その後ステインや謎の脳無達は取り押さえられ、事件としてニュースで大々的に報道された。私達はプロヒーロー達によって救急車に乗せられると、有無を言わせぬ迫力で保須市の病院に搬送された。 資格を持たぬ者の個性使用。これはきっと、お咎めだけでは済まないだろう。この後私達を待っているだろう取り調べに内心落ち着かないながらもそれぞれ治療を受け、気付けばあっという間に一夜が明けていた。
「冷静に考えると…凄いことしちゃったね」 「…うん」 「あんな最後見せられたら生きてるのが奇跡だって…思っちゃうね」
保須総合病院の病室で私達はベッドに座ったまま、どこか夢心地でお互いの怪我を見ていた。ステインの刃物で散々斬られたおかげで包帯はぐるぐる巻きだし、特に飯田君は重症の怪我を負っている。 それでも私達が生きてここにいるのはあからさまにステインに生かされたからだ。緑谷君の脚だって、本当なら切り離されていてもおかしくはない状況だった。
「あんだけ殺意向けられて尚立ち向かったお前はすげぇよ。救けに来たつもりが逆に救けられた。わりぃな」 「いや…違うさ。俺は…」 「おお、起きてるな怪我人共!」
病室の扉をガラリと開いて入って来た三人に、緑谷君と飯田君が「グラントリノ!」「マニュアルさん!」と声を上げた。どうやらあの老人とプロヒーローは二人の職場体験先の担当らしい。そしてその二人の後ろにはスーツを着こなした犬顔の男性が立っていた。
「凄いグチグチ言いたいが…その前に来客だぜ」 「え?」 「保須警察署長の面構犬嗣さんだ」 「面構!署、署長!?」
慌てて飛び上がった緑谷君に面構さんが「掛けたままで結構だワン」と言いながら私達の前に出てくる。座ったままでいいとは言われたものの、只ならぬ雰囲気に私達は緑谷君の元にそろそろと集まった。
「君達がヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね」
早速そう切り出した面構さん。轟君と飯田君は不思議そうに首を傾げていたけど、私は想定していた事態にただ項垂れるばかりだ。「ヒーロー殺しだが、火傷に骨折と中々の重症で現在治療中だワン」そう続けた面構さんに二人も漸く意味を理解したのか、顔が自然と強張る。 超常黎明期。警察は統率と規格を重要視し、”個性”を”武”に用いないこととした。そしてヒーローはその穴を埋める形で台頭してきた職だ。個性は容易に人を殺められる力であるが故に、本来なら糾弾されて然るべきこれらが公に認められているのは先人達がモラルやルールを遵守してきたからだ。 ”資格未取得者”が保護管理者の指示なく”個性”で危害を加えたこと。それは例えヒーロー殺しが相手だろうと立派な規則違反だ。
「君達四名及びプロヒーローエンデヴァー、マニュアル、グラントリノ。この七名には厳正な処分が下されなければならない」 「待ってくださいよ」 「轟君!」 「飯田が動いてなきゃ”ネイティブ”さんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ二人は殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気付いてなかったんですよ。規則守って見殺しにするべきだったって!?」 「結果オーライであれば規則など有耶無耶でいいと?」 「人を救けるのが…ヒーローの仕事だろッ」 「だから…君は卵だ全く。しかしそこの君は、やけに納得した顔をしているね?こうなること、分かっていたのかな?」
轟君の言葉に耳を傾けながら俯いていた私に、面構さんが突然そんなことを言った。まさか突っ込まれるとも思っていなかった私は慌てて顔を上げるが、三人の視線に耐え切れず思わず顔を逸らしてしまった。
「自分の行動が、規則違反だってことは本当は分かっていました…他人に迷惑が掛かることも。それでも私は友達を…放っておけませんでした」
轟君の言うように、誰かが行かなければ死人が出ていた。例え法を犯してでも、救えた筈の命が救えなかったなんて結果は誰も望んでいない筈だ。けれども面構さんの「結果オーライなら規則など有耶無耶でいいと?」と言う言葉も理解できるからこそ私は何も言えなかった。 「どんなに些細な違反でも許してしまえば定義が緩み、それは法の崩壊へと繋がります。プロの方達には申し訳ないけど、私は処罰を甘んじて受け入れるつもりです…」 「ふむ。素直でよろしい」 「なッ…。お前まで黙って受け入れろって言うのか!?」 「まぁ待ちなさい。全く…良い教育をしてるワンね。雄英も、エンデヴァーも」 「この犬…!」 「待ちたまえ!もっともな話だ!」
面構さんに掴み掛かろうとする轟君を慌てて飯田君が止めに入る。すると、グラントリノが溜息を吐きながら「まぁ、話は最後まで聞け」と轟君を宥めた。
「以上が―――― 警察としての意見。で、処分云々はあくまで公表すればの話だワン」 「!?」
鼻を掻きながら意味深なことを言い出す面構さんに私達は顔を上げた。
「公表すれば世論は君達を褒め称えるだろうが処罰は免れない。一方で汚い話、公表しない場合ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン」
私達がヒーロー殺しと対峙したことを知る者は極めて限られている。この違反は握り潰すことができるのだ。しかし、代わりに私達の英断と功績も、誰にも知られることはない。
「どっちがいい!?一人の人間としては、前途ある若者達の偉大なる過ちにケチを付けさせたくないんだワン!?」 「まぁ、どの道監督不行届で俺等は責任取らないとだしな」 「申し訳ございません…」 「よし!他人に迷惑が掛かる!分かったら二度とするなよ!」 深く頭を下げる飯田君をマニュアルさんは軽く小突いて笑った。面構さんはどっちがいいなんて言っていたけど、私達には選択肢がないことくらいよく分かっているつもりだ。私達の行動で、雄英にだって被害が及ぶかもしれないのだ。 四人揃って「よろしくお願いします」と頭を下げる。面構さんは頷くと、私達に向かって同じく頭を下げた。
「大人のズルで君達が受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが、せめて共に平和を守る人間として…ありがとう」
轟君は小声で「初めから言ってくださいよ」と不満を漏らし、緑谷君と飯田君が隣で宥める。私は、思わぬ形で不問となった事実にただ感謝と謝罪の気持ちで胸が一杯だった。
―――― こうして思わぬ形で始まった路地裏の戦いは、人知れず終わりを迎えたのである。
警察署長とプロヒーロー達が帰っていた後、緑谷君は麗日さんと電話をしに席を外し、飯田君は重症だった腕の診察をしに部屋を出て行った。やがて診察を終えた飯田君が帰ってくるが、その暗い顔からして悪い報告なのは間違いなかった。
「あ、飯田君!今麗日さんがね…」 「緑谷」
部屋に帰ってくるなり嬉々として飯田君に話しかける緑谷君を轟君が咎めるように名を呼ぶ。「飯田、今診察が終わったとこなんだが…」そう言い辛そうにする轟君と只ならぬ空気に緑谷君も察したのか、真剣な表情をする飯田君の方を向いた。
「左手、後遺症が残るそうだ」
その言葉に、緑谷君がただでさえ大きな瞳を更に丸くさせた。 飯田君の腕は左腕のダメージが特に大きく、腕神経叢という箇所を傷付けられたことにより後遺症が残ってしまった。後遺症といっても手指の動かし辛さと多少の痺れくらいのものらしく、手術で治る可能性もあるらしい。
「ヒーロー殺しを見付けた時何も考えられなくなった。まずマニュアルさんに伝えるべきだった。奴は憎いが…その言葉は事実だった。だから、俺が本当のヒーローになれるまでこの左手は残そうと思う」 「あ…」
緑谷君は何かを言いたげに言葉を漏らすが、やがて考え直したように口を閉ざすと歪んでボロボロになった右腕を代わりに突き出した。
「僕も同じだ…。だから、一緒に強くなろうね」
間違ってしまったなら次から頑張ればいい。腕の怪我を戒めに、二人は固い決意を宿して肯き合った。そんな二人の姿に自然と笑みを浮かべていると、隣でどことなく深刻な顔をした轟君が「なんか、わりぃ…」と謎の謝罪を口走る。 急にどうしたんだろう。「何が?」と疑問符を浮かべれば、轟君は己の手をまじまじと見つめながらゆっくりと口を開いた。
「俺が関わると…手がダメになる、みてぇな感じに…なってる」 「……」 「呪いか?」 「ぶッ!」 「……」
轟君が眉間にこれでもかと皺を刻んで呟いた言葉に私は思わず吹き出してしまった。口をあんぐりと開けてこちらを見る三人にどうにか笑いを堪えようと口を押さえながら下を向くが、どうにも我慢すればする程可笑しくって肩がぶるぶると震えてしまう。 そんな私に等々見兼ねた緑谷君と飯田君まで大笑いすると、病室内に大爆笑が響き渡った。
「あっはははは何を言っているんだ!」 「轟君も冗談言ったりするんだね!」 「も…ほんとやめて…。急に何言い出すのかと思ったら…ぶふッ」 「いや、冗談じゃねぇ。名字の腕だって俺のせいで怪我したことあったし、ハンドクラッシャー的存在に…」 「ハンドクラッシャーー!」
ヒーヒー言いながら笑い転げる私達に尚も轟君が不思議そうにしているのが面白い。私は最早我慢できずに口を開けて笑っていると、緑谷君が笑い過ぎて浮かんだ涙を拭きながら私に向き直った。
「名字さん、漸く笑ったね!」 「ふぅ…ふぅ…あ!?」 「今更口を押さえても遅いぞ!三人共しっかりと目に焼き付けたからな!」
笑い過ぎて乱れた呼吸を整えていれば、緑谷君が突然そんなことを言い出すので慌てて口を両手で覆った。しかし、散々笑った後でそんなことをしても意味なんてある筈もなく、何だか途端にどうでもよくなった私は息を吐きながら両手の力を抜くと、今できる最大の笑顔を浮かべた。
「面白いことがあったら笑うに限るね!」 「…!」 「…うん!そうだよ!」 「うむ。名字君は、絶対に笑顔の方がいいな」
怪我をして入院し、沢山の人にも迷惑を掛けてしまったけど、不思議と私の心は職場体験前と比べてずっと軽かった。曇っていた景色が晴れ渡るように、見えていなかったものが漸く見えるようになったんだ。
「私、ヒーロー名決まったの。聞いてくれる?」 「うん!勿論だよ」
力強く頷いてくれる三人に、私はもう一度呼吸を整える。 なりたい自分も、自分がどこを歩いているのかすらも分からなくてヒーロー名が決められなかった。だけど、入学してからの今までで私は何度も人が変わる姿を目の当たりにしてきた。轟君も飯田君も、誰かの”声”で立ち上がったのだ。 きっと、私がこんなにも心を開けるようになったのも誰かが訴え掛けてくれたからだ。それは緑谷君かもしれないし、飯田君かもしれない。轟君かもしれないし、はたまたステインだってありえる。だからこそ私も、誰かが立ち上がれるように手を差し伸べるんだ。
「黙ってたって何も変わらない。言葉を発しなきゃ相手に伝わらないって分かったの。だから私も、困っている人がいたら奮い立たせてあげたいし、正しいことを"叫べる"ヒーローになりたい。―――― その意味も込めて、ヒーロー名は”シャウト”」
「個性とは全然関係ないんだけどね」そう言って苦笑いを浮かべれば、緑谷君が考え込むようにして「”シャウト”…」とヒーロー名を反芻する。そして顔を上げると、「凄くいい名前だよ!」と言って笑顔を浮かべてくれた。
「…ああ。お前ならなれるよ。現に一度親父に歯向かってくれてるしな」 「はは…。その節はほんとすみません」
件の事件を思い返しながらも二人の言葉にホッと胸を撫で下ろしていると、飯田君が何やらジーンと目頭を押さえているのが見えて私は思わず慌てふためいた。
「飯田君!?泣いてるの!?」 「名字君…君は本当に変わったよ。昼食に誘ってもいつもツンケンしていた君が、まさか俺を”友達”と連呼する日がくるなんて…」 「そこ!?」
思わず緑谷君が叫ぶが、飯田君は相変わらず天井を仰ぎ見ている。言われてみれば私はここ数日で”友達”という言葉を抵抗なく言っていた気がする。 最初はただ勝敗に拘って私なんてって思っていたけど、こうして自然に言っていたということは無意識に私自身もそう感じていたからだろう。あれだけ馴れ合わないなんて言っていた割に、私はこの環境をいつしか居心地がいいと感じていたのだ。
「うん。三人共、私の大事な友達だよ」 「名字さん…」
最早開き直ってそう言う私に、緑谷君が感極まったように呟いた。
こうして私達は新たな決意を胸に、ステインに受けた傷を治療して退院した。職場体験終了日は担当のプロヒーローに挨拶も兼ねた謝罪に向かったが、案の定エンデヴァー事務所では鬼の形相をしたサイドキックとエンデヴァーにこっぴどく叱られたのであった。
一難去ってまた一難。こうして一週間の職場体験は終わりを迎えたのである。
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