名字名前という人間は、トップヒーローの母と公安に属する父の間に生まれた。

 彼女は幼少期の頃から心優しく、誰からも好かれるタイプで常に友人の輪に囲まれていた。ある日名字名前に個性が発現した時、訳も分からず遊具を破壊して友人数人が軽い怪我をした。
 個性の発現時によくある事故だとその場は丸く収まったが、制御できない強力な個性にいつしか子供達は怖がり、大人達は彼女に近付かないようにと強く念を押した。それでも、一緒に遊ぼうと手を差し伸べてくれる人はいた。

 ある日、その子に大怪我をさせてしまった。子供の両親は酷く怒り、子供の声など無視して関わらせないようにした。気付けば、名字名前の周りには誰もいなくなっていた。

「名前、なに泣いてると?」
「け、けいごくん。私ね、お友達に怖がられるの。触るとね、痛いって。わたしも、けいごくんみたいのがいい」

 訓練室の隅で泣く名前という少女は父に連れられ公安にやってきた。歳は六つ離れてはいたが、常に大人に囲まれていた鷹見啓悟にとって唯一歳の近い存在であり、二人はすぐに打ち解けた。

「何で?名前のがカッコイイよ」
「そんなことない!けいごくんの羽、赤くて綺麗でいつも助けてくれる!すごいんだよ!」
「凄いのは名前の口説き文句の方だけどなぁ」
「何それ?」

 冗談めかして笑う鷹見に泣きっぱなしだった名前がぽかんと顔を上げる。
 いつも泣き止むのは早いんだ。鷹見は内心で笑いを堪えながら「大人になったら分かるけん」と話を逸らせば、名前は「またそれー?けいごくんだってこどもじゃん!」と頬を膨らませた。

「ギリ大人だからセーフ。あと七年くらいしたら名前もなれるよ」
「まだまだじゃん…」
「そーだよ。だからその間に俺が、名前がヒーローになってもばり暇な世の中にしとくから安心してよかよ」
「それって、痛いことしなくていいってこと!?」
「そゆこと」
「やったー!けいごくん約束ね!」

 花が咲いたように笑顔を浮かべる目の前の少女に鷹見は哀しげに笑う。
 まるで兄のように鷹見を慕う名前は、ヒーローになりたくないという本音をいつも涙ながらに彼に訴えていた。彼女の意思とは関係なく、トップヒーローの子供だからという理由で厳しい訓練を余儀無くさせられていることも鷹見は知っていた。しかし、幼い頃に公安に引き取られ、全面的に支援されている鷹見にはどうにかする権限などない。彼女の父が公安の人間なら尚更だ。
 名前は鷹見に会うと、決まって彼の個性を羨ましがった。自分のはただ誰かを傷付けるだけだと、個性を使うことを酷く怖がった。母が期待するようなヒーローにはなれず、誰かを守るどころか痛めつけてしまうのではないか。普段から温和で優しい彼女は過去のトラウマからそんな心配をするようになった。

「名前さん。トレーニングの時間です」
「あ…」

 黒いスーツを着た数名の大人が訓練室に入ってくる。名前は鷹見の顔を不安気に見上げるが、やがて諦めたように立ち上がるとそのまま大人達に手を引かれて出て行った。

 そうして時が経ち、鷹見啓悟はヒーロー”ホークス”としてデビューを果たす。彼の実力は勿論のこと、その人柄もあって瞬く間に人気と支持率を獲得していった。
 名字名前という少女にはあれ以来何年も顔を見ていない。しかし、数日前に行われた日本のビッグイベント。雄英高校の体育祭のVTRで、彼はおよそ十年ぶりにその姿を目にすることとなった。


 出張で訪れたNo.3の事務所。公安直属のヒーロー同士昔から関わりのある相手の為、デビューした後もチームアップや調査の協力で頻繁に事務所には訪れていた。
 所長室では、正に所長である名字が眉間に皺を寄せながらテレビを見ていた。ホークスはその姿に気付くと、不機嫌そうな彼女に言葉を投げ掛けた。

「それ、もしかして娘さんですか?」
「…そうよ。そういえば、小さい頃はあなたとよく遊んでいたみたいね。ホークス」
「確かに、そんなこともありましたねぇ。あんなに小さかったのに今じゃ立派な雄英生ですか。鼻が高いんじゃありません?」
「当然のことをしているだけでしょ。別に何とも思わないわ」
「へぇ」

 いつものようにおちゃらけて言ったホークスだったが、思いの外薄い反応が返ってきたことにスッと細めていた目を開けた。

「もしかして、まーだ名前ちゃん自分のおもちゃにしてんすかぁ?愛娘でしょ。もうちょっと年頃らしく可愛いお洋服買ってあげるとかさ、」
「ホークス」

 咎めるような低い声。
 商売敵といえど、相手は付き合いの長い先輩。ホークスは続けようとしていた言葉を引っ込め、名字の続きを待つ。

「いくらお前でも、うちの家庭事情に口を挟むのは感心しないわ」
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ。俺とあなたの仲でしょう?最近知り合った訳でもあるまいし」

 …相変わらずだな。
 内心で冷たいものを抱えながら、ホークスは得意の笑顔を張り付けて言う。それでも彼を子供の頃から知っている名字にとっては既にお見通しなのか、「作り笑顔は健在ね」と吐き捨てるように言うと、視線をテレビに戻した。ホークスも釣られてテレビに顔を向けると、そこには丁度名前とエンデヴァーの息子が戦っているシーンが流れていた。
 二人の実力が拮抗しているかのように見えた試合は、エンデヴァーの息子の勝利となって終わった。それでも昔の姿とは考えられない程見た目も、個性も成長していた名前にホークスは感心するが、名字は苛立ったようにリモコンでテレビの電源を切ってしまった。

「…あれ、もういいんですか?」
「既にその場で見てる試合だわ」
「それをまた見返すなんて、よっぽど負けたのが悔しかったんですね」
「相手はエンデヴァーの息子よ。引き分けならまだしも、負けていいような試合じゃない」
「まぁ、昔から英才教育頑張ってましたもんね。名字さん」

 名字の姿に、ホークスはどこか自分の両親を重ねていた。彼女のように地位も名誉も、お金すらなかった両親だったが、自分のことばかりで子供のことなど何一つ考えていない姿はそっくりだと思った。勿論、犯罪者と比べられたなんて知ったら激怒されるだけじゃ済まないので口にすることはないが。

「そういえば職場体験に向けたプロの指名ありますよね。入れてあげるんですか?この事務所」
「それも考えていたけど、気が変わったわ」
「へぇ。じゃあ俺が指名しちゃってもいいですか?来てくれるか分かりませんけど」
「あなたとあの子じゃまるでスタイルも違うのに駄目に決まってるでしょ。それに、例え合っていたとしても私情で甘やかすでしょうしね」
「冗談ですよ。手厳しいなぁ」

 ホークスは両手を上げて降参のポーズをしてみせる。
 今言ったことは半分冗談半分本気だ。ホークスにとって後輩指導は柄ではないし、積極的に行いたいとも思わない。それでも事務所の方針として受け入れる側ではあったので、何人か気になる生徒には目星を付けている。

「(名前に会うのは、まだ今じゃない)」

 ヒーローが暇を持て余すような世の中を作る。名前はもう覚えていないかも知れないが、大昔にした約束だ。それは今も変わらずホークスの軸となっている。
 それに、あの泣き虫だった名前の変わり様には驚かされた。まだ今は彼女の成長を陰ながら見守るのも悪くない。

「何はともあれ、ずっと事務所に籠もりっきりでしょう?たまには家に帰ってやったらどうですか」
「そんな世の中になれればね」

 名字の表情はいつだって母の色がない。ヒーローの顔付きだ。それでも、ヒーローとして彼女の言うことも一理あるからこそ、ホークスは何も言わなかった。
 近頃問題となっている”敵連合”。まだまだ不明な集団だが、雄英を襲撃するという大胆な行動をした以上注意するに越したことはない。今もこの事務所に出張しているのはその調査の一環だ。名字は、娘のことを気にする暇もない程忙しい日々を送っていた。

「……」

 内心で溜息を吐き、ホークスは書類に齧り付く名字に背を向けた。
 




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