制服に着替え、暫しの待機の後再び会場に集まった私達に目良さんから労いの言葉が掛けられた。やることはやったから、後は結果を受け入れるしかない。
 目の前の巨大モニターに五十音順で合格者の名前が一括開示される。ドキドキしながら自分の名前を探せば…。

「あ…った。あった!名字名前!」
「ウチもだよ!まじで緊張したァ…」

 柄にもなく燥いでしまったのは私だけではなかった。モニターには一部を除いたA組ほぼ全員の名前が載っていて、ある者は安堵しある者は喜びを噛み締めている。
 精一杯やったから、結果が出るのは凄く嬉しい。けれど、五十音順の中に轟君の名が無い事実はやはり心苦しいものがある。それにどういう訳か、爆豪君の名前もないのだ。切島君達によると彼は要救助者に暴言を吐いたらしいが、一体どういう考えに至ればそんな行動に出るのか全く以って謎である。

「……」

 轟君は妙に納得したような面持ちで立ち竦んでいるが、その心情は計り知れない。恐らく轟君の実力であれば今回の試験は難なく合格できていた筈だ。
 最後の夜嵐君との問題行動で結果は予想出来たものの、声を掛けるべきかそっとしておくべきか…。

「轟!」
「…?」

 私が一人で逡巡していると、夜嵐君が大股で此方に近付いてくる。そして睨むようにして轟君を見下ろしたかと思えば、地面に頭突きをする程の勢いで頭を下げた。

「ごめんッ!あんたが合格逃したのは俺のせいだ!俺の心の狭さの!ごめん!」
「…元々俺が撒いた種だし、よせよ。お前が直球でぶつけてきて気付けたこともあるから」

 轟君は最終試験での言い合いでそもそもの原因を漸く理解したのだろう。今回のことは推薦入試での彼の言動が招いたトラブルだ。けれど、私がもしお節介を焼かずに事実を教えていれば、少なくとも二人の不合格は免れたのではないか。
 夜嵐君から吹っ掛けた喧嘩ではあったが、一方的にどちらが悪いとなる話ではないだけに、共倒れしてしまっては本末転倒だ。今更そう思った所で手遅れではあるが、まさか喧嘩が始まるとは思いませんでしたでは済まない。

「二人共、ごめん」
「名字?」
「?なんであんたまで謝るんだ?」
「私はそもそもの原因となったあの場にいたから夜嵐君が轟君を嫌悪している理由も知ってた。けど二人の問題だからって敢えて言わなかったから、ごめん」

 騒ぎを聞き付けた他のA組のメンバーも「え、轟落ちたの?」と信じられない様子で目を丸くしている。そんな中、峰田君は嫌らしく目を細めると、ポンと轟君の肩に手を置いた。

「爆豪も轟もトップクラスであるが故に自分本位な部分が仇となった訳である。ヒエラルキー崩れたり!」

 何とも皮肉な話だ。峰田君の言うことは事実であるだけに、耳が痛い。無言で俯いた轟君に、飯田君が真顔で峰田君を引き剥がした。

「…名字が謝ることじゃねぇだろ。知ってたとしても、多分こうなってただろうしな」
「けど…」
「俺のしてきたことがこの事態を招いた。…過去のことも、忘れたまんまじゃダメなんだって気付かされたよ」
「……」

 エンデヴァーのことも、吹っ切れたつもりでいただけだった。轟君の言葉に、私は口を噤むことしかできない。夜嵐君は依然として無言で頭を下げたままで、それがより彼の繊細な部分を露見しているようだった。

「えー全員ご確認いただけたでしょうか?続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されていますので、しっかり目を通してください」

 目良さんの声に私達は一旦解散し、身を正してからプリントを受け取った。話も重要だが、今はまだ仮免の最中だ。
 それぞれスタッフから一枚のプリントを受け取り、内容に目を通してみる。点数は九十点だ。割と高くて驚いたが、八百万さんは九十四点で更に高かった。

「凄いね八百万さん。救助活動の時の指示も的確だったし、流石だ」
「ふふ。それほどでもありませんわ!名字さんこそ見事でした!」

 謙遜しているが、めちゃくちゃ嬉しそうだ。その姿に思わず笑みを浮かべていると、耳郎さんが「寧ろ何がダメだったの?」と私のプリントを覗き込んでくる。

「臨機応変な対応が評価されてるけど、個性の利用性に左右されすぎて今一実力が発揮しきれていない…らしい」
「あー…まぁ何でも出来るからこそ何でもやろうとしてしまうのが逆にマイナスってことなのかね」
「うーんむずいな」

 けど、ここを補うことができれば満点ってことなのだから評価を紙に記してくれるのはありがたい。それにしても惜しいなぁ。

「そして、えー不合格となってしまった方々」
「!!」

 プリントを眺めていた不合格の三人がパッと顔を上げる。何かあるのだろうか。期待を込めた眼差しで目良さんを見上げれば、その口からは思いもよらぬ言葉が飛び出してきた。

「君達にもまだチャンスは残っています。三ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君達にも仮免許を発行するつもりです」

 一次は所謂”落とす”試験だったが、選抜された百名は育てていきたいというのがヒーロー公安委員会の見解。寧ろ至らぬ点を修正すれば合格者以上の実力者になる者ばかりだ。
 
「学業との並行でかなり忙しくなるとは思います。次回四月の試験で再挑戦しても構いませんが―――
「当然!」
「お願いします!」

 爆豪君と夜嵐君が食い気味に叫ぶ。奇跡的に舞い込んできたチャンスをあの三人がみすみす逃す筈はなかった。
 来年の四月まで再試験はお預けだとばかり思っていた私は、目良さんの言葉にパァッと破顔していくのが分かる。つい興奮した勢いで轟君に「やったね!」と半ば叫ぶようにして言えば、轟君は心底ほっとしたように笑った。

「ああ。…すぐ追い付く」

 心配そうに眺めていた緑谷君と飯田君も安心したように駆け寄ってくる。A組全員同時に合格とはいかなかったけれど、きっと轟君も爆豪君もすぐに同じステージに辿り着く筈だ。そう信じて、私達は今日全力を尽くした仲間に称賛の言葉を投げ掛けた。

 ――― こうして仮免許試験は終了し、また一歩ヒーローに近付いていく。帰りのバスに向かいながら、私は公安から手渡されたヒーローライセンスカードをまじまじと眺めていた。
 私のヒーロー名”SHOUT”が刻まれたライセンスカードは小さくて両手に余る程しかないけど、そこに伸し掛かる責任はずっしりと重い。

「…見田さんに写真送ってあげないとな」

 これは成長の証だ。沁み入るような想いを噛み締めていると、耳郎さんが後ろから駆け寄ってきて隣に並んだ。

「何か感慨深いよねぇ。ちょっと認められた感じっていうの?」
「うん。あの人数を勝ち残ったご褒美だけあるね」
「そういやさ、名字ってヒーロー名結局何にしたの?アンタと爆豪だけ保留だったよね?」

 そういえば先生達にしか伝えてないから皆知らないのか。「決まったよ。ほら」とカードごと見せれば、耳郎さんは眉間に皺を寄せて躊躇いを見せた。

「…ショウト、ショート、焦凍!?」
「ちッッッがうわ!シャウトだから!」
「分かるけども!これ下手したらそう読めなくもないじゃん!?ローマ字で!」
「呼んだか?」
「本気で改名お願いしてくる」

 猛ダッシュで会場に戻ろうとするとしがみ付かれて全力で阻止されてしまった。「今更無理っしょ!」ととどめを刺されてしまえばもうどうすることもできない。てか轟君耳良いな。

「全然そんなつもりじゃなかったんだけど…耳郎さんのせいでそれにしか見えなくなった…」
「え、ごめん。まぁ似たようなヒーロー名いっぱいいるしさ。ね?」

 全然「ね?」ではないけど、割と申し訳なさそうにしているのでもう気にしないことにする。全然そんなんじゃないしね本当に。うん。私だけの決意表明だからこれは。
 名前を呼ばれたと勘違いした轟君がいつの間にか私達の隣にやってきて問題のカードを見せるようお願いされたが、適当なことを言って拒否した。ヒーロー名既に知ってるし意味ないけど、何だかちょっと気が引ける。
 そんなことをしていると、誰かが此方に向かって走ってくるのが見えた。ぶんぶんと凄い勢いで手を振りながら、何かを叫んでいる。

「おーい!」
「あれ、夜嵐君」
「轟!また講習で会うな!けどな!正直まだ好かん!先に謝っとくごめん!」
「どんな気遣いだよ」
「名字も!色々気遣わせてごめん!そんだけー!」

 突然やってきた夜嵐君は本当にそんだけ言うと、またぶんぶん手を振りながら走り去って行ってしまった。控室ぶりだったけど、彼の表情にはあの時のような冷やかな気配はなく、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
 結果は別として、ある意味二人の関係はいい方向に向かっている…のかもしれない。



「あ、緑谷君ちょっと待って!」
「名字さん?」
 
 士傑の生徒に別れを告げ、皆でバスに向かおうとしていた所を呼び止めると緑谷君が振り返る。

「さっきの連携技、ナイスだったね!まさか上手くいくと思わなかったからびっくりしちゃった。緑谷君の分析力の賜物だね」
「そ、そんな!名字さんの誘導が上手だったから息が合ったというか、僕も凄くやりやすかったし!」

 褒められ慣れていないのか、照れながら慌てている緑谷君が可笑しくて思わず笑うと、もっと恥ずかしがられてしまった。
 
「でね?私達の個性なら相性良いと思うし、良かったら今後も活かせるよう今度練習付き合ってもらえないかな?こういうのちょっと憧れてたんだよね」
「!」

 私の言葉に緑谷君はただでさえ丸い目を更に丸くさせると、「勿論だよ!」と花が咲くような笑顔で頷いてくれた。



***


「明日から普通の授業だねぇ!」
「色々ありすぎたな!」
「一生忘れられない夏休みだった…」

 我が家に帰って来た私達は夕食と入浴を済ませると、談話スペースでこれまでの出来事を振り返っていた。
 崖から落とされたり虎さんにボコボコにされたり挙げ句の果てには攫われたり。得られたものは多いけど、本当に散々だったと思う。そんな長いようで短かった夏休みも終わりを迎え、明日からはいよいよいつも通りの授業だ。

「(それにしても今日は疲れたなぁ)」

 八百万さんが淹れてくれた紅茶を飲みながらぼんやりと皆が雑談している姿を眺める。いつでも話を振られても応えられるように”聴覚強化”をしているから上の空でもしっかり会話が耳に入ってくるのだ。結構便利。

――― 後で表出ろ。てめェの”個性”の話だ」

 それが、まさか余計なものまで拾ってしまうとは思ってもいなかったのだ。

「…?」

 遠くで拾った爆豪君の声。動揺を示す緑谷君の音。盗み見るようにして背後を振り返れば、ソファから少し離れた所で緊張した面持ちの緑谷君が爆豪君の背中を見つめていた。
 二人を取り巻いている空気は、ただお話をするってだけのものじゃない。いつもの一方的に爆豪君が虐めている絵面とは程遠くて、今回ばかりは本気なのが分かる。

 ”緑谷君の個性”。神野での出来事や今までのことを含めて何となくオールマイトが絡んでいるのは分かっていた。本人からは上手く誤魔化されたけど、誰よりも緑谷君を知っていてオールマイトに憧れている爆豪君なら真実を見出していても不思議ではない。
 何より、緑谷君のことを”無個性”だと主張したのは後にも先にも爆豪君だけだった。緑谷君のことを小さな頃から知っている幼馴染が、そんな間違いを果たして言うだろうか。決して妥協しないあの男が、緑谷出久の個性について周りとの認識の相違を黙って受け入れる筈がない。

 何か、凄く嫌な予感がする。表に出ろって、一体何をするつもりなのか。仮に爆豪君がとんでもない事実を暴こうとしているならば、私はそれを阻止しなければならない。
 オールマイトが誰にも言わずにずっと隠していたこと。今となっては世間に全てが公表され、一部にしか知られていなかった秘密はもう秘密ですらなくなってしまった。だけど、まだ緑谷君との関係は誰にも守られている筈だ。

 ―――― 次は、君だ。
 
 このことは秘密にするって、オールマイトと約束した。私だって何も分かっていないし勝手に出しゃばって知り得た事実だったけど、私が彼にしてあげられることは秘密を守ることだけだったんだ。
 
「名字ー?まだ寝ないの?」
「うん!もうちょい夜更かしする」
「明日遅れんなよー」 
 
 止めさせなきゃいけない。勝手に盗む聞きしてしまったことには反省するし、もう普段の個性使用は考え直します。だから、今回だけは見逃してほしい。


 皆が寝静まった頃、部屋で延々と待機していた私は爆豪君と緑谷君が寮から出ていくのをベランダから見付けた。歩いて行った先は恐らくグラウンド・βだろう。ぶん殴り合いにはもってこいの場所だ。
 二人の行き先をしっかりと見届けてから部屋を抜け出し、見付からないようにタイミングを充分にズラしてから寮を抜け出す。少し早足で玄関の階段を降りていると、街灯の明かりで人影が浮かび上がっているのが見えてピタリと足を止める。

「名字少女!?どうしてこんな時間に…」
「オールマイトこそ…」

 外に立っていたのはオールマイトだった。見付かんの早すぎだろ私。早々に教師に遭遇してしまい、ピクリと口端が引き攣る。
 
「二人共何やってるんです?」
「!?」
「相澤君」

 更には背後から相澤先生まで現れ、囲まれてしまった。

「(バカ!何でこんな時に限って個性使わなかったんだ。反省なんてするんじゃなかった)」
「…夜中に生徒と何やってるんですか?」
「え、」

 そこ?頭の天辺に雷が落ちたような衝撃に、私とオールマイトはその場に固まる。この前の冗談の延長かと思ったがどうやら本気で疑われているらしい。
 流石にオールマイトもまずいと思ったのか、「相澤君待って違くてね?」とどうにか誤解を解いてくれたが、そうなると次に問題になるのは何故私が寮を抜け出そうとしているかだ。
 二人の視線を一身に受け、どう切り抜けようか考えていると、見兼ねた相澤先生が先に切り出した。

「緑谷と爆豪が演習場で揉めてる。まさか、お前も混ざりに行くつもりじゃないよな?」
「!…混ざりはしませんが、心配だったので少し様子を見に…」
「なら問題ない。俺が行くから、二人共部屋に戻ってください」
「ああ、そのことなんだが…私に任せてくれないか?すぐに連れて来るよ」

 三人共目的が同じという思わぬ展開になったが、当然生徒である私は相澤先生に連れ戻される流れになるだろう。オールマイト自身が行くなら確かに私は必要ないけど…。
 腰砕けになってしまった私は歯痒い気持ちで俯く。相澤先生は早く行くぞと言わんばかりに私を見るが、何故かオールマイトが少し悩んでから手でそれを制した。

「すまない。名字少女も一緒にいいだろうか。やっぱり今の私では少しばかり骨が折れそうなんでね」
「え…」
「……まぁ、あなたがそう言うなら任せますが、二人を連れ戻し次第すぐに帰してくださいよ」
「勿論。分かっているよ」

 相澤先生は怪訝そうに眉根を寄せるが、「捕縛布準備して待ってます」と寮へ戻って行った。間違いなく縛られるな、あの二人。

「いいんですか?オールマイト。私あの二人とは何の関係もありませんけど」
「じゃあ戻るかい?」
「いえ行きます」

 即答した私に、オールマイトは苦笑いを浮かべる。

「あの二人を心配してこんな時間まで起きていたんだろう?それに、恐らく君も関係してくることになると思うよ」
「?」

 どう関係してくるのかは皆目見当も付かなかったが、取り敢えず同行させてもらえるようだ。私はオールマイトの言葉に曖昧に頷くと、大人しくその後ろを付いて行く。

 やがてグラウンド・βに到着すると、奥から徐々に爆発音が響いてくるようになった。怒鳴り声も聞こえてくる。それは正しく爆豪君と緑谷君のもので、嫌な予感は的中していた。

―――― 俺は…オールマイトを、終わらせちまってんだ!」
「ッ!」

 一際大きく響いた声に、私達の歩みが止まる。

 遠目に見えた爆豪君は泣いていた。感情も涙もまとめて押し殺すように憤慨している。しかしその声色は弱々しいくらいに震えていて、いまにも壊れてしまいそうなくらいぐちゃぐちゃだった。
 自分のせいだ。もっと強ければ。あんなことにならなかった。いつかの私と重なった叫びに、詰まった息をどうにか呑み込む。パトカーで静かだった時もA組に再会した時も、爆豪君はずっと思い詰めていたんだ。一人で抱え込んで今まで誰にも言えず、感情が錯綜した末に爆発してしまった。

「……」

 ふいに私は、隣に佇むオールマイトの顔を見るのが怖くなった。自分のせいだと取り乱す生徒を二人も目の当たりにして、平和の象徴だった男は何を思うのか。固唾を呑んで見守る間も、二人の肉薄は止まることを知らない。顔は腫れ上がり、血だって出ている。
 止めないと。そう思うのに、オールマイトがそれを許さなかった。前を見据える表情は恐ろしい程厳粛で、最後まで見守るつもりなのが分かる。

「オールマイトの力…そんな力ァ持ってても、自分のモンにしても…俺に敗けてんじゃねぇか。なァ、何で敗けとんだ」
「そこまでにしよう二人共」

 勝敗が決まった頃に漸くオールマイトは口を開いた。背後からの鶴の一声に、爆豪君が緑谷君を組み伏せたまま振り返る。

「悪いが聞かせてもらったよ」
「オールマイトに…」
「名字さん…?」

 いつも以上に深刻な声色におずおずと後ろに続けば、二人は私達を見て目を丸くした。流石に頭の回転が早い爆豪君は私が一緒にいる意味を察したらしく、蹌踉めきながら立ち上がる。三白眼がいつも以上に鋭い。

「気付いてやれなくて、ごめん」
「……今、更」

 喉元まで上がっていたものを無理矢理呑み込んで、爆豪君は顔を隠すように背を向ける。「何でデクだ」代わりに、理解できないとばかりに短い一言が発せられた。
 仮説が確固たる確信へと変わっていく。オールマイトが緑谷君に託したもの、それは”個性”に他ならない。
 誰かの些細な言葉から、或いは行動から、僅かなきっかけから私達は答えに辿り着いてしまった。オールマイトには分かっていたから、私もこの場に同行させたのだろう。

「ヘドロん時からなんだろ…?何でこいつだった」
「非力で…誰よりヒーローだった。君は強い男だと思った。既に土俵に立つ君じゃなく、彼を土俵に立たせるべきだと判断した」

 オールマイトは爆豪君の方を向いていたけれど、私にも言い含めているように聞こえた。きっと、いつかの仮眠室で緑谷君に嫉む私を見たからなのだろう。誰よりも一番になりたかった当時の私にとって、一番の人間から認められている緑谷君が羨ましかったし、同時に何でアイツなのと悔しく思わなかったことはない。
 今でこそ緑谷君の実力を目の当たりにし、誰よりも救けることに執着する彼の姿勢には脱帽するばかりだ。しかし、幼馴染である爆豪君が私と同じ考えであるとは限らない。
 見下していた奴がいつの間にか憧れの人に認められていて、それどころか神野では自分の弱さを思い知らされた。彼の葛藤は私には到底理解しきれるものではないけど、不甲斐なくて泣き出したいくらいの感情は痛い程理解出来た。

「俺だって弱ぇよ…あんたみたいな強ぇ奴になろうって思ってきたのに!弱ぇから!あんたをそんな姿に!」
「君も、名字少女と同じことを言うんだな」
「ッ…」
「彼女にも言い聞かせたが、これは君達のせいじゃない。どのみち限界は近かった…こうなることは決まっていたよ。君は強い。ただね、その強さに私がかまけた…抱え込ませてしまった」
 
 爆豪君が奥歯を噛み締める。オールマイトは、そんな彼にゆっくりと歩み寄った。

「すまない。君も少年なのに。表面上だけに捉われず、心の裡まで見るべきだった。名字少女の涙で分かっていた筈なのにな…」

 オールマイトは爆豪君を抱き寄せると、自嘲気味に笑った。爆豪君は歯を食いしばりながらじっとしていたけど、すぐにその腕を乱暴に振り払う。そして何故か、キッと私を睨み付けた。咄嗟に身構えるが、爆豪君はすぐに地面に視線を落とす。

「長いことヒーローをやってきて思うんだよ。勝利に拘るのも、困っている人間を助けたいと思うのも、どっちが欠けていてもヒーローとして自分の正義を貫くことはできないと」

 地面に座り込んだままの緑谷君が顔を上げる。

「緑谷少年が爆豪少年の力に憧れたように、爆豪少年が緑谷少年の心を畏れたように…。気持ちを曝け出した今ならもう分かってるんじゃないかな」

 「互いに認め合い、まっとうに高め合うことができれば、救けて勝つ勝って救ける最高のヒーローになれるんだ」オールマイトの言葉に、二人は顔を見合わせる。
 ”互いに足りないものを補う”。いつもの爆豪君なら真っ先に否定しそうだが、「そんなん…聞きてぇ訳じゃねンだよ…」とどこか疲れたようにその場に座り込んだ。抱えた膝に額を押し付け、心の均衡を保ちながら言葉を探す。

「お前。一番強ぇ人にレール敷いてもらって…敗けてんなよ」
「…強くなるよ。君に勝てるよう」

 爆豪君から深い溜息が溢れる。前髪ごと顔を抑えながら、「名字」と唐突に名前を呼ばれ、一瞬理解出来なかった私は反応に大分遅れてしまった。ゴリラ以外で呼ばれるのは初めてだった。

「てめェもグルだったんか」

 そりゃそうだ。当然の質問だ。自分が知らないことを、何でお前が知ってるんだと思うのも無理はない。まるで蚊帳の外にいるような状況に、私が同じ立場だったら同じことを言うだろう。

「グルじゃないよ。私が勝手に疑って、勝手に詮索した。だから緑谷君だって私が知ってること知らなかったよね」
「う…ん。オールマイト、何も言わなかったから」
「流石に君を叱っておいて私まで失言してしまったから合わせる顔がなくてね…」
「…親が親なら子も子ってか」

 言い得て妙だが、大分深刻なミスではある。

「名字以外にデクとあんたの関係知ってんのは?」
「リカバリーガールと校長…生徒では、君達二人だけだ」
「…バレたくねぇんだろ、オールマイト。あんたが隠そうとしてたから、どいつにも言わねぇよ。クソデクみたいにバラしたりはしねぇ。てめェも余計なことすんなよ」
「する訳ないでしょ」
「分かってんならいい。ここだけの秘密だ」

 緑谷君の個性はオールマイトと同じものだけど、私の身体強化がいい具合にカモフラージュとなっているから、実際は爆豪君意外で彼等を疑うような人間はいないだろう。けれど、もしものことがあったら連帯責任だ。
 オールマイトは、こうなった以上は二人にも納得いく説明がいると、”ワン・フォー・オール”という個性とその背景についてを明かしてくれた。巨悪に立ち向かう為代々受け継がれてきた力ということ、その力で平和の象徴になったこと、傷を負って限界を迎えていたから、緑谷君を後継に選んだこと。
 静まり返ったグラウンド・βに緩い風が吹く。語られた事実はあまりにも壮大で、映画のあらすじでも聞かされているような気分だった。そんな大きな責任が緑谷君の小さな身体に伸し掛かっていたなんて、掛けるべき言葉が見付からない。「頑張って」?「精一杯やろう」?どれも陳腐なものにしかならなくて、一層のこと何も言わない方がマシなくらいだった。

「暴かれりゃ力の所在やらで混乱するって…ことか。っとに何でバラしてんだクソデク。…んで、てめぇのその顔は何なんだよ」
「いや…オールマイトの肩持って嗅ぎ回ってんじゃねぇーとか爆破されるかなと」
「あぁ?てめェにキレて何になるってんだ。問題があるとしたらアホみてーにゲロったクソデクの方だろうよ」
「え!?僕だけなの!?」
「ったりめーだろうがァ!」

 口には出さないけど何だかんだオールマイトが大好きなんだなぁと思わず苦笑いが浮かぶ。オールマイトもその様子を柔和な笑みで眺めていたが、背中を向けてもう一度諭すように言葉を紡いだ。

「私が力尽きたのは私の選択だ。さっきも言ったが、君達の責任じゃないよ」
「……結局、俺がやることは変わんねぇや」
「うん」

 確かに、爆豪君の言う通りだ。どれだけ重大な事実を知ってしまったとしても、私達にできるのはそれを胸に留めておくことだけだろう。今までもこれからも変わらず、強くなれるよう努力するだけだ。
 
 私は今一度、この四人の秘密を心の奥にしまい込む。オールマイトの言う”巨悪”と対峙するその日まで、私は私ができることをやろう。もしかしたらこれは傲慢な考えかもしれないし、無意味なものかもしれない。けれど、少しでも支えになりたいと思った。

 オールマイトはスマホの時計を見ると、慌てて私達を寮に連れ戻した。そういえば相澤先生が捕縛布を持って待っているんだった。これから起きるであろう未来を想像して二人に向かって内心手を合わせていると、「名字少女も早く寝るんだぞ!」と念を押されてしまった。
 先生達を困らせたくはないので、三人を教師寮まで見送った私は大人しくA組の寮に帰る。しかし、あれだけの話を聞いてしまえば目も冴えるもので、寝る気になれなかった私は談話スペースのソファで温かいお茶を飲んでから部屋に戻ることにした。

「ふぅ…」

 お茶を用意してソファに座り込み、思わず息を吐く。いつもは賑やかなこの場所も、自分一人だけだと寂しいくらいに静かだ。

「(轟君もう寝てるかな)」

 何となくそんなことを考える。今日は仮免試験もあったから流石に疲れて寝ているだろうか。そう考えると、殴り合いの大喧嘩をしていたあの二人がめちゃくちゃ元気に思えてくる。
 ふと、轟君の顔が見たくなった。一日中忙しかったし、試験に落ちてしまったこともあったから、あんまりちゃんと話をしていない気がする。かといってこんな時間に起こすのは気が引けたから、ほんの少しの期待で適当なスタンプをラインで送ってみた。起きていたなら運が良いし、そうでないならスルーでいい。
 …でも流石にまた明日かなぁ。まだ日付は変わっていないけど、夜更かししているとは考え辛い。仕方ないかと思い直した私はぼんやりしながらお茶を啜る。やっぱ暑くなってきたから冷たいのに変えようかな。こういう時、些細なことに使える便利な個性があったらいいのになぁとか思わなくもない。

「ん?」

 一人であれやこれやと空想を広げていると、誰かがゆっくりとした足取りで階段を降りてくるのが聞こえた。もう深夜だけど、眠れないクラスメイトだろうか。
 背後まで近付いてきた足音に振り返って見ると、そこには寝惚け眼の轟君がスマホ片手に立っていて、私は思わず目を丸くする。まさか本当に召喚してしまったとはこれ如何に。

「えーと…おはよう?どうしたのこんな時間に」
「…通知の音で目ェ覚めた。お前、あんまこういうの送んねぇだろ。…何かあったのか?」

 轟君にしては目敏い。けど、さっきのメッセージで起こしてしまうのは悪いことをしてしまった。目もしょぼしょぼだし、立ったまま寝てしまいそうな勢いだ。
 まさか本当に起きてくるなんて。つい押し黙ると、轟君は何も言わずに私の隣に腰掛けた。まだ少し寝呆けているのか、ボーッとテーブルの上を見つめている。その後頭部には寝癖が付いていて、私は小さく笑みが浮かぶと手櫛で軽く梳いて整えてみた。轟君はじっとされるがままにしていて、心地良さそうに目を細めている。
 疲れているだろうにこうして心配してくれるのは嬉しい反面、少し申し訳ない。轟君だって色々あるのに、私ばかり話を聞いてもらうのは憚られる。

「起こしてごめんね。スタンプ送ったのは、その…轟君に会いたくなったから。でも時間が時間だし、起きてたらいいなーくらいのアレでね?」

 恥を忍んで本音を言えば、轟君は寝惚け眼から一瞬覚醒したように顔付きを変えた。変わり身の早さに若干身を引くが、すぐに物憂げな表情を浮かべて俯いた轟君が「俺も…顔見てぇなって思ってた」と内容に反して小さく呟くので、心配になって顔を覗き込む。
 チャンスはあるとはいえ、やはり仮免を逃してしまったダメージは大きかったに違いない。目に見えて落ち込む轟君の背中を何も言わずに撫でていると、とんと私の肩に頭を預けてきた。
 急に伸し掛かってきた重みに、「轟君?」とできるだけ優しく声を掛ける。すると、返事の代わりに甘えるかのように擦り寄ってきて、よしよしと今度は頭を撫でる。
 高さ的に丁度良いのか、轟君は良く私の肩にもたれ掛かってくる。大抵寝ている時が多いのだが、今日に限ってはしっかり目も空いている上に何故か私の手を取って弄り始めた。

「……?」
「……」

 掌をなぞってみたり、指を絡めてみたり、指先を摘んでみたり、いじいじ弄り倒される。いつもと違う行動に動揺を隠せないが、これはもしかしなくても甘えられているという解釈で合っているのだろうか。

「…俺が火傷させたとこ、まだ跡残ってんだな」

 寝起きの掠れた声が耳に届く。するりと手首から腕にかけて撫でられて、返事に詰まってしまった。
 私の両腕はお世辞にも綺麗とは言えない見た目をしている。筋肉が強化されても表面自体は切島君みたいに硬化される訳ではないから、酷使すればそれなりに傷が付くから仕方ない。それでも緑谷君みたいに毎回腕を破壊していない分、比べてみると大したことないように思えて特に気にしたことはなかった。寧ろ、傷が付けば付く程強くなれた気がしていた。
 それに、轟君の言う跡だって綺麗には消えなかったけど、私にとっては体育祭の戒めみたいなものだ。火傷跡と言っても騒ぐ程の目立ち具合でもなかったし、轟君の左目の火傷の方が余程痛々しいだろう。

「しょげないでよ。私は結構嬉しかったんだよ?あの時は敵対視してたから、左使わせてやったぜーって」
「お前…気絶しかけてたよな。そんなこと考えてたのか」」
「轟君引いてたでしょ」
「うん」

 うんて。正直なのは良いけども。
 しかし、どれだけポジティブに言おうがやはり気になるらしく、沈んだ表情で腕を眺めている。保健室に荷物を届けに来てくれた時も謝ってくれたし、私は気にしてないのに。
 何より、争うべき場での正当な反撃だったんだから、謝っていたらキリがないだろう。私はあの経験を活かしてコスチュームの改良もより良いものにできたし、おかげで今では炎相手もへっちゃらだ……多分だけど。

「まさか、後悔してる?」
「…そりゃな。少し前の俺は、どうしようもねぇなって考えてた。今更遅ぇけど」

 夜嵐君のこともあったから、余計にそう思うのだろう。轟君は、仮免での出来事を思い返すように目を伏せる。

「…過去は変えられないよ。それは仕方ない。大事なのは、これからどうするかじゃない?」
「え?」
「夜嵐君のことも、お父さんとのことも、過去の自分ごと乗り越えて行けばいいんだよ。私と轟君が友達になれたんだから、きっと大丈夫」
「…ああ。そうだな」

 今更気付いた所で遡及することは出来ないけど、これからを変えることはいくらでも出来る筈だ。そうやって人は過ちに気付いて、糧にして成長していく。過去を思い返して「あんなこともあったな」って笑い合える。
 戯けたように言えば、轟君もつられて小さく笑った。やっと明るくなった表情にほっと安心すると、私は握った拳を相手に向けるように持ち上げる。

「追い付いてね。先に行ってるから」
「当然だ」

 ニッと笑って、軽く拳をぶつけ合う。立派なヒーローになる為に、真剣に向き合っているからこそ待つことは出来ないけど、私も轟君もそんなことは望んじゃいない。情けや容赦なんかじゃなくて、互いに高め合えるような存在になれればいい。
 
 私達は一度だけ手を繋いで、階段の前でおやすみを言って別れた。たったそれだけのことだけど満たされた気持ちで、今夜は良く眠れそうな気がした。




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