那田蜘蛛山後の入院期間



 顔で飯食ってけるんじゃねぇかってくらい綺麗な人が俺達を助けてくれた。その人、――― 胡蝶しのぶさんは目を瞠る程美しくて、賢くて、女神のような人だと思った。彼女がいなければ俺は今頃気持ちの悪い蜘蛛になっていただろうし、その他の何人もの鬼殺隊士が無事人間として生きていくことができたのは紛れもなくしのぶさんの薬のおかげだ。
 目が覚めた時には蝶屋敷の病室で、俺と伊之助の奴以外誰もいなかった。炭治郎と名無しはどこにいるんだ?三人と山の麓で別れてから、一向に行方が分からなくなっていた。

「ま、ままままさか死ッ!!!??イヤァアアアア!!!!」

「静かにしてください!!いきなり何なんですか!?」

 あの子はガミガミ叱ってくるので苦手だ。勿論、看病してくれていることには多大なる感謝をしているが、とてつもなく苦い薬を飲ませようとしたり、こうやって鬼のような形相で叱ってくるのだから怖い。
 ビクビクと毛布に包まって震えていると、突如戸が勢いよく開いて「失礼します!重症の患者をお連れしました!」と焦った声が聞こえてきた。何事かと俺はチラリと毛布の隙間から外を覗き見てみる。隠の人が数名、一人の患者を抱え上げて慎重に病室に入ってきていた。
 誰だろう?他の隊員か?震えていたことなど忘れ、起き上がって見てみるが顔が隠で阻まれてよく見えない。でも、聞き覚えのある音だった。

「すぐに此方に寝かせてください!しのぶ様から話は伺っています!三人共、薬と湯の用意を」

「はい!」

 小さな女の子が三人、バタバタと忙しなく駆けていくのを横目に俺は隣で寝かされた患者の顔に釘付けだった。テキパキと奇妙な器具を用意してくる青い髪飾りの女の子が「邪魔です!」と俺の前に立ち、器用に患者の服を捲っていく。
―――― 何を隠そう、その重症患者というのも名無しのことだった。

 血の色なんて微塵も感じられない程肌は白く、爪の先まで土色だ。捲られた裾から覗いた片足はまるで鋭い牙に噛み付かれたかのような赤い傷跡が二つ、その周りを醜怪な痣が囲っている。そこから伸びるように、首から、顔までもが紫色の血管が浮き出ていて、血を流したばっかなのか、顔を雑に拭かれた跡もあった。自分も人のことは言えないが、お世辞にも軽症だなんて言える状態ではない。
 那田蜘蛛山から回収されて暫く経っているというのに、どうして死にかけているんだ。意識ないし。どういうことなんだ。半ばパニックになりながら手を無意味に彷徨わせている俺とは違って、蝶屋敷の子達は汗をかきながらも名無しの治療を進めている。

「なぁ、どうなってるんだよ、何で名無しはこんな状態なんだ?今までどこにいたんだよ?助かるんだよね?ねぇ、見た目何かめちゃめちゃやばいけど!ねぇ、助かるんだよね!?」

「うるさいですってば!!この人は柱合会議に連行されるとのことだったので、毒の応急処置しかできなかったんです!血も少ない状態でしたし、きっと無理をしてこんな状態になったんだと思います!分かったなら治療の邪魔になりますから、寝ててください!」

 有無を言わさぬ迫力で捲し立てられ、唾を飲み込んだ。お願いだよ死なないでくれよ、名無しが死んじゃったらどうすればいいんだよぉお。今すぐにでも叫び出したいのを我慢して、せめてもと心の中で絶叫する。こんな時でも猪の奴は寝ているのだから凄い。アイツも怪我酷かったから仕方ないけど!
 テキパキと目の前で進められていく行程をただ黙って見ているしかない俺は、苦しそうに呻く名無しの顔を遠くから見つめた。やっぱり、綺麗な女の子だと思う。本人は言われるのを嫌がるし、俺は禰豆子ちゃん一筋だから声には出さないけど。
 ふと、視線を下げると、血豆の沢山できた掌が目に入った。分厚く鍛えられた手。到底、少女のものではなかった。

――――鬼なんてものがこの世にいなかったら、名無しだって普通の女の子として生きていただろう。そうでなかったとしてもこんな血腥い場所じゃなかった筈だ。
 女性の隊員はやっぱり少ないけど珍しくはなかったし、こういう考えは彼女達の決断を甘く捉えていて失礼だと罵られるかもしれないが、この御時世、世間一般的な女性の幸せと言ったら素敵な殿方の家へ嫁ぎ、幸せな家庭を築くことだろう。
 女は顔が命なんて言うくらいだ。その綺麗な顔に、一生消えない傷を作るのだって懸念を抱くだろう。勿論、彼女達はそれすら厭わないのかもしれないが。

「…一先ず大丈夫でしょう。お知り合いのようですが、とにかく絶対安静ですので大声は出さないように」

 額を拭いながら釘を刺され、コクコクと頭を思い切り振る。その様子に安心したらしい女の子達は、名無しに謎の管をつけまくると片付けをし始めた。
 少し前の自分もこんな感じだったのだろうけど、改めて他の人が目の前で注射をされまくっている所を見ると身震いがする。やっぱり顔には湿布やら包帯が巻かれていて傷は見えなくなっていたけど、どこかで俺の心が嫌な音を立てていた。純粋に、女の子が痛々しい姿でいるのは胸が痛む。

「名無し…起きてくれよ。金平糖あげるからさぁ…」

 独り言は誰に届くでもなく空気に溶けていく。ただただ純粋に、俺はこの子に笑っていて欲しいんだと思う。ああそうだ、炭治郎は太陽みたいだけど、名無しはお月さんみたいだなぁなんて頭の片隅で思った。
 二人共色だってそっくりだ。笑った顔は沸き立った心が落ち着くようだし、背中を撫でてくれる手はゆっくりで子守唄のようだ。我ながら良い例えじゃない?まぁ気恥ずかしいからそんなこと言ってやらないけどさ。



 暫くすると、炭治郎が傷だらけでやってきた。相変わらず俺は薬が嫌でみっともなく泣いている最中だった。

「ねぇこの薬すんごい苦いし辛いんだけど!これ三ヶ月も飲み続けるの?飲み忘れたらどうなるの!?ねぇ誰か教えてぇえええ!」

「静かになさってください!説明は何度もしましたでしょう!これ以上騒ぐようなら隣の方のお身体に障りますので病室を移動してもらいますよ!」

「それも嫌ダァああ!名無しはここに置いてくれよぉ頼むよぉお!」

 隠に背負われた炭治郎が「善逸!名無し!大丈夫か、怪我したのか!?山に入って来てくれたんだな」と泣きそうになりながら叫んだのが聞こえて、俺は思わず固まると名無しと炭治郎を交互に見た。え…お、起きてる。名無し目覚してるじゃない。え、炭治郎もいつの間にいたの?
 途端にぶわっと滝のような涙が吹き出てきて、名も知らない隠に思わず抱きつく。頭上から迷惑そうな声が聞こえてきたけど、どうでも良かった。

「うわぁああ聞いてくれよぉ臭い蜘蛛に刺されるし、毒ですっごい痛かったんだよぉお!さっきからあの女の子にガミガミ怒られるし、名無しは隣で顔面蒼白で死にかけてるし、本当に怖かったんだぁあ」

 二人が引きつった筋肉で笑ってるのが見えた。いつの間にか大事になってしまっていたこの光景に、俺は延々と滝のような涙を流し続けた。




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