18.ゾッとする話2
今朝起きたら成歩堂さんからメールがきていて、その内容を見たオレはすぐに支度をするなり事務所に飛んで行った。
「おはようございますっっ!」
つい勢いよく開けてしまったドアがバンッと壁に当たり騒がしい音を立てる。しまったと身構えたものの事務所の中はまだ電気がついていなくて、不思議に部屋を見回していると、ソファの上の謎の物体がもぞりと動いた。
「うーん…」 「え、」
呻きながら毛布の下でもぞもぞ動いていた物体が起き上がると、重力に従って覆い被さっていた物が下に落ち、あろうことか中から名無しさんが出てきた。 なんでこんなところに?寝起き?無防備な格好?一気に情報が流れ込んできて思わず一歩下がってしまう。
「(というか事務所に泊まったのか。聞いてないぞ…)」
なんだか仲間外れになったような気分にほんの少しだけ寂しく思っていると、当の本人はオレの存在に気付いていないのか、目の前で呑気に欠伸をしながら背伸びを始めた。 ふいに寝惚け眼が此方を向く。「あれ、オドロキくん」なんて間延びした声でオレの名前を呼ぶので、一瞬心臓が飛び跳ねた。何も悪いことなんてしていないのに、何だかいけないものでも見てしまったかのような気分だ。
「すみません、起こしちゃいましたよね」 「ううん、平気…おはよう…。早いんだね」 「いえ、いつもこんなもので…」
勿論そんなことはない。けれど、「貴女が困ってると聞いたのでダッシュで出勤しました」だなんてもっと言える筈がないので、さりげなく誤魔化してしまった。 暫しお互いの間に沈黙が流れる。すると、突然名無しさんは覚醒したように顔を上げて小さく悲鳴を上げた。かと思いきや今度は顔を隠しながら慌てて立ち上がるので、何事かと近くに寄ろうとすると「ちょっと待って!」と掌を向けられた。
「い、今見たの忘れて!寝起きだし、すっぴんだし!」 「そんなに慌てなくても」 「無理、無理!恥ずかしいから!」
そう叫ぶなり名無しさんは吸い込まれるようにして洗面所に消えて行ってしまった。複雑な乙女心を案じながら消えた背中の行方を見送っていると、ふと部屋の明かりがついて振り返る。そこにはいつも通りの成歩堂さんが立っていた。 「おはよう。思った通り早いね」 「…揶揄わないでください。それより、何があったんですか」 「どうやら、オドロキくんの嫌な予感は当たっているみたいだ」
いつもの冗談交じりではなく、至極真面目な口調で放たれた言葉にやっぱりかと肩を落とす。現に名無しさんが事務所に泊まりに来ているということはそういうことなのだろう。どうせならば杞憂に終わって欲しかったが、現実はそうもいかないらしい。
「やっぱり…そうなんですね」 「だから、君とみぬきで実際に調査してきてほしいんだ。弁護の仕事じゃなくて申し訳ないんだけど」 「今回ばかりは流石にオレ個人としても心配ですし、元々そうするつもりでしたから!」 「ありがとう。オドロキくんならそう言ってくれると思ってたよ。僕も力になりたいとこだけど、少々手が離せなくてね…。それじゃあまずは名無しちゃん自身から話を聞かせてもらおうか」 「?はい!」
成歩堂さんは常日頃からふらりと何処かへ消えてしまうが今回もそうらしい。若干の疑問を感じながらも頷くと、成歩堂さんは「みぬきーもういいかいー」と洗面所の方に向かって叫んだ。つられて視線を巡らせる。
「ほらー名無しさんもういいよーって」 「うぅ…もういいよー…」 「(なんて絵面だ…)」
すっかり準備万端なみぬきちゃんが名無しさんを引きずってくる姿に同情していると、そのまま二人もソファに座り、四人で向かい合う形になった。名無しさんの格好はダル着のままだったが、薄化粧が施されている。けれど、先程飛び出していったせいか、オレの前で気まずそうに目を泳がせていた。 どう切り出そうか考えあぐねていると、見兼ねた成歩堂さんが真っ先に切り出した。
「昨日も言ったけど、今日は二人に店の周りを見張ってもらうよ。それでまずは名無しちゃんから話を聞きたいだ」 「話、ですか」 「どんな些細なことでもいいんです。何か思い当たることとかありませんか?」 「思い当たること…」
オレの問いに名無しさんは首を捻ると、過去を振り返るように斜め上を見上げる。そして何か思い付いたのか、「確信はないんだけど…」と控えめな声色で呟くと黙り込んでしまった。 眉を八の字にさせて逡巡している様子をみると、かなり言いづらいことらしい。こういう時は急かさないのが一番だ。三人でじっと待っていると、やがて重々しくその口は開かれた。
「お店のお客さんなの」 「お客さん?」
名無しさんがゆっくり頷く。確かに、喫茶店の店長が大事なお客さんを犯人呼ばわりするのは気がひけるだろう。煩悶するのも無理はない。 例えお客さんでなかったとしても、誰かを告発することは勇気がいることだ。オレはその形容し難い感情をよく知っている。
「最近、会社員の男性が決まった日時に必ずうちに来てくれるんだけど…その人が通い始めてから変なことが起こるようになった気がするの」 「その男性の容姿はどうですか?」 「眼鏡をかけた爽やかなお兄さんって感じかな?とてもそんなことをするようには見えないんだけど」
会社員の男性。そう言われて、まず頭に浮かんだのが店の前で見かけた男だった。漠然とした特徴だが、これは偶然とは言い切れない気がする。 それに、奴は逃げる際に名刺を落とすという失態を犯している。もしそこにある名前と一致していればその男はかなり怪しくなってくるだろう。
「それで、決まった日時っていつのことですか?」
名無しさんが俯き、膝の上で両手をぎゅっと握る。
「まさに今日、なんだよね」
***
日にちを跨ぐ必要がなかったのは好都合だった。早速当日の調査が決まると、名無しさんは開店の支度があるからと店に帰って行った。 オレとみぬきちゃんはその間に作戦会議をした。変装するかしないか、万が一に備えて武器を持つか持たないか。武器ってなんだよと突っ込めば、みぬきちゃんは目を輝かせながら「ほら!スタンガンとかドラマでよくあるじゃないですか!」と言い出したので問答無用で却下した。完全に別の犯罪だ。 結論、真っ赤なスーツとマジシャンの服装じゃあまりにも目立つという成歩堂さんの発言で私服で現地に向かうことになった。
そして現在、オレ達はカフェのランチタイムに潜入し、二人用のテーブルに座っている。名無しさんはいつも通りカウンターの裏で忙しなく接客をしているが、心なしか顔が疲れているようだ。 ちゃんと眠れていないんだろう。心配で目で後ろ姿を追っていると、チリンと来客を知らせるベルが鳴った。みぬきちゃんがあっと小さく悲鳴をあげる。
「…例の男性です。ほんとに来ましたね…ぴったり予定の時間です」 「それがただの几帳面なのかそうでないのか、観察させてもらうとするか」 「オドロキさん目が血走ってます」
男は名無しさんに案内されて窓側の席に腰を下ろした。名無しさんの話だと、あそこが奴の定位置らしい。男は爽やかな笑顔を浮かべて注文を済ませると、携帯を弄りだした。 「特別変なとこはないですね…」 「うーん…どう見てもどこにでもいるような会社員だよな」
視線だけはがっちり男をマークしたまま、二人で顔をメニューで隠しながら小声で話す。少しでも可笑しな行動をとったら…そう思って観察しているのだが、男は至って自然体で一向に尻尾を出さない。 ―――― 一瞬、名無しさんの勘違いだったのでは…そう思い付きそうになって、慌ててかぶりを振る。オレ達を信頼して話してくれたのに、それを裏切るなんてとんでもない話だ。彼女がおかしいと言ったなら、そこには必ず理由がある筈。絶対に見抜いてやる!
「オドロキさん」
その瞬間だった。左腕に嵌めた腕輪がキュッと反応した。
みぬきちゃんが静かに、強張った声で呟いたのが聞こえて、オレは男の方へ視線を向ける。 男は先程まで熱心に弄っていた携帯を絶妙な角度で傾け、僅かにレンズをある一定の方向に向けていた。その先にあるものを辿って、オレは確信する。何よりも腕輪が真実を物語っていた。―――― 盗撮だ。 オレの腕輪は不思議なもので、相手の緊張に反応して締め付けを強くする。つまり、今あの男は緊張状態にあるのだ。携帯を相手に向けてそんな心理状態はとてもじゃないが普通とは思えない。みぬきちゃんも気付いているのだろう。男を見据える視線が鋭い。
「…今はまだ出る所じゃない。もう少し待とう」 「でも、いいんですか?」 「オレ達には材料が揃ってる。あとは決定的な行動を起こすのを待つだけだ」
みぬきちゃんは渋々頷くと、オレンジジュースのストローを咥えた。 それからというものの、ヒートアップしたのかなんなのか、男は此方が引くくらいの見事な奇行を連発しだした。終始穴が開くほど名無しさんをガン見し、事あるごとに彼女を呼び付け、隙あらばボディータッチをしている。 お客さんが少ないから好機とでも思っているのか、ここまでくると笑いすら起きない。名無しさんは見るからに顔面蒼白で、男を射殺すようなみぬきちゃんの視線に見ているこっちが震えてくる。
そろそろ頃合いだろう。みぬきちゃんに目線で合図を送り、立ち上がる。名無しさんはオレ達の動きに瞬時に反応すると、男に断ってから伝票を取りに戻り、小走りで此方に来た。
「お会計ですね」
平常心を繕っているが、その両目が不安に揺れているのが見えて心臓が鷲掴みされたように痛んだ。 こんなに気弱な姿は見たことがない。今すぐ安心させてやりたいが、その衝動を必死に押さえ込んで、オレはできる限り自然体に小さな声で「大丈夫です」と呟く。 名無しさんの目が開かれ、瞳が大きく揺れた。僅かに口角が上がって安心したのが見えて、オレはもう一度首肯して見せる。
「それじゃあ行こうか」
みぬきちゃんを連れて店を出ると、オレ達は道路を渡って向かい側の路地に身を潜めた。ここならば気付かれずに店の前を見渡すことができる。男が出てきた所を捕まえて問い詰めるという訳だ。
「そろそろ一旦店を閉める時間です」 「店を出る時間も予定通りなのかよ…今はありがたいけど…」
名無しさんの店はランチの営業を終えたら一旦休憩に入り、夜の営業が始まる。けれど、今日は特別に昼の営業のみにしてもらった。他のお客さんがいない方が男が行動に出る確率が高いと考えたからだ。 みぬきちゃんの携帯はそろそろ営業終了の時刻を指す。店の扉から次々とお客さんが出て行って、その最後に、例の男がゆっくりと出てきた。奴は店の前で立ち止まるとキョロキョロと辺りを見回し、人気がなくなるのを待つような動きを見せている。はっきり言ってかなり怪しい。これが黒でなければなんだと言うんだ。
「オドロキさん!あの人、店の裏に行きましたよ!」 「ッ!こっそり追いかけよう!」
人気がなくなった途端、男は周りの目を忍んで建物の間に入って行った。その後ろを足音を立てずに慌てて追いかける。建物の間は店の裏に続いているのか狭い路地のようになっていて、奥にゴミ置場があるのが見えた。そして男はあろうことか、そのゴミを漁り出したのだ。
もう限界だ。捕まえるなら今しかない。隣に視線を向けると両手を握り込んだみぬきちゃんと目が合う。大丈夫、大丈夫。ごくりと唾を飲み込んで、オレは大きく一歩を踏み出した。
「ちょっと!何をやってるんですか!」 「ッ!??」
男の肩が跳ね上がり、驚愕の表情でオレを振り返る。予想通りすぐさま立ち上がって逃げ出そうとするのが見えて、咄嗟にその白いシャツの腕を掴んだ。
「は、離せ!僕は何もしてない!何もしてないんだ!」 「大人しくしてください!うわッ!?」 「オドロキさん!」
自分よりも遥かに上背のある男が腕の中で暴れ、強い力で突き飛ばされた。思わず足元がよろけた隙に腕が振り払われる。悔しさに歯噛みするも、男もかなり動揺しているようで転びながら逃げようとしていた。 今の内に早く体勢を立て直さなければ。がむしゃらに腕を伸ばした瞬間、後ろから一際大きな声が路地に響いた。
「いいんですか?大事な携帯失くしたままで」 「…え?」
振り返った先には男のものであろう携帯を片手に握ったみぬきちゃんが立っていた。しかも、その左手にはいつものパンツまで握られている。 いつの間にそんなもの取ったんだ。愕然と目の前の少女を見ていると、みぬきちゃんは見せつけるように男にヒラヒラと携帯を振った。それを見た男の顔色があからさまに変わって、意味もなく両手を宙に彷徨わせている。慌ててポケットを探っても何も出てこないのをみると、どうやらみぬきちゃんが持っているのは正真正銘男の携帯らしい。
「さっきオドロキさんが捕まえた時にちょっぴりポケットから消しておきました。みぬきのパンツから出てくるイリュージョンです」 「末恐ろしいな…」 「か、返してくれ!」 「…この携帯、一発でアウトなものが入ってますよね?逃げても無駄ですよ。全部見てましたから。おまけに、貴方が落とした名刺まで持ってます」 「そんな…」
男はガクッと膝をつくと、逃げる気力も失ったのかそれっきり項垂れてしまった。みぬきちゃんに合図を送って警察に連絡してもらう。その間にこの男をどうしようかと考えていると、男は蚊の鳴くような声で「最後に彼女に会わせてください…」と呟いた。
「名無しさんに?」 「お願いです…」
このまま外にいるのもまた逃げられてしまう可能性があるし、それならば店の中で見張っていた方が安全かもしれない。名無しさんには申し訳ないけど。
「…分かりました。ただし、彼女が嫌がったら諦めてください」
弱々しく頷くのを確認してから、オレ達は男を連れて店の前に向かった。ドアを開けると驚いた名無しさんが此方を見ていて、事情を全て話すと、暫しの沈黙の後ゆっくり頷いた。
男を椅子に座らせ、三人でその姿を見下ろす。意外なことに、男はストーカーしていたことをあっさり認めた。その上で最後に名無しさんと話がしたいとのことだった。
「最初は純粋に好意があったんです…」 「それがどうしてこんなことに?」 「きっかけは、貴方でした…」 「え、オレですか!?」 「貴方が彼女の家に入って行くのが見えたんです。嫉妬で、どうにかなってしまいそうだった」
思いもしなかった理由を言われ、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。もしかしなくても名無しさんの介抱の為に部屋に上がった日だろう。その一度しか足を踏み入れたことはないのだから。 まさか、あの日の出来事でこんなことになるなんて誰が予想しただろうか。鈍く痛み出した眉間を押さえ、重い息を吐く。
「最後に、本当のことを聞かせてください…。二人は付き合っているのですか?」 「…は?」
当然だがそんな事実はない。けれどこの男はその勘違いから過激な行動に出てしまったのだ。ちらりと隣の名無しさんを盗み見ると、言葉も出ないのか、口を開けたまま固まっていた。 果たしてそのまま事実を述べるべきか。オレが答えあぐねていると、みぬきちゃんの口から耳を疑うような言葉が飛び出した。
「そうですよ!もうラブラブなんですから!だからお兄さんが入る隙はないんです」 「そ、そんな」 「ちょ、みぬきちゃッ」 「ね!?」
有無を言わさぬような迫力に、オレと名無しさんは(半ば無理やり)頷くしかなかったのだ。男の縋るような視線を一身に受けて、ぐっと言葉に詰まる。心なしか嫌な汗が浮かんでいるような気がする。 みぬきちゃんが今度は名無しさんに視線を合わせてもう一度念を押すように問いかけると、名無しさんは一瞬の間を置いてからさながら壊れた人形の如く首を上下に振りまくった。最早ヤケだと言わんばかりだ。
だがしかし、オレはこの男からみぬきちゃん以上に信じられない言葉を聞いたのである。
「証拠を見せてくださいッ!」 「(ねーよそんなもんッッ!!)」
ちょっと図々しすぎないかこの男。そもそも恋人っていうのが真っ赤な嘘であるのに証拠も何もある筈がない。 しなりと下がった前髪を撫で付ける。隣ではまたしても名無しさんが放心状態で、助けを求めるようにみぬきちゃんを見下ろしてみたけど可愛らしく首を傾げられただけでなんの解決にもならなかった。
―――― よく考えたらこの男はもうじき警察に連れていかれるし、無理をしてまで証拠を示さなくてもいいんじゃないか?ふとそんな考えが頭に浮かんで、一種の希望が生まれる。
「その言葉が嘘なら、僕、また同じことを繰り返してしまいそうなんです…。一層の事ここでトドメをさしてください」 「そうです!見せ付けて楽にしてやりましょう!」
やっと生まれた希望も、二人の無慈悲な言葉で一瞬にして粉々に砕け散ってしまった。みぬきちゃんまで便乗してるし。というか君は一体どちらの味方なんだ。 どうする。ここでないがしろにして本当に罪を繰り返されても困るし、どうしたらいいんだ。いくら思考を巡らせても最善策が思い付かずついに頭を抱えてしまう。急かすような二人の声が今だけは悪魔の囁きにすら思えた。
「…分かりました。お望み通り証拠をお見せします。だからもうこんなことしないって約束してください」
名無しさんの声が聞こえて、思わず「え!?」と顔を上げて彼女の方を見る。名無しさんは真っ直ぐに男を睥睨していて、相手が静かに頷くのを確認するとオレの目の前に立ち塞がった。 一体何をするつもりなのか。今度はオレの目を真っ直ぐ見てくるので、心臓が嫌に早鐘を打ち始める。堪らず一歩身を引くと、また一歩距離を縮められて、ついにお互いの爪先が触れる位置まで近付かれた。
「(まさか、本当に…!?)」
名無しさんの端正な顔の後ろで期待の眼差しで見つめてくるみぬきちゃんと男が見える。その姿に目を奪われていると、突然首の後ろに腕が回されてぐいっと強い力で引き寄せられた。反射的に目をぎゅっと閉じる。 途端に遠くから黄色い歓声が聞こえてきて、それに反して一向に来ない衝撃にオレは恐る恐る目を開けた。
「……」 「(ご、め、ん?)」
鼻先が触れそうな程近くに名無しさんの顔がある。少し視線を下げれば長い睫毛とその艶やかな唇が見えて、確かに無音のままその言葉を紡いでいた。吐息がオレの唇に届いたとき、辛うじて繋いでいたオレの許容は容赦無く限界に達したのだ。 カッと火がついたように顔が熱くなって、目眩にも似た感覚に襲われる。 そんなオレの反応を何よりも証拠だと確信した傍観者達は、まさか裏では何にもしていないなんて微塵も思わずに勝手に納得してしまったのである。
大事なことなのでもう一度言う。裏では、何もしていないのである。
こんなキスの真似事で真っ赤になってしまう自分を情けなく思いながら、オレの中で、大事な何かが音を立てて崩れていった気がする。遠くなっていく意識の中で、なんとなく見えたアイシャドウの煌めきがやたらと綺麗に見えて悔しかった。
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