜〜何かしら!?言ってる傍からコレよ!」
「騎馬戦!」

 スクリーンに表示されたのは”騎馬戦”の文字。ルールは簡単。参加者二人から四人で自由に組んで騎馬を作り、通常の騎馬戦と同様に鉢巻を奪い合う。唯一違うのは、鉢巻を取られても騎馬が崩れてもアウトにはならず、鉢巻のポイントは先程の障害物競争の順位によって変わってくる所だ。
 つまりは騎馬によって総合ポイントも違えば、組み合わせによって使用してくる個性も様々だ。そして気になるそれぞれのポイントだが。

「上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞ”Plus Ultra”。予選通過一位の緑谷出久君、持ちポイント一千万ッ!」
「……」
「上位の奴程狙われちゃう下克上サバイバルよ!」

 一同が一斉に緑谷君の方を向く。彼の一千万ポイントがあればまたとない下克上のチャンスだ。また上位の人間が奪えば更に差を付けることができる。間違いなく狙わない手はない。
 野獣のようなギラつく視線に囲まれ、当の本人は放心状態だ。気の毒ではあるけど、一位となった宿命を受け入れてぜひ犠牲となってくれ。

「個性発動アリの残虐ファイト!でも、あくまで騎馬戦!悪質な崩し目的での攻撃等はレッドカードで一発退場とします!それじゃこれより十五分チーム決めの交渉スタートよ!」

 各々がチーム決めの為にバラバラに散っていく。さて、私はどう声を掛けるべきか。第二種目目の騎馬戦。二人から四人とチームを組むことになるが、個性の組み合わせによっては如何様にも作戦を練ることができる。相手が誰と組むかも分からないし、ここは慎重に選ばないといけない。
 私の頭に真っ先に浮かんだのは、対人戦闘訓練で組んだ尾白君と葉隠さんだ。葉隠さんの透明の個性は相手を翻弄するのに力を発揮できるし、常に冷静で筋力もある尾白君は騎馬には適任だ。そう思って二人を探すが、葉隠さんを見付けた頃には既にA組の人と組んでいたようだった。残念だけど早い者勝ちだし仕方ない。
 気を取り直して尾白君を探せば、彼は端の方で見覚えのある男の子と言葉を交わしているのが見えた。

「あれは、確か普通科の…」

 先日の教室の前で群がっていた生徒の一人だったし、派手な髪をしていたので何となく印象に残っていた。でも、何で尾白君?二人に歩み寄り、そこで私は漸く尾白君の異変に気付くことができた。
 彼の表情には覇気がない。それに、目が虚で焦点が定まっていないのだ。「俺の騎馬になれ」男の子がそう言った時、尾白君は抵抗するでもなくこくりと素直に頷いた。まるで操られているかのように。

「何見てんだよ?」

 男の子が私の視線に気付き、怪訝そうに睨んでくる。尾白君の様子からして、彼の個性は洗脳系の可能性が高い。ならば発動条件は?触れる?
 蘇るのは数秒前の光景。二人は何かしらの会話をしていた。だとするなら発動条件は予想が付く。

「んぐ!?」
「私と組んで。知ってると思うけど、力には自信があるの。その代わり、私には個性を使わないと約束して。イエスなら頷いて、ノーなら首を振って」
「…」

 掌で相手の口を押さえているから言葉を発することはできない。彼は眉間にこれでもかと皺を寄せると、暫しの間を空けてからゆっくりと頷いたので急な乱暴に謝罪をしながら手を退けた。

「ありがとう、助かるよ。君名前は?」
「…心操人使だ」
「心操くんよろしく。私は、」

 返事をした瞬間、ひどく頭がぼうっとした。視界がぼやけて何で自分がここに立っていたのか分からなくなって、視界がぐにゃりと歪んだ時には何事もなかったかのように心操君の顔が見えた。

「…何、してくれてんの?」
「そんなに怒るなよ。ちょっと揶揄っただけだろ?で、私は…なんだっけ?」
「こんの…」

 挑発的に見下ろしてくる心操君を睨みながら未だにフラつく身体を抑えるように額に手を当てる。最悪のジョークだが、おかげで身を以て威力を実感することができた。正直協力も期待はしていなかっただけあって思わぬ収穫だ。

「てか、アンタ馬鹿なのか利口なのか謎だな。俺の個性察してるのに平気で口聞くなんて」
「何言ってんの?心操君の個性が何だろうが会話しなきゃ始まんないでしょ。お互い口あんのに手話でもやらせるつもり?」
「…ふーん。変な人だね」
「変で結構。それより、尾白君の洗脳解いてあげられない?そこの知らない生徒のは別にいいけど」

 私の言葉に「コイツだけでいいんだ」なんて嫌味っぽく言われたが、お友達ごっこじゃないし知らない人だしそこまで面倒見てられない。
 心操君は尾白君の肩に軽く衝撃を加えると、今までぼーっとしていた尾白君が我に返ったように顔を上げた。そして焦ったように私と心操君の顔を交互に見ると、状況を何となく察したのか悔しそうに顔を歪める。

「何で話し掛けてくるのかと思ったらそういうことかよ…。これ、今どういう感じ?」
「心操君と交渉してこのチームで騎馬を組むことになったから、尾白君も協力してくれる?」
「…分かった。洗脳も解いてくれたしな」
「今更だけど、アンタみたいな上位の人間が俺みたいな普通科と組んでて良い訳?この前の教室で馬鹿みたいに優勝宣言してたのに」
「馬鹿みたいは余計でしょ!それに、しっかり勝つ気満々だよ。それにはこの人と組みたくないどーこー私情でどうにかなる種目じゃない」

 ヒーローだって同じだ。いくら商売敵といえど、時と場合によっては協力しなければならない事案が沢山ある。同じように今この場は個人ではなく、チームメイトでの勝利が自分の勝利に繋がるのだ。

「普通科だろうが何だろうが、私は心操君と尾白君の力が必要だと思ったからお願いしてるの。力を貸してくれるなら、私だってそれに全力で応える」

 「勝ちにいくよ」そう言って手を差し出せば、二人が驚いたように私を見た後、交互に握手をしてくれた。


「十五分経ったわ。そろそろ始めるわよ」

 そろそろ時間だ。周りを見渡せば、A組の皆もそれぞれチームが決まっている。無難に周りから攻めていくか、緑谷君を狙うかどうすべきか。

「そういえば、騎手は名字で良いんだよね?」
「え?」

 尾白君の言葉に思わず素っ頓狂な声を上げれば、二人が何故か不思議そうに私を見た。言われてみれば四人の配置や作戦をしっかり決めていなかったことを思い出す。
 私からしてみれば、個性のことを考えても三人のポジションは目に見えていたからついうっかりしていた。

「そんなの決まってるでしょ」
「…?」

 未だに理解しない二人に、私はニヤリと笑って見せたのだった。




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