本日のヒーロー基礎学は前回と打って変わって”人命救助訓練”だ。訓練場は学校から少し離れた場所にあるらしく、バスに乗って移動するらしい。今回はコスチュームの着用は自由だが、ないよりはあった方が良いと判断して来て行くことにした。 人命救助。ヒーローらしい内容に沸き立つクラス。早速着替えてバスに向かえば、委員長となって更に張り切っている飯田君が出席番号順に座るよう指示を出していた。
「こういうタイプだったかくそう!」 「意味なかったなー」
残念ながらバスの座席は向かい合って座るタイプで番号順の意味はなかった。しかし、バスの後方部は二列の座席となっており、必然的に後半の生徒は隣り合って座ることになる。 そして、私の隣に座っているのはあの憎っくき轟君である。たかが座席で騒ぐ私も私だけど、彼に至っては食後もあってか船をこいでいるので余計腹立たしい。少しは気にしろ。
バスも発車し、暫くは静かにしていたA組。それも、梅雨ちゃんの緑谷君に対する「あなたの個性、オールマイトに似てる」という発言で一気に騒がしくなった。
「そ、そそそそうかな!?いやでも僕はそのえー」 「待てよ梅雨ちゃんオールマイトは怪我しねぇぞ。似て非なるアレだぜ」 「そうねぇ。でも私、名前ちゃんも個性似てると思うの」 「うん。よく言われる」 「正直かよ!」
私が密かに気にしていた部分をズバズバと言われてしまった。ただでさえ、あのオールマイトと個性が似ていると言われるのは私にとって最大の地雷だ。そこで更に緑谷君とは同じ身体強化の個性だし、梅雨ちゃんのように思われても仕方ない。だからこそ、より上の実力で差を付けることに決めたのだ。 私が真顔で内心メラメラ燃えていることなど皆は露知らず、それぞれ好き勝手なことを言って話は盛り上がっていく。
「しかし増強型のシンプルな個性はいいな!派手でできることが多い!俺の硬化は対人じゃ強ェけど如何せん地味なんだよなー名字みてぇにできたらいいけど」 「それもだけど、派手で強いと言ったらやっぱ轟と爆豪だな」 「ケッ」 「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」 「んだとコラ出すわ!」 「ほら」
薄々気付いてたけど梅雨ちゃん、末恐ろしい子だ。入学当初は一線引かれていた爆豪君もいつしか「クソを下水で煮込んだような性格」だなどと散々な評価をつけられており、つくづく雄英の生徒は一味違うことを思い知らされる。 ギャーギャーと大騒ぎする車内。最終的には相澤先生の一喝により場は収まり、いよいよバスは訓練場に到着した。
「すっげー!USJかよ!?」
バスから降りて目の前に広がったのはテーマパークのような訓練場。その広さたるや一日では回りきれない程だ。
「水難事故。土砂災害。家事エトセトラ。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も嘘の(U)災害や(S)事故ルーム(J)!」 「USJだった!」
目の前に現れたのは宇宙服に身を包んだ教師。スペースヒーロー13号だ。13号は相澤先生と小声で会話をすると、私達に向き直って「皆さんご存知だとは思いますが」と挨拶を始めた。
「僕の個性は”ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」 「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」
13号のファンなのか、緑谷君の言葉に麗日さんが嬉しそうに首を縦に振る。13号は頷くも、諭すように声を低くして言葉を続けた。
「しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう”個性”がいるでしょう」
皆の顔から笑顔が消えた。当て嵌まる生徒は何人もいた。もっと言えば、ヒーロー科に属する殆どの生徒の個性は簡単に人を殺めることができるだろう。 私だって例に漏れず、危険な力を持っていることは重々承知している。しかし、日頃の個性使用を許されていたことでそんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。 超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているように見える。それでも一歩間違えれば容易に人を殺せる個性を個々が持っているというのは忘れてはいけない事実だ。
「相澤さんの体力テストで自身の秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転!人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう!君達の力は人を傷付ける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰ってくださいな」
「以上!ご静聴ありがとうございました!」とお辞儀をする13号に拍手と喝采が飛び交う。終わるのを待機していた相澤先生は柵にもたれ掛かっていた上半身を持ち上げると、次の指示を出す為に口を開いた。
「…?」
しかし、動きを止め、背後を振り返る相澤先生に不思議に首を傾げる。
「一塊になって動くなッ!」 「え?」
次に瞬きをした頃には相澤先生の声がUSJ内に響き渡り、理解が追い付かないA組は13号によって中心に集められていく。訳も分からず混乱する一同。訓練所の下方では、黒い渦から次々と不気味な格好をした生物が這い出てきていた。
「何だありゃ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」 「動くな!あれは、”敵”だッ!」
相澤先生のただならぬ剣幕に切島君が怯む。何が起きたのか理解が追い付かないままただ見下ろしていると、黒い渦から次々と湧いてくる敵達を率いるようにして一人の敵がこちらを見上げた。
「どこだよ…せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…。オールマイト…平和の象徴…いないなんて」
それは、全身を手で覆われた男。
「子供を殺せば来るのかな?」
それは、途方もない悪意。
初めて目前に見る”それ”はテレビで見るよりももっと、ずっと、恐ろしい存在だった。背筋が冷たくなるような薄気味悪さに自然と眉間に皺が寄る。
「敵ンン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んで来るなんてアホすぎるぞ!」 「先生、侵入者用センサーは!」 「勿論ありますが…」 「反応してないってことは相手にそういう個性の奴がいるってことですね」 「バカだがアホじゃねぇ。この空間と時間割。全部把握された上で用意周到に画策された奇襲だ」
それに、相手はどうやらこちら側の教師陣も最初から知っていたような素振りだ。ならば対教師用の個性だって用意されている可能性がある。 相澤先生は13号と電気の個性を持つ上鳴君に学校への連絡を試すよう指示を出すと、ゴーグルを着用して今にも敵の集団の中に飛び込もうとしている。相澤先生の個性は”抹消”だ。強力とはいえ、多対一の正面戦闘では不利だ。すかさず緑谷君が引き止めるも、相澤先生は一気に下方に飛び出して行ってしまった。 先頭の射撃隊が一斉に構える。しかし、相手の個性を発動させる暇すら与えずに相澤先生は捕縛布と肉弾戦で射撃隊を一掃してしまった。
「凄い!多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」 「緑谷君!?こんな時まで分析してる場合じゃないでしょ!」 「そうだぞ!早く避難を!」
私と飯田君の声に緑谷君が慌てて走り出す。13号を先頭に屋外への避難を試みるが、そんな私達の道を遮るように真っ黒いモヤが目の前に広がった。
「させませんよ」
お腹に響くような低い声。黒い闇のような敵は人影のような姿に変形すると、不気味なくらい丁寧な話し方で自己紹介を始めた。
「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは…平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
何を言っているのか全く理解できない。あまりにも突拍子もない話だ。平和の象徴、オールマイトを殺すだって?
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃる筈ですが、何か変更があったのでしょうか?まぁ…それとは関係なく、私の役目はこれ」
闇を広げて動きを見せる敵に、気付けば蹴りが飛び出していた。それは切島君と爆豪君も同じだったようで、爆発と打撃、三人分の攻撃が敵に降りかかる。
「その前に俺達にやられることは考えてなかったか!?」 「危ない危ない…。そう…生徒といえど優秀な金の卵」 「ダメだ!どきなさい三人共!」
黒い闇が大きく広がる。風のように纏わりつくそれは振り払ってもビクともしない。やがて闇が私達を覆い尽くして呑み込んでしまうと、次に目の前に広がったのは知らないビル内の景色だった。
「は…?どこここ?」 「んなもん知るかァ!さっさとクソ敵共ぶっ飛ばすぞッ!」
独り言のつもりだったんだけど。 思わぬ返事に隣を見れば、案の定爆豪君が苛立たしげに両目を釣り上げていた。更にその隣には切島君までいる。他のクラスメイトの姿は見えないから、それぞれ別の場所にワープさせられてしまったらしい。
「二人共無事か!まさか一緒に飛ばされるとはな」 「これって飛ばした組み合わせは把握されてるのかな?」 「先にやっちまえば関係ねぇだろ…」 「それもそっかぁ」 「納得すんのかよ!おめーも大概自由だな!」
そんなこと言ったって、私達には相手の策を知る由もない。それも、あのオールマイトを殺せると言わしめる程の策だ。余程の根拠がない限りそんな発言はいくら敵とてできるものではない。
「教師陣と連絡を取りたいけど、今はこの場を凌ぐしかないみたいだね」 「おう…。二人共やれるか?」 「当然だろ。誰に聞いてんだ」
私達を取り囲むようにして現れた無数の敵達。凶悪な面を不敵に歪ませて、子供だからと余裕そうに嗤っている。
「ガキ共に恨みはねーけど、死んでもらうぜ!」 「やってみろや!」
爆豪君の爆撃を皮切りに、敵の集団が一斉に襲いかかってきた。ある者は凶器を。ある者は個性を使用して私達を殺さんと熱り立っている。 これは訓練なんかじゃない。正真正銘の実戦。順番は違えど、いつかはやらなければならないものだ。ヒーローを目指すというのは常に危険と隣り合わせになるということ。それでも、少しの気の緩みで死を招くこの状況が怖くない訳じゃない。 震える拳に気付かないフリをして、大雑把に突っ込んでくる敵を一人ずつ確実に気絶させていく。この敵達、一見凶悪そうだけど動きはまるでチンピラ同然なのが不幸中の幸いだ。
「これで全部か」 「弱ぇな」
一体この場だけで何人いたのか。三人でも息切れする程の量を蹴散らし、山のように積み上がった敵を見て息を吐き出す。
「っし!早く皆を助けに行こうぜ!俺らがここにいることからして皆USJ内にいるだろうし、攻撃手段少ねぇ奴等が心配だ。それに、俺等が先走った所為で13号先生が後手に回った。先生があのモヤ吸っちまえばこんなことになってなかったんだ。男として責任取らなきゃ…名字は女だけど」
切島君の言葉がグサグサと突き刺さる。確かに私達の判断は間違いだったかもしれない。でも…
「敵側はあの場に来る教師陣を知ってた。それって個性もしっかり調べられてるってことだし、対策としてあのモヤが仕掛けてきた可能性が高いよ。反省も大事だけど、やっちゃったからには後悔じゃなくてこれからを一番に考えよう」 「お、おう。それもそうだな!なら早く他の奴等助けに行こうぜ!」 「行きてぇなら二人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す!」 「はぁ!?」
うん。素直に頷く姿は想像できないからこうなるとは分かっていたけど。相変わらずのゴーイングマイウェイだ。
「この期に及んでそんなガキみてぇな…。それにアイツに攻撃は…」 「うっせ!敵の出入口だぞ。いざって時に逃げ出せねぇよう元を締めとくんだよ!モヤの対策もねぇ訳じゃねぇ!」 「ねぇ、後ろ」
爆豪君は背後から襲いかかる敵を振り返ることなく避けると、敵の頭を押さえつけて容赦なく爆破させた。 白目を剥いてその場に崩れ落ちる敵。焦げ具合からして、彼の爆破はまともに受けたらかなり痛そうだ。
「凄い。気付いてたんだね」 「ッせーよ!舐めんじゃねぇ!つーか、さっきからごちゃごちゃ言ってけど、俺等に当てられたのがこんな三下なら大概大丈夫だろッ」 「そんな冷静な感じだっけおめぇ?」 「俺はいつでも冷静だクソ髪野郎!」 「あー。そっちのがぽいよね」 「テメェも体力テスト一位だか推薦者だかで調子乗ってんだろーが今に蹴落としてやるからなクソゴリラ女!」 「おい!本当のこと言うなよ!名字だって一応女の子だぞ!?」 「ちょっと待って切島君?」
慰めてるのか貶してるのかどっちだ。っていうか爆豪君のあだ名は私に限らず中々酷い。口の悪さなら一級品だ。 爆豪君は叫びたいだけ叫ぶと、「じゃあな。行っちまえ」と吐き捨てるなり歩き出してしまう。切島君は「待て待て!」と慌ててその背中を止めると、力強く自身の両拳をぶつけた。
「ダチを信じる…男らしいぜ爆豪!ノッたよおめぇに!」 「ここで分散するよりはいいと思うし、私も行くよ」 「チッ。勝手にしろ」
振り返ることなく走り出した爆豪君を慌てて切島君と追い掛ける。半壊したビルから外に出て分かったが、私達が飛ばされたのは倒壊ゾーンだ。恐らく他の皆もそれぞれ違うゾーンに飛ばされているのだろう。なるべく早く中心地に戻らなければ。 広すぎるUSJ内を個性温存の為に三人でひたすら駆け抜けていく。四方八方に誰かに倒されたであろう敵が転がっていたが、それでも道中にはまだ無数の敵が残っていた。チンピラ同然なのをいいことに蹴散らしていけば、漸く遠目に何人かの生徒らしき姿が見えてきた。
「オールマイトォ!」
遠目でも分かる。明らかな異常事態。相澤先生は腕と顔を無残にも砕かれ、13号は背中から大きく抉られていた。皆が恐怖に涙を流していて、その中心には、ここにいる筈のないオールマイトが怪人に腹部を押さえ込まれている。 緑谷君がどこからともなく飛び出してオールマイトを助けようと手を伸ばした。その後ろを、黒いモヤの敵が渦で呑み込まんと影を広げる。
「どっけ邪魔だッ!デク!」 「ぶわ!?」
前方を走っていた爆豪君が爆発の勢いで弾丸のように突進し、敵の本体部分に拳を叩き込んだ。熱風がここまで飛んできて顔を強く撫で付けていく。爆豪君は素早い動きで黒い敵の本体部分を地面に押さえ込むと、いつの間にそこにいたのか、轟君が氷結で怪人の下半身を氷漬けにした。 どういう理屈か。怪人は仰け反るようにして地面に埋まっているが、その上半身は植物のように別の地面から生えてオールマイトを苦しめている。正真正銘の化け物だ。だからか、人に使う時より躊躇なく個性を発動することができた。 右足の筋肉を強化し大きく後ろに引く。左足を軸にして、怪人の下半身目掛けてサッカーの如く蹴りを繰り出す。轟君の氷も相まって、身体は粉々になって吹き飛んだ。
「緑谷君大丈夫!?」 「だあー!くっそ俺だけいいとこねー!」 「スカしてんじゃねぇぞモブモヤが!」 「平和の象徴はてめぇ等ごときに殺れねぇよ」 「かっちゃん…皆!」
緑谷君が感極まったように涙を浮かべた。泣き虫なのは知ってるけど、それだけ恐ろしい目に遭ったのだろう。ただでさえあのオールマイトが苦戦するような相手だ。何より、あの怪人は見た目も醜悪だが、身体の一部がないにも関わらずどうでもいいかのように平然としているのが尚のことホラーだった。 それに、今の蹴りで爪先が悲鳴をあげていた。こんなことははじめてだ。あの怪人の異常な強固さ。轟君の氷があったから良かったけど、コスチュームすら着ていなかったらと思うと正直ゾッとする。
「……」
全身を手で覆われた敵が無言でこちらを見ている。オールマイトは怪人の手が緩んだ隙に拘束から抜け出すと、私達を庇うようにして目の前に立った。その背中は大きくて、広い。
「出入り口を押さえられた……こりゃあピンチだなぁ…」 「このウッカリヤローめ!やっぱ思った通りだ!モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られてる!そのモヤゲートで実態部分を覆ってたんだろ!?そうだろ!?」
ニヤリと得意気に叫ぶ爆豪君は正直どっちが敵か分からないが、倒壊ゾーンで言っていた彼の仮説は当たっていた。「全身モヤの物理無効人生なら危ないという発想は出ない」という根拠。図星だったのか、モヤ敵は悔しそうに呻き声を漏らす。
「攻略された上に全員ほぼ無傷…。凄いなぁ最近の子供は…恥ずかしくなってくるぜ敵連合…!脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入り口の奪還だ…」 「!?」
”脳無”。そう呼ばれた怪人は言葉を発することなく上半身が地面に吸い込まれると、手足がないまま下半身と一体化して起き上がった。
「身体が割れているのに…動いてる!?」 「皆下がれ!なんだ!?ショック吸収の個性じゃないのか!?」
痛みを感じることもなく、言われるがままに行動を取る怪人。不安定なバランスを片側の筋肉だけで補い、私が破壊した部位も、轟君が凍らせた部分も、全て何もなかったかのように再生されていく。
「別にそれだけとは言ってないだろう。これは”超再生”だな。脳無はお前の百%にも耐えられるよう改造された超高性能サンドバック人間さ」
ボコボコと膨れ上がった筋肉や内臓が脈動し、次第に脳無の身体を形取っていく。その悍ましい光景に両足が地面に縫いつけられたかのように動かない。 あの敵は何を言っているんだろう。どう考えたって、あの化け物はサンドバック”人間”と呼ばれるにはあまりにも程遠い生き物だ。
「!!」
―――― 脳無が地面を踏みしめた刹那、目の前からその姿が消えた。
次にやってきたのは全身が攫われそうな風圧と何かが壁にぶつかる衝撃音。敵側が狙っていたのは爆豪君だ。緑谷君が「かっちゃん!」と叫ぶが、当の本人は無傷で私達の横に座り込んでいた。
「よ、避けたの!?凄い…!」 「違ぇよ黙れカス」
目にも留まらぬ速さだった。何も見えなかった。砂埃が晴れるとオールマイトが立っていて、そこで漸く彼が爆豪君を庇ったのだと理解できた。あまりにもレベルが違いすぎるのだ。
「加減を知らんのか…」 「仲間を救ける為さ仕方ないだろ?さっきだってホラそこの…あー地味な奴。あいつが俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ?他が為に振るう暴力は美談になるんだそうだろ?ヒーロー?…俺はなオールマイト!怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、良し悪しが決まるこの世の中に!」
間違いなく凶悪な敵だ。それなのに、言うこと全てがまるで駄々を捏ねる子供のようで、そのちぐはぐ具合が余計に不安を煽ってくる。まるでこの状況すら楽しんでいるようだ。ツゥとこめかみを冷たい汗が流れるが、それを拭うことすら躊躇われた。
「何が平和の象徴!所詮抑圧の為の暴力装置だおまえは!暴力は暴力しか生まないのだと、おまえを殺すことで世に知らしめるのさ!」 「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの、自分が楽しみたいだけだろ嘘吐きめ」 「バレるの早…」
顔を覆う手の隙間からニタァと溢れた笑みに背筋に悪寒が走った。切島君達が戦闘態勢に入るが、それを遮るようにオールマイトが「ダメだ!逃げなさい!」と叫ぶ。それでも食い下がる轟君と緑谷君に早口でお礼を述べると、拳を強く握り締めて深く息を吸い込んだ。
「おい来てる!やるっきゃねぇって!」
敵が間合いを詰めようと飛び出してくる。しかし、オールマイトの迸る覇気に気圧され身を引くと、その間にすかさず飛び出して脳無を真正面から迎え討つ。嵐のように飛び交う打撃に、敵すら近付くことができない。 あれ程反抗していた四人も成す術なく言葉を失っていた。手助けをする隙なんてない守る者に指一本触れさせない攻防戦。その後ろ姿は、正に平和の象徴と評するに相応しい風格があった。
「敵よ!こんな言葉を知っているか!?
―――― Plus Ultra!!」
オールマイトの拳一つ。たったそれだけで、脳無はガラスの天蓋を突き破り遥か彼方へ吹き飛んだ。
割れたガラスから覗く青い空を唖然と見上げる私達。切島君が隣で「コミックかよ…」と小さく呟く。
「ショック吸収をないことにしちまった…。究極の脳筋だぜ…」 「…超再生すら間に合ってなかったね」
これがトップ。これがプロの世界。
「やはり衰えた。全盛期なら五発も撃てば充分だったろうに。三百発以上も撃ってしまった…」
梅雨ちゃんは私の個性がオールマイトに似ているなんて言っていたけど、今すぐ前言撤回してほしい。こんな力、デタラメ過ぎる。梅雨ちゃんに限った話ではないけど。
「さてと、敵。お互い早めに決着つけたいね」 「チートがッ…。衰えた?嘘だろ…完全に気圧されたよ。よくも俺の脳無を…チートがぁ!全ッ然弱ってないじゃないか!あいつ、俺に嘘教えたのか!?」
誰かに唆されたのか、この場にいない人物に文句を言いながら衝動で顔を掻き毟る敵。一向に向かってくる気配はなく、オールマイトはそんな敵を挑発しながら青い目を鋭く細める。 敵は腹立たしげに呻いているがこの状況、誰が見てもオールマイトに分がある。あの轟君も「流石だ…」と感嘆していたのも束の間、私達にできることはないと察して撤退を促した。
「緑谷!ここはもう退いた方がいいぜ!却って人質とかにされたらヤベェし!」
緑谷君は切島君の叫びに応えない。何がそんなに引っかかるのか、ただずっと土埃の中に立つオールマイトを不安気に見つめている。
「さぁどうした!?」 「でも、オールマイト。何で動かないんだろう…」 「!?」
今なら丸腰の敵共を如何様にもできるのに。そんな私の言葉に反射的に振り返る緑谷君。まるで言ってはいけないことを口走ってしまった私を咎めるように、唇を震わせて見つめてくる。 根拠はなかった。けれどその不可解な行動は、ただのオールマイトのファンからきているだけではないような気がしたのだ。 緑谷君は ―――― オールマイトの何を知っている?
「主犯格はオールマイトが何とかしてくれる!俺達は他の連中を助けに…」 「緑谷?」 「僕だけが、知ってるんだ…」 「緑谷君、何言って…」
いつものようにブツブツと独り言を溢す緑谷君の様子は尋常じゃない。脂汗も浮かんでいるし、この際引き摺ってでも行こうと切島君と一緒に手を掴もうとすれば、既にそこには彼の姿はなかった。
「緑谷!?」
視線が宙を彷徨い、小さな緑色が視界に入った頃には緑谷君は、オールマイトと敵の間に飛び込んでる瞬間だった。
一瞬であの場まで移動した跳躍力。両足は折れているようだったけど、そのスピードはやはり、オールマイトを彷彿とさせた。
「オールマイトから離れろ!」 「二度目はありませんよ!」
モヤの敵のワープゲートを通過して、手の敵の腕が黒い渦から緑谷君目掛けて伸びる。 永遠にも思える時間。その時を動かすように、幾つもの銃弾が敵の腕を貫通した。
「ごめんよ皆。遅くなったね」 「1-A委員長飯田天哉!ただいま戻りました!」
優しい声がやけに大きく響く。振り返れば、出入り口には汗だくの飯田君と雄英の教師。”プロヒーロー”達がそこに立っていた。 思わぬ増援に敵は「あーあゲームオーバーだ…」と何でもないように呟きながらワープゲートで逃走を図るが、先程の銃弾がそれを阻止し、13号が蹲りながらブラックホールで二人の敵を吸い上げる。
「…今回は失敗だったけど……。今度は殺すぞ…オールマイト…」
13号のブラックホールよりも先に、敵はワープゲートを潜って跡形もなく姿を消した。
静まり返るUSJ。脅威は去った。しかし私達は、口を開くことすらできなかった。プロが相手にしているもの、世界。どれもが私達には早過ぎる経験だった。 何かできたようで何もできていない。結局は、オールマイトがいなければ手も足も出なかった。それでも、緑谷君は飛び出したのだ。心底自分に腹が立つ。強く握り締めた掌に爪が食い込むけど、痛みよりも今は苛立ちの方がずっと大きかった。
「教師陣か…。ここにこれだけ集まるってことは学校全体に仕掛けてきたってことじゃなさそうだ」 「緑谷ぁ!大丈夫か!?」 「切島くん!」
切島君が蹲る緑谷君に走り寄るが、まるでそれを阻止するかのように二人の間にコンクリートの壁が生まれる。
「生徒の安否を確認したいから集まってくれ。怪我人の方はこちらで対処するよ」 コンクリート壁の正体はセメントス先生だった。切島君は突然のことに動揺するが「そりゃそうだ!ラジャっす!」と素直に頷いて私達の元に戻ってくる。
「(…何であんな、態とらしい?)」
わざわざ個性で妨げるようなことだっただろうか。私には今の行動が何かを…。そう、例えばオールマイトを隠すようなものに見えて仕方がない。
「おい名字!ボーッとしてっけど大丈夫か!?早く行こうぜ!」 「…ごめん。今行く」
切島君に呼ばれ、後ろ髪を引かれながらその場を去る。 緑谷君の不審な言動と言い、一体何を隠しているんだろう。 外に集合した私達は無事全員(緑谷君を除いて)警察に保護された。無事とはいえ擦り傷の多い生徒もいて、固い表情がそれぞれ戦闘を経験したことを物語っていた。 最も重症だったのは相澤先生だ。両腕粉砕骨折と顔面骨折。症状を聞いているだけでもゾッとするような怪我だ。それに13号も背中から上腕にかけての裂傷が酷い。オールマイトだってボロボロだった。私達を守る為に教師達は大怪我を負ったのだ。 それぞれ思うことがあるのだろう。A組の皆の顔に影が落ちる。しかし、今となっては警察に任せるしかない。私達は重い足取りでバスに乗り込むと、その日は授業もなく解散となった。
「ただいま」 「ああお嬢様!奥様がご帰宅されてますよ!」 「お母さんが?」
家に着くなり慌てて駆け寄ってきた家政婦の見田さん。いつもなら「お嬢様は辞めて」なんて軽口叩くところだけど、今日はそんな気分ではなかったし、それにヒーローとして多忙な母が家にいるのは珍しいことだ。 もしかしたら今日の事件は既にニュースになっているのかもしれない。それで忙しい中帰ってきた? 頭の中で色んな想像と掛ける言葉を考えながらリビングに足早に向かう。お母さんはスーツのまま、テレビを睨むように立っていた。
「お、お母さん。ただいま帰りました」 「……敵に襲撃されたみたいね。闘ったの?」 「う、ん!でも怪我もないし、大丈夫だったよ!お母さ、」 「そう。当然ね」
喉元まで出掛かっていた言葉は一刀両断され、飲み込まざるを得なかった。フリーズしたままの私を見兼ねた見田さんが「お、奥様」と焦ったように両手を右往左往させるが、お母さんは対して気に留めることなくリモコンでテレビの電源を切ると、スーツの上着を羽織った。 また仕事に行くのだろう。母が家で休んでいたとこなんてここ数年見ていない。口を噤んだまま見送りに玄関に向かえば、お母さんはドアに手を掛けながら私に目をやる。
「今日の経験を次に活かしなさい。敵との戦闘はヒーローにとって日常生活の一部なの。こんなことで立ち止まったりしないように」
「あなたは私を超えなきゃいけないんだから」そう言って、お母さんは出て行った。 たった一言。”無事だった?”そう言ってくれるだけで良かった。他に言葉なんていらなかった。だけど私は、また求め過ぎたのかもしれない。
「…」 「…お嬢様、お怪我がなくて何よりです」 「うん。ありがとう」
人一人通るには余る程のドアが閉まる音は、やけに冷たく私の心に響いた。
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