後日、筆記試験も終えて遂に陰鬱な期末試験が全て終了した。
 残念ながらA組内で四人程赤点が出ていたが、どうやら赤点を取っても結局全員が林間合宿に向かうらしい。入学当初の体力テストよろしく、相澤先生の合理的虚偽ってやつだ。いくらやる気の為とはいえ、赤点組は相当落ち込んでいたのでこのどんでん返しには同情せざるを得ない。
 何はともあれ、私達は全員揃った状態で林間合宿当日を迎えることができた。

「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ!?おかしくないおかしくない!?A組はB組よりずっと優秀な筈なのにぃ!?あれれれれぇ!?」
「A組のバスはこっちだ!席順に並びたまえ!」

 A組もすっかり慣れたもので、B組の物間君の煽り文句を右から左へ受け流しながらバスに乗り込んでいく。静かになったかと思えば案の定、窓の外では拳籐さんの手刀が決まっていた。
その光景に呆れつつ、私はUSJの時と同様の座席に腰を下ろす。窓際の席には既に轟君が座っていた。

「また隣だね。道中よろしく」
「ああ。順番的に名字が隣に座ると思ってたからチョコ持ってきた。やる」
「わ、気が利くね!一緒に食べよ」

 何だか最近お菓子をくれる回数が増えてきたし、餌付けされている感が否めないけど、合宿先に到着するまでは暇なのでありがたく頂くことにした。
 前の座席に取り付けられている簡易テーブルをセットし、アーモンドチョコを互いに手が届く位置に置く。同時にバスも移動を開始した。

「音楽流そうぜ!夏っぽいの!チューブだチューブ!」
「席は立つべからず!べからずなんだ皆!」
「しりとりのり!りそな銀行!う!」

 車内は興奮気味な皆の話し声で一段と騒がしくなり、それをBGM代わりに二人でポリポリとチョコを食べる。前の席の耳郎さんがそんな私達を見て「老夫婦かッ」なんて言っていた気がするが聞かなかったことにした。

「バスは一時間後に止まる。その後暫く…」

 ガヤガヤと騒々しい中、相澤先生が先頭の座席から此方を見て何か言おうとするが、私達の状況を見るなりくるりと前を向いてしまった。
 煩いって怒られるかと思ったのに。そんな様子を後方から不思議に思うが、まぁそんな時もあるかと私は特に気に留めずアーモンドチョコに手を伸ばす。
 そうしてチューブを流しながらバスは高速道路に乗った。しかしながら皆の興奮は収まる気配はない。元気だなーなんて考えながら咀嚼していると、ふと右肩に重みを感じて視線をずらす。

「…すー…」
「え?寝るの早くない?」
「……」

 轟君が私の右肩に頭を預けて眠っていた。遠慮なしに体重も掛かって意外と重い。
 そういえば途中から静かだったけどまさか出発早々に居眠りをかますとは。けれど、思い返してみればUSJの時でも轟君は到着するまでずっと隣で寝ていた。あの時は色んなことが相まってヤキモキしていたものだが、今ではその姿すら微笑ましく見えてくるのだから不思議だ。
 あの頃とは百八十度変わってしまった関係に思わず苦笑が溢れる。自分自身でもどこか彼に対して気を許しているのを感じながら、もたれ掛かってくる頭に少し体重を預けてみた。これが思いの外安定感があって、窮屈な座席でもスマホ弄りが捗る。

 クラスメイトの声と夏らしい音楽を小耳に挟みながら、いつものパズルアプリで遊んでいる内にあっという間に一時間が経過していた。バスは高速道路を降りると、人気のない山道を登り切った後に高台に停車し、休憩を挟むことになった。

「轟君、降りるよ」
「…ん」

 良かった。流石に行事中だからか、前にお泊まりした時程寝起きが強烈じゃないみたいだ。
 轟君は声を掛けただけですっと目を覚まし、欠伸を噛み殺しながら一緒にバスを降りていく。しかし、目の前に広がった緑一色の光景に、ピタリと足を止めた。

「何ここ。パーキングじゃなくね?」
「ねぇあれ?B組は?」
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」

 私達がいるのは山の上で、どこを見渡しても森だらけの休憩所とは言い難い場所だ。困惑するA組に相澤先生が意味深な呟きを溢すと、それまで浮かれていたクラスメイトの雰囲気が一気に冷め切ったものに変わっていく。
 確実に、よくないことが起きる。一同の疑いが確信に変わり掛けた時、「よーうイレイザー!」と聴き慣れない女性の声が相澤先生の名を呼んだ。

「ご無沙汰してます」
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」
「今回お世話になるプロヒーロー”プッシーキャッツ”の皆さんだ」
「…」

 相澤先生と天と地程のテンションの差で現れたのはプロヒーローのプッシーキャッツだった。アイドルと猫を混ぜたようなコスチュームを着た女性二人がビシッとポーズを決め、その傍にはむくれた顔の男の子が立っている。

「連盟事務所を構える四名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年でもう十二年にもなる…」
「心は十八!」
「へぶ!」

 私達が反応に困って突っ立っていると、ヒーローオタクの緑谷君が饒舌にプッシーキャッツの説明をしてくれた。しかしどうやらキャリア年数の話題は地雷だったらしく、緑谷君は胸倉を掴まれて説教されているが取り敢えず皆で見て見ぬ振りをした。

「ここら一帯は私等の所有地なんだけどね」

 プッシーキャッツの一員、マンダレイが私達の前に立つと、猫の様に尖った指先で遠くの方を指差す。辺り一面緑なのに一体何を示しているのかと首を傾げていると、マンダレイは「あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」と耳を疑いたくなるようなことを口走った。
 「遠ッ!」と思わず皆が叫び、等々その疑いが確信に変わる。「バス…戻ろうか。な?早く…」と瀬呂君が震えながら後退った。

「今は午前九時半。早ければぁ…十二時前後かしらん」
「ダメだ…おい…」
「戻ろう!」
「十二時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
「悪いね諸君」

 いつの間にか緑谷君を解放していたピクシーボブが地面に両手をついた瞬間、逃げ惑うA組の努力も虚しく高台が土砂となって崩れ落ちた。

「合宿はもう始まってる」

 相澤先生のその言葉を最後に、私達は土砂崩れに巻き込まれながら山の中へ流された。津波のような勢いで襲ってくる土に身体の自由を奪われ、成す術なく森の中へと転がされていく。
 漸く勢いが止まり慌てて土の中から這い出ると、私達は薄気味悪い森の中にいた。うっかり口に入ってしまった土をげんなりしながら吐き出していると、山の上からマンダレイの声が降ってきた。

「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間、自分の足で施設までおいでませ!この…”魔獣の森”を抜けて!」
「魔獣の森!?」

 見た目どころか名前まで物騒な森だ。あの雄英が普通の合宿をするとは思っていなかったが、まさか休憩から始まっているなんて。
 「雄英こういうの多すぎだろ…」と一同が項垂れるが、予想はしていたので気を取り直して前に進むことにした。

「うえぇ土飲んじゃったよ…。水欲しい…」
「荷物はバスに置いてきたままですものね…。これも一つの経験として、が、我慢ですわ…」
「土を飲む経験なんてこの先活かせる気がしないけど…」

 口内のざりざりした食感は不快以外の何物でもないが、手ぶらで出てしまったから施設に到着するまで我慢するしかない。八百万さんと一緒に苦り切った表情を浮かべながら歩いていると、ズシンと何かが地面を踏み締める音が森の中に響いた。
 一同が足を止め、顔を上げる。そこには、”魔獣”と呼ぶに相応しい形姿の生き物が大口を開けて立っていた。

「マジュウだー!?」
「静まりなさい獣よ!下がるのです!」
「口田!」

 口田君が個性を使って意思疎通を図るが、目の前の魔獣には通じていないのか今にも襲い掛かってきそうな様子だ。魔獣の見た目は恐竜に似ているし、生き物ならば口田君の個性が効きそうだが、全く効いていないということはつまり動物ではないと考えて良いだろう。よく見ると魔獣の身体の節々には土塊があり、根っこも絡み付いている。
 ふと、先程のピクシーボブが起こした土砂崩れを思い出す。恐らく、この土人形も彼女の個性に違いない。そうと分かれば遠慮する理由などどこにも無かった。
 私は勢いよく地面を蹴ると、勢いを拳に乗せて土人形の体を貫いた。すると同じことを考えていたのか、飯田君と緑谷君と轟君と爆豪君も飛び出しており、五人の攻撃を一身に受けて魔獣が粉々に崩れ落ちていく。

「やっぱり。個性で固めたただの土だったね」
「見た目が良く出来てるだけに一瞬本物かと思ったよ…」
「アホか。あんな生きもんがこの世にいてたまるかッ」

 いつもなら爆豪君の言葉に言い返す所だが、こればっかりは頷かざるを得ない。それにしても、今ので終わりなのだろうか。余りにも呆気ない気がする。
 粉々になってしまった魔獣を指先で弄んでいると、飯田君が「まだ油断はできないみたいだぞ」と森の奥を見つめた。皆も気が付いたのか「お、おい…まだいんのかよ!」と背後で峰田君が叫び声を上げる。
 いつの間にか私達は土の魔獣に囲まれていた。それも一匹や二匹の話ではない。数えるのも億劫な程の魔獣が私達を取り囲み、今にも襲い掛かろうとしていた。

「これは…十二時に終わるかしら」
「どのみちやるしかねぇな」

 一斉に構え、それぞれの個性を発動させる。そしてA組は一丸となって魔獣を薙ぎ倒し、私達は先の見えない森の中へと突っ込んでいったのだった。


***


「やーっと来たにゃん」

 私達が施設に到着した頃には既に時刻は午後五時を回っていた。

 あれだけ青く澄み渡っていた空はすっかり茜色に染まり、此方の気も知らないカラスの鳴き声が虚しく響く。ここに来るまで凡そ八時間。私達はぶっ通しで個性を使い、魔獣の森を抜けてきた。
 早ければ十二時に終わるとは何だったのか。まともに飲み食いせずに戦い抜いた私達は、誰一人言葉を発しない程に消耗していた。全身は泥に汚れ、個性の乱用に伴い起きる副作用でヘロヘロ。筋肉を酷使しすぎたせいで私は全身が酷い筋肉痛で、最早身体を引き摺って歩いているような状態だった。

「取り敢えずお昼は抜くまでもなかったねぇ」
「何が三時間ですか…」
「腹減った…死ぬ」
「悪いね。私達ならって意味アレ」
「実力差自慢の為かよ…」
「ねこねこねこ…。でも正直もっと掛かると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。良いよ君等…特にそこの五人。躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」

 ピクシーボブは舌舐めずりをしながら私達を指差す。恐らくその五人とは先陣を切って土魔獣を破壊した飯田君、緑谷君、轟君、爆豪君、私のことだろう。
 爆豪君はともかく、私を含めた四人はヒーロー殺しステインとの激戦を経験しているだけあって攻撃に躊躇がなかったのは事実だ。あの時は明確に命のやり取りがあっただけに、訓練の一環と分かっている今回は皆より優位に動くことができた。余裕があると言ってしまえば聞こえは悪いが、実戦経験による明らかな実力差がそこにはあった。

「三年後が楽しみ!ツバつけとこー!」
「うわッ」
「マンダレイ…あの人あんなでしたっけ」
「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 ツバ付けるって本当に付けるんだっけ…。比喩どころか本物の唾を吐きかけてくるピクシーボブに揃って悲鳴を上げていると、緑谷君が「適齢期と言えば…」と近くにいた男の子に視線を向けた(反応したピクシーボブに顔を押さえられていたのはいうまでもない)。
 
「ずっと気になってたんですが、その子は誰かのお子さんですか?」
「ああ違う。この子は私の従甥だよ。洸汰!ほら挨拶しな一週間一緒に過ごすんだから」
「えと、僕雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 そう言って緑谷君が洸汰君に手を差し伸べると、未だにむくれ顔をしている洸汰君はあろうことか緑谷君の股間を全力で殴った。
 「うわ」と思わず口を両手で押さえる。当の本人は声にならない叫びを上げて地面に突っ伏しており、女の私には想像も出来ないような痛みに苦しみ悶えている。
 白目を剥く程痛いのかと引き気味な私を余所に、飯田君は慌ててすっ飛んでいくと「おのれ従甥!何故緑谷君の陰嚢を!」と我関せずに去っていく洸汰君に向かって叫んだ。

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ」
「つるむ!?幾つだ君!」

 ギロリと此方を睨み付けてくるその両目には少年らしからぬ迫力があった。表情からして恐らくヒーローを嫌っているのだろうが、その年頃の男の子にしては意外な傾向だ。大体の少年はヒーローに憧れ、皆口を揃えてオールマイトのようになりたいと言うのに。
 捻くれるにしても早過ぎないだろうか。そんなことを思いながら洸汰君の背中を見つめていると、轟君が悪怯れる様子もなく「お前に似てねぇか?」と横目で爆豪君を見た。

「あぁ。既視感あると思ったらそれだ」
「あ!?似てねぇよ!つーか気安く喋ってんじゃねぇーぞ舐めプ野郎にゴリラ!」
「悪い」
「私ゴリラ女から遂に女ですらなくなったのね」
「茶番はいい。バスから荷物下ろせ」

 相澤先生の指示により、私達は重い身体を引き摺ってバスに向かった。長期間な滞在なだけあって大荷物だし、消耗した状態でこれを運ぶのは骨が折れたが、その後に漸く晩御飯にありつけたので全てがどうでも良くなった。人間、一日中何も口に入れないとご飯が倍美味しく感じるのだと今日初めて知った。
 プッシーキャッツが用意してくれた豪勢な晩御飯をたらふく食べた後はお待ちかねの温泉だ。筋肉痛のおかげで箸を持ち上げるのも一苦労だったが、ゆっくりとお湯に浸かれれば筋肉も解れて多少副作用も緩和されるだろう。それに、泥だらけのまま食事していたから今すぐにでも体を洗いたい。

 食後は女子と男子で別れ、私達は心を躍らせながらお風呂場に向かった。
 ボロボロになってしまった制服を脱ぎ捨て、隅々まで体を洗ってから熱いお湯に肩まで浸かる。温泉の効能もあってか、全身に染み渡るような感覚に思わず溜息が漏れた。露天風呂っていうのがまた格別である。

「ふわぁ気持ちいいねえ」
「温泉あるなんてサイコーだわ」
「ねぇねぇ名字!」
「ん?どうしたの?」

 端の方で脱力しながら心地良い温もりを満喫していると、悪戯っ子の笑みを浮かべた芦戸さんがワニのように湯の中を移動して近付いてくる。
 芦戸さんがその笑みを浮かべている時は大抵良からぬ事を考えている時だ。内心身構えていると、案の定彼女は良からぬ事を言い始めた。

「名字ってさ、めっちゃ良い筋肉してるよねぇ。ほら、腹筋も綺麗に割れてるし!」
「わ!言われてみると確かに!この中でしっかり割れてるのって名字さんくらいちゃう?なんか強い女!って感じで羨ましいなぁ」
「うんうん。流石男子と張り合ってるだけあるよねぇ。その割にしっかりおっぱいもあるし」
「あ、あはは。まぁ、最後はともかく体を使う個性だからね」 

 麗日さんは純粋に褒めてくれているのだろうけど、芦戸さんのニヤニヤは一体何なんだ。邪心が透けて見えるようで思わず湯の中で一歩身を引くと、芦戸さんもどんどん詰め寄って来る。

「…芦戸さん?何で両手をそんなわきわきしてるの?」
「ふっふっふ…触らせろー!」
「うひゃッー!?」

 芦戸さんが勢いよく湯の中から飛び出してきたせいでバッシャーンと派手に水飛沫が上がった。それと同時にお腹辺りを撫でられて悲鳴が上擦る。
 「もう…暴れるのも程々にしてくださいね」なんて八百万さんが母親のような笑みを浮かべているが、そんな事より助けて欲しい。そんな私の訴えも虚しく、芦戸さんが無遠慮にお腹を触るなり感嘆の声を溢した。

「はえーちゃんと筋肉だ!」
「そりゃ、そうだよ!もう…やめッ、ひゃ!?」
「あはは!名字ってば敏感すぎ!弄りがいあるよねー!」
「もう、ほんとに怒るよ!」

 情けない声を漏らしてしまって自然と顔が赤くなってしまう。それすらも芦戸さんにとっては格好の餌食らしく、今度は「擽りの刑だー!」なんて恐ろしいことを叫ぶものだから、これでもかと暴れてやると二人揃って湯の中に溺れた。

「チーン…」
「あんたら…何やってんの…」
「ねぇ、なんかさっきから話声聞こえない?隣から…」
「隣?」

 耳郎さんが男子風呂との境である隣の壁に目を向けた時、ペタペタペタペタと不気味な粘着音が風呂場に響いた。

「オイラにもその!汗水滴るエロ腹筋と乳房を!拝ませろぉおおお!」
「速ッ!」
「壁とは超える為にある!”Plus Ultra”!」
「校訓を汚すんじゃないよ!」

 この世の終わりのような汚れた叫び声だった。誰がそれを言っているかなんて言わずもがなである。おまけに内容からして、此方の会話は筒抜けだったに違いない。
 スゥっとA組女子の表情が氷のように冷たいものに変わっていく。どうやら峰田君は個性を使って壁を這い上がっているらしく、境界線から顔を出しかけた瞬間、どこからか現れた洸汰君によって阻止され無様に落下していった。

「くそガキィイィイ!」
「ヒーロー以前に人のあれこれから学び直せ」
「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
「ありがと洸汰くーん!」

 どうやら壁の上で見張ってくれていたらしい。振り返った洸汰君に皆がお礼と共に手を振ると、洸汰君は一瞬硬直したかと思えば慌ててバランスを崩してしまった。

「危ない!」

 そのままひっくり返って落下してしまった洸汰君に思わず声を上げるが、想像していた落下音はなく、代わりに壁の向こうから「受け止めたから平気だよ!」と緑谷君の声が聞こえてきた。
 どうやら怪我はしなかったようでほっと胸を撫で下ろす。峰田君の件もあるし、安心して湯に浸かれないと判断した私達は程々に上がることにした。

 寝間着がわりのTシャツと短パンに着替え、適度にタオルで髪を乾かしてから大広間に出る。すると男子達も既に上がっていたのか、何人かが瓶の牛乳を呷っていた。
 いつもきっちり髪をセットしている人が多い分、髪が濡れている姿は見慣れない。髪色的に切島君と上鳴君の姿がふと目に入ると、二人も私に気が付いたのか、瓶に口を付けたまま此方を向く。しかし、何故か顔を真っ赤にすると勢いよく逸らされてしまった。それどころか、その他の男子までもが気不味そうに目を逸らしている。
 その反応の意味を理解した時、私は今にも消えてしまいたい衝動に駆られた。そういえばお風呂での会話は隣の男子風呂に筒抜けだったのだ。悪気がないだけに文句の一つも言えず、泣きたい気持ちになっていると耳郎さんが「どんまい…」と私の肩をポンと叩いた。
 せめて一番聞かれたくない人にだけは…。視線だけで周りを見渡すと、頭に思い浮かべていた人物とばちりと目が合った。
 まさか、ずっと見られていた?じぃっと私を見つめてくる轟君と視線がかち合い一人でどぎまぎしていると、轟君は顔に出す訳でも何かを言う訳でもなく、少しの間を置いてからふいっと顔を逸らされてしまった。
 その如何様にも捉えられる反応に、私はガーンという効果音が聞こえそうなくらいショックを受けた。その反応は一体どういう意味なんだ。もしかしてはしたない女って思われた?とは言っても、正直私何も悪くない気がするんだけど。

「…耳郎さん。私はもう終わりかもしれない」
「う、うーん。他の奴等はともかく、案外照れてるだけかもよ?ほら、アンタら仲良しだし」
「照れる…?あの轟君が…?そんなバカな…」
「可能性の話だって。明日になったら皆忘れてるよ」
「それならいいけど…」

 普段からボーッとしてて何考えてるか分からないことも多いから、もしかしたら今も私の考えすぎって可能性はあるかもしれない。寧ろそうであってくれ。
 中々立ち直る気配のない私に、耳郎さんは無理矢理手を引いて「明日も早いし早く寝よ!」と女子部屋まで引き摺った。考えても仕方ないし、それもそうかと思い直した私はさっさと布団を敷くと、補習に連行されていく芦戸さんの叫びを聞きながら眠りに落ちたのだった。




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