14.心中劇場


 一緒にライブに出掛けてから数日後、オドロキくんは正式にマキ・トバーユの弁護士を担当することになった。
 そこからは多忙な日々を送っているようで、決して多くはなかったメールが一日一通に減った。どうやらみぬきちゃんと弁護の証拠品集めで走り回っているらしい。仕事の邪魔だけはしたくないので、労いの言葉を短く綴ったメッセージを送ったきりだ。

 そして一週間程過ぎた日の昼頃、私は「一人で寂しい」というナルホドさんの言葉により事務所で一緒にお茶を飲んでいた。
 私はソファに座り、ナルホドさんは私物の山となった所長デスクで手作りのマフィンを頬張っている。机としての役割を果たしてないその光景に疑問を口にしたことがあるが、ナルホドさん曰く「仕事ができる男は場所を選ばない」と独特な理論を展開されたので、口を出すのは辞めることにした。
 今日は成歩堂なんでも事務所の二人が裁判で闘う日だ。確か法廷はもう四日も延長しているらしいし、もしかしたらもう判決が下されているかもしれない。そう思った私は、リモコンを取ってチャンネルを回していく。目当てのニュースは…あった。

「お。タイムリーだね、どれどれ」
「ガリューウェーブメンバー、眉月が…逮捕」
「そりゃあ、牙琉検事もたまったもんじゃないな」

 テレビにはでかでかと眉月刑事の顔が映し出されていた。彼が殺人事件の犯人だったのだ。そう理解した瞬間、とてつもなくゾッとした。事件当日、素知らぬ顔で会場を封鎖し、私達に話しかけていたのは紛れもなくこの男なのだから。
 今まで相棒のようにやってきた牙琉さんはきっともっとショックに違いない。彼の心情を察していると、今度はマキ・トバーユが別件で逮捕されたと報道されていた。まさかの知らせにぎょっとする。殺人に関しては無罪でも、違法の密輸に手を染めていたことがオドロキくんにより発覚したとのことだった。

「なんだか、複雑な事件でしたね。依頼人は逮捕されちゃったし」
「弁護士は真実を追求する仕事だ。これで良かったんだと思うよ。オドロキくんは良くやった」
「そうですね。毎日走り回ってたみたいですし、二人を労わなきゃ」

 「お寿司でも頼みます?」と言えば、ナルホドさんは分かりやすいくらい食い気味に「名案だ」と返してきた。勘違いしないようにすかさず割り勘ですと付け足すと、まるで聞こえないとでも言いたげにニット帽を目深に被っている。そんな都合よく逃げたってダメだからね。
 早速電話で出前を頼んだ後、私はみぬきちゃんに早く帰っておいでとメールしておいた。ソファから立ち上がって冷蔵庫を開いてみたらすっからかんで、せめて飲み物は用意しないとと思った私はコンビニに出掛ける準備をする。

「冷蔵庫なんもないし、飲み物買ってきますね」
「お、悪いね気使わせちゃって」
「そうだ。この機会にお酒でも飲みましょうよ。仲良く盃を酌み交わしてこそお友達ってもんでしょ」
「おじさんみたいなこと言うね…。僕そんな飲めないけど、まぁ今日くらいいっか」
「ふっふっふ。そうこなくては」

 成歩堂家で飲み会を許可していただいたので、私は改めて財布を持って近所のコンビニに向かった。
 今更だけど、オドロキくんはお酒大丈夫なんだろうか。まぁ無理なら無理で、私が飲めばいっか。カゴを持ってビールやらチューハイやらをカゴに突っ込んでいく。勿論未成年のみぬきちゃんもいるので彼女の好きなオレンジジュースやお茶も入れて、レジで会計を済ませた。
 事務所に戻れば、丁度オドロキくんとみぬきちゃんが帰ってきた所だった。二人が私に気付いて、笑顔で駆け寄ってくる。まるでお留守番をしていたわんこみたいでちょっと可愛い。

「名無しさんお帰りなさい!来てたんですね!」
「今回も無事、勝訴でした!みぬきもオドロキさんのお手伝い頑張ったんですよぉ」
「テレビで見てたよ!今回は特に長引いてたみたいだからね…二人とも本当にお疲れ様。お寿司の出前頼んだから皆で食べよっか」

 「お寿司!」と二人の目が輝く。テーブルを見た感じ出前はまだきていないらしい。私は買ってきたお酒やらジュースやらをテーブルに並べていると、オドロキくんが隣にやってきた。

「珍しいですね。今日はお酒ありですか?」
「この際ナルホドさんと飲みニケーションしてやろうと思ってね」
「オドロキくん、これがアルハラってやつだよ。気を付けて」
「人聞きが悪いこと言わないでくれますか」

 「オドロキくんはどう?」と尋ねれば、「じゃあ折角なので俺も飲みます」と返ってきた。みぬきちゃんはずるい!と頬を膨らませていたけど、オレンジジュースとマフィンを手渡せばあっという間にそっちに飛んでいった。現金な子で良かった。
 
 暫くワイワイしていたらチャイムが鳴って、真っ先にお寿司でテンションが上がったみぬきちゃんが玄関に走っていく。そして両手に袋をぶら下げ、満面の笑みですぐに戻ってきた。
 メインディッシュが到着し、テーブルを取り囲んだ私達は早速缶のプルタブを引く。炭酸の弾けるいい音をさせてから「乾杯!」とグラスをぶつけ合った。

「ぷはぁッ!く〜〜裁判後なだけに染みる!」
「あはは、オドロキくんいい飲みっぷり」

 余程喉が乾いていたのか、オドロキくんは喉を鳴らしてビールを飲んだ。CMにいけそうなくらい見ていて気持ちのいい飲みっぷりだ。

「みぬきは大トロいただき!」
「じゃあ僕はサーモンいただき」

 やはり大人から子供までお寿司は大人気だ。ご飯は基本的にいつも一人だったから、こうして皆で食卓を囲むのは久しぶりのことだった。幸せそうに寿司をつつく面々を見て、私は嬉しくて緩んだ口元を隠すように缶を口に付ける。久し振りのアルコールにじんわりと喉が熱い。
 すると、隣に座るオドロキくんが「何笑ってるんですか?」と面白いものでも見付けたように横から覗き込んできた。口元を隠したって横から見れば丸分かりだったことに今気付く。

「んー?内緒だよ」
「いいじゃないですかー教えてくれたって」
「今日の裁判みたいに華麗に推理してみて」
「難易度高すぎますよ」

 二人で笑っていると、何やら視線を感じて同時に横を見る。向かいのソファで、成歩堂親子が揃えた指を口元に当てながらニヤニヤと此方を見ていた。その含みのある表情に私達の口元がヒクつく。

「仲良しですなぁ」
「み、みぬきちゃん?」

 なんて顔をしてるんだ。しかも、やけにナルホドさんの表情筋が豊かだなと思えば、アルコールのせいで目元が紅潮していた。お酒に弱いと言うのはどうやら本当だったらしい。
 
「もう、変なこと言ってオドロキくん困らせないの」
「そうは言ったってオドロキくんだって満更じゃないだろう?どうなんだい?」
「成歩堂さん…」

 まるで、「これ以上何も言うな」とでも言いたげな目配せが目の前で交わされる。なんだなんだ。男だけの秘密ってことだろうか。
 結局内容は適当に誤魔化されてしまったけど、その後はみぬきちゃんの学校の話だったり、最新のマジックなんかを見せて貰って凄く盛り上がった。娘の成長ぶりに感極まったのか、酔っ払ったナルホドさんが突然「みぬきぃこんなに立派になって」と目を潤ませ始めたので、流石にこれ以上は明日に響くからと御開きになった。
 
 ポーッとしているナルホドさんにお水を飲ませて、オドロキくんと手分けしてゴミを片付ける。綺麗に片付いたところで、別宅のオドロキくんと私も帰宅の準備を始めた。

「名無しさん、今日はお寿司ご馳走様でした!」
「いえいえ。私も久々に楽しかったよ、ありがとう」
「オドロキさんはちゃんと名無しさんのこと送ってあげてくださいね」
「うん。みぬきちゃんは成歩堂さんのことよろしくね」

 お邪魔しましたーと事務所を出る。外はもう真っ暗で、灯った電灯に虫が寄っていた。さらりと今回もオドロキくんが送ってくれることになってるみたいだけど、方向同じだしそういうものか。と深く考えないようにした。
 
 いつもの道を、いつものように並んで歩く。火照った体に涼しい風が当たって気持ちがいい。オドロキくんも私もほろ酔い気分なせいか、足取りが上機嫌だ。

「名無しさん、危ない」
「えっ」

 突然肩を抱かれて後ろに引っ張られた。直後に車が私達の横ギリギリを過ぎて行って、庇ってくれたのだと分かった。
 「オレが道路側歩きますね」なんて言ってスマートに対応するオドロキくんに、素直に格好いいと思ってしまった自分がいて、内心きっとお酒のせいだと必死に言い訳する。一体誰に言い訳してるんだ。
 
「また転けそうになってもオレが止めるんで安心して歩いてください」
「ちょっと恥ずかしいからやめてそれ…結構気にしてるんだからね」
「そういえば成歩堂さんに聞きました、名無しさんが意外とドジなこと」
「嘘でしょ!?なんて言ってたの!?」
 
 成歩堂さんしか知らない話が次々とオドロキくんの口から飛び出てきて、慌てた私は急いで「もういいです!」と止めさせる。なんてことを言ってくれたんだ。私の名誉の為に必死に弁解したけど、オドロキくんはまるで小さな子供をあやすかのように受け流して、笑いを噛み殺していた。
 お酒が入っているせいか、今日のオドロキくんは少し饒舌だ。隣でむくれていると、ぬっと手が差し出された。なんだ?不思議な行動に思わず目を瞬かせる。

「心配なら握ってましょうか?」

 「手」。と、そんなことを言い出したものだから、私は思わず固まってしまった。当の本人はいつも通りの表情で、特に深い意味はないようだった。けれど、私が知っている”いつも通り”のオドロキくんなら間違いなく付き合ってもいない女にこんなこと言わないような気がして、私はまごつきながら立ち止まる。
 すると、私の様子にオドロキくんははっと我に返ったような素振りを見せると、一瞬にしてその顔を真っ赤に染めた。見るからに動揺してあたふたと両手を彷徨わせている。

「え、う、ご、ごめんなさい!変なこと言っちゃって…忘れてください!」

 確かに驚いたけど、凄い慌てぶりだ。顔を赤くしたかと思いきや今度は青くなったりしている。
 いや、分かっている。私がナルホドさんの話を気にしていたから、彼なりに慰めようとしてくれただけなのだろう。そこには純粋な気持ちしかなかった筈だ。それなら、その気持ちを無下にして断るのも私が変に意識しているだけのように感じられて、逆に失礼なんじゃないかと思った。
 そう結論づけた私は、そっぽを向いてしまったオドロキくんの手をありがたく握らせて貰った。ばっと勢いよく振り向いたオドロキくんが目を見開いて私を見る。

「これでもう変なドジ踏めないね。助かったよオドロキくん」
「へ…?」
「さぁ帰ろう!」

 ぶんぶんと繋いだ手を振って見せれば、オドロキくんはツノごと顔を抑えて俯いてしまった。何やら唸っているので「おーい?」と声をかけてみると、また赤くなったオドロキくんの顰めっ面が出てきた。

「言い出したオレが悪いけど、そういうのは、狡いです!」
「うーん?よく分かんないけど、離した方がいい?」
「いや!大丈夫です!いやよくないけど!」
「早く引っ張ってくれないと転んじゃうぞー」
「それは普通に歩いてください…」

 オドロキくんは何か言いたげだったけど、すぐに開き直ったように歩き出したので、私も引っ張られてついて行く。
 いい歳した男女が何やってるんだとか後々冷静になって思ってしまったけど、まぁ楽しかったからいいやなんて呑気に思った私がいた。とかいなかったとか。




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