06.邂逅の日


 オドロキくんとの挨拶を早々に済ませ、次に私の目に飛び込んできたのは見覚えのありすぎるドアミラーだった。

「これ、どこから拾ってきたの?」
「人情公園のゴミ箱です。恐らく成歩堂さんを轢いた車のものだと」
「あー…うん。実はそうなんだよね」
「え。どうして知ってるんですか!?」

 角を逆立てて驚くオドロキくんの勢いに押されてしまった私はついまごついてしまう。ナルホドさんの指示だったとはいえ、証拠隠滅の為にやりましただなんて口が裂けても言えない。
 考えてみれば、オドロキくん達に依頼するつもりだったなら何故車の特定に役立つ証拠品を捨てろだなんて言ったのだろう。ふと、脳裏に意地悪なナルホドさんのしたり顔が浮かんだ。なんだか嫌な想像をしてしまいそうだったのですぐにかぶりを振る。

「パパが轢かれた時、名無しさんもその場にいたんですよね!」
「う…聞かされてないぞ」
「ま、まぁまぁ!これも元ベテラン弁護士からの試練って思えば…ね!」
「はぁ…。それで、事件の時のこと聞かせてもらえませんか?」
「そうね…。まずそのドアミラーはナルホドさんが撥ねられた時にもぎ取っちゃったものだから、犯人の車は片方のドアミラーがない状態だと思う。時間は九時頃だったかな。街角の病院の方に走っていったの」

 私の話にオドロキくんは頷きながらメモを取っていく。そして何かに気付いたのか、ハッと顔をあげた瞬間、重なるように入口のドアが勢いよく開かれた。ジャラジャラと暴れるベルに混じって「やっほー名無し!」と声が飛んでくる。
 そこにいたのは白衣を纏った懐かしの友人、茜だった。

「ゲッ、なんでアンタ達までここにいんのよ!」
「それオレの台詞でもあるんですけど…」

 不機嫌丸出しで私達を交互に見る茜。昨日の電話で茜は確か現場を彷徨く子供がいるとかなんとか言っていた。反応を見る限り、やはりオドロキくんとみぬきちゃんのことだったのだ。
 茜は有無を言わさぬ迫力で歩いてくると、オドロキくんから二席開けた所に座った。どこからかかりんとうを取り出してはサクサクと食べ始めている。注文をしろという言葉は胸の内に止めておいた。

「ここ一応カフェなんだけど」
「知ってるわよ。まさかアンタがお店継いでたなんてねーサクサクサク」
「二人は知り合いなんですか?」
「そうよ!高校の頃の私の後輩なんだから!」
「なんで威張ってるんですか…」

 「わぁ世界って案外狭いんですねぇ」なんて言うみぬきちゃんにすかさず「私の後輩から情報聞こうたって現場には入れてあげないんだからね」と釘を刺す茜。子供相手に大人気ない。

「そのことなんだけど、私からもお願いできないかな?」
「え…な、なんでよ」
「揺れてるぞ」
「もっと言ってやってください」
「聞こえてるわよ!」
「茜さ、確か成歩堂さんにお世話になってたよね?二人の依頼人、その成歩堂さんなんだよ」

 私の言葉に目を丸くする茜。七年程前、茜はある事件の容疑者として逮捕されたのだが、ナルホドさんの弁護によって助けられたことがある。茜にとっては恩人という訳だ。それならば、その恩人と深い関係にある二人への態度もある程度変わってくるだろう。
 案の定、みぬきちゃんから「娘です」と聞いた瞬間茜は頭を抱えた。そして盛大に溜息を吐いた後、「仕方ないわね」と立ち上がった。

「そうなれば話は別だわ。ついてきて。現場を案内してあげる」
「いいんですか!」
「特別だからね!それじゃあ来て早々だけど行くよ」
「茜、また今度ゆっくりしに来て」
「そうするわ」

 茜に続いて二人も立ち上がるとそそくさと入り口に向かう。その後ろ姿に手をふっていると、オドロキくんが立ち止まって私に向き直った。

「助かりました、ありがとうございます!あの、今度また遊びに来てもいいですか」
「うん。勿論だよ。待ってるね」

 私の言葉にオドロキくんは安心したように笑顔を浮かべた。此方が灰になってしまいそうな程無邪気で眩しい笑顔だ。
 
 皆が去り、ドアが閉まる音と共に静まり返る店内。

「……破壊力抜群だ」

 ポツンと取り残された私は、今し方向けられた笑顔を思い返しながら独り言ちるのだった。




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