37.任務開始の合図




「いやぁ…こりゃまた不細工な子達だねぇ…」

 左から右へと品定めした後に申し訳なさそうにお内儀が言った。
 楼主が女はもう充分だと言うので、駄目元で下働きとして先陣を切った炭子、善子、猪子だったが、開始早々一刀両断される結果となってしまった。
 素材は良い筈なのに、どうにも宇髄さん直々の変化術が足を引っ張っているように見えるのは気のせいだろうか。伊之助なんて素顔は誰もが振り返る白皙の美少年だと言うのにこの有様だ。

「…まぁ、一人くらいならいいけど」

「!?」

「じゃあ一人頼むわ。悪ィな奥さん」

 私服にさせればこれまた宇髄さんもとんだ色男であった。おかげで隣に自身の旦那がいると言うのに少女のように頬を赤くさせたお内儀が妥協で一人貰ってくれるらしい。
 ここは宇髄さんのお嫁さんの一人が潜入している見世なのでその整った顔面に感謝だ。

「そこの娘は別嬪さんだけど、うちは今新造は出してないから勿体無いしねぇ。素直そうな真ん中の子を貰おうかしら」

「一生懸命働きます!」

 炭子。無事就職決定。

 まずは一人目を送り込む事に成功。さらりと別れを告げ、次の目当てに向かって込み入った往来を進んでいく。

「ほんとにダメだなお前らは。二束三文でしか売れねぇじゃねぇか」

「俺、アナタとは口利かないんで…」

 何やら不穏な空気を漂わせながら冷たい息を吐く善逸。さっきからやたら目を吊り上げているが原因は不明だ。
 何となく宇髄さんにキレているのを察したので二人の言い合いを放っていると、隣で伊之助が「あの辺人間がウジャコラ集まってんぞ!」と一方を指差した。
 野次馬の視線を辿っていけば人集りが目に付き、その真ん中では、一際美しい女性が鈴の音に合わせて列を率いていた。

「あーありゃ”花魁道中”だな」

「あれが花魁…初めて見た。綺麗だなぁ」

「ときと屋の鯉夏花魁だ。一番位の高い遊女が客を迎えに行ってんだよ。それにしても派手だぜ、いくらかかってんだ」

「嫁!?もしや嫁ですか!?あの美女が嫁なの!?あんまりだよッッ三人もいるの皆あんな美女すか!!」

「善子声大きいよ」

 目くじらを立てる善逸はまたもや宇髄さんにぶん殴られていた。善逸からしたら嫁三人は歯を食い縛るほど羨ましいらしい。
 それよりも私が気になるのは後ろの小母さんだ。どういう訳か先程から私と伊之助の背後に張り付き、穴が空くほど見つめてくる。雰囲気からして普通の小母さんなのだろうが、行動はまるっきり不審者だ。

「ちょいと旦那。この子達うちで引き取らせて貰うよ。いいかい?”荻本屋”の遣手…アタシの目に狂いはないのさ」

 そう不敵に笑った小母さんだったが、「荻本屋」と聞いた瞬間宇髄さんは満面の笑みで躊躇なく私達の背中を押した。
 お目当の見世なので結果としてはかなり幸運だ。終始疑問符を浮かべる伊之助の手を引っ張り、「達者でなー」と軽く見送る宇髄さんに手を振り返しておいた。



***




「どうよこれ!」

「きゃーーっ凄い!」

 伊之助と二人で荻本屋に連行された後、案の定行われたのは伊之助の化粧落としだ。流石遣手と言うだけあって小母さんは素材を見抜いていたらしく、宇髄さんの変化術を見事消し去ると薄く口紅を塗る程度で仕上げた。あっという間に美少女の完成だ。
 どうやら鯉夏花魁や蕨姫花魁という二大巨頭に勝つ為に荻本屋は新造の育成に励んでいるらしい。最早私達はそっちのけで話が進んでいるみたいで「仕込むわよぉ!」と張り切っていた。

「でも何か妙にこの子ガッチリしてない?」

「ふっくらと肉付きが良い子の方が良いでしょ!」

「ふっくらていうかガッチリしてるんだけど…中々喋らないし。あなたこの子のお友達か何か?」

「そうです!とても仲良しなのですが極度の照れ屋なので私が代わりに答えますね!!」

「あらぁそうなのね。まぁ喋れなくてもこれだけ美形なら問題ないわね!」

 伊之助は声が太いから喋ったら一発でバレてしまう。その為口を開くなと釘を刺されているのだ。
 律儀に約束を守っている伊之助は側から見れば涼しげな美少女に見られるかも知れないが、万が一怪しまれるのも面倒臭いのでここは芝居を打った方が賢明だろう。

「あんた達には立派な花魁になってもらわないとねぇ。明日からみっちりしごくわよ!」

「は、はい…」

 遊郭という未知の世界。更には遣手の凄まじい気迫に押され、私は絞り出すような声しか出せなかった。

 
 翌日から新造の下積み修行が始まった。

 まだ入りたての下っ端なので基本的に禿から仕事を教わり、芸を教えられ、客を喜ばす手段を学んでいくのだが、刀を振るう術しか知らない私達には苦痛なものでしかない。
 特に伊之助なんて嫌いな衣服、しかも窮屈な着物を纏っているのと発声を禁じられているので苛立ちが凄まじかった。二人きりの時は構わず表に出すのだが、第三者が現れると途端に真顔になるのだから案外彼は器用なのかも知れない。

 そうして過ごす事一日。荻本屋には宇髄さんの嫁であるまきをさんがいる筈なのだが、昼間の間は有益な情報を得ることができなかった。
 入りたてだから下手に名前を知っているのも怪しまれるし、伊之助は会話ができないから情報収集が困難だ。二手に別れる訳にも行かず、行動は常に一緒にしている。
 活動時間帯は基本的に夜。遊女達が客を取るので最も監視が緩くなる時間帯だ。

「今日こそ名前だけでも聞けたらいいんだけど」

「…」

 神妙な顔付きで頷く伊之助は普段と違いすぎるがちょっと面白い。こんな風に私の呟きには首を振って反応してくれるのだ。無視してくれてもいいのだけれど、意外にもそれはしないらしい。
 感覚を研ぎ澄ませながら廊下を歩いていると、一角から随分と鼻息の荒いお客さんと遊女が歩いてくるのが見えた。

「女がもう一人くらいいてくれたら場が盛り上がるんだがなぁ!」

「旦那様、困ります!お部屋に戻りましょ?叱られてしまいますわ」

 どうやら男性は酔っ払ってしまっているらしく、酒瓶を片手に徘徊して隣の遊女は困り果てている様子だ。其れ相応の代金を支払っているのにも関わらず酒の勢いに任せてやりたい放題といった所だろう。
 こういうのは楼主に任せた方が手っ取り早いけど、廊下の先で混じり合った視線にその考えも消えてしまった。此方に闊歩してくる男に、内心溜息を吐く。

「こんな所に良い女が二人もいるじゃねぇか…。まだ若いなぁ水揚げはまだなのかぁ?」

 下衆な笑みを浮かべ見下ろしてくる男に色々な意味で背筋が粟立った。鬼と対面した時の気持ち悪さじゃない。これはまた別の、無条件に性の対象として見られている気持ち悪さだ。
 無意識に上がった片眉に男の口角がまただらしなく弛む。

「そうだなぁ、どっちも良いが俺は黒髪の方が好みだ。気が強そうで鳴かせ甲斐がありそうだな」

「だ、旦那様!この子達はまだ新造出しも終わらせていない娘で客を取ることは…」

「あぁ?お客様に文句つけるのかぁ?ほら、こっち来い」

「あっ」

 非常に、面倒なことになった。
 男は私の腕を乱暴に掴むと、隣の遊女を無視して部屋に連れ込もうと踵を返した。今すぐにでも投げ飛ばしたいのが本音だがこんな所を誰かに見られでもしたら、それこそもしここに鬼がいたとしたら?一瞬で警戒されて姿を晦ます可能性だってある。
 一体私は何回引き摺られるのだろうか。せめてもの抵抗で腕を引っ張って見ても楽しそうにより引き寄せられるだけだ。申し訳なさそうな遊女の表情が余計に心苦しい。
 
 そんな様子を伊之助が黙って見ている筈もなく、大胆な男の歩みは背中を掴み上げられたことで止まった。

「あーそうかそうか、お前だけ残されたらそりゃ腹も立つな。好みじゃねぇが隣で酌でもしてくれ」

 ニヤニヤとした表情を向けられながらも伊之助は珍しく微笑みを見せると、ぐいっと襟首を引っ掴んで男の耳元に唇を寄せた。

―――― 。」

「ひッ…!?」

 美少女の大胆な行動にときめくのも一瞬。途端に青ざめた男は酒でも抜けたかのように静かになると、焦りながら遊女の肩を抱いて去って行った。「新人ならし、仕方ねぇな」なんてご丁寧に捨て台詞まで吐き捨てて。
 何を言ったのか皆目見当が付かないが伊之助のおかげで助かったのは事実だ。今度こそ遠慮なく男の背中を睨み付ける伊之助に向き直り、お礼を言った。

「伊之す…じゃなくて猪子、ありがとう。助かった」

「…」

「うん?」

 ここでも喋らないので相変わらず律儀である。しかし、目は口程に物を言うとはよく言ったもので、じぃと見つめてくる翡翠は何か言いたげだ。問い返しても返事がないのは分かっているけれど、つい日常の癖で出てしまう。
 
 伊之助はモゴモゴと口を動かして約束と葛藤した後、徐に私の両手を引いて額を合わせた。何を言う訳でもなく、ただ額を触れ合わせ手を強く握りしめられる。
 その行動が可愛らしくてつい小さな笑いを溢せば、不機嫌そうな伊之助がグリグリと頭を押し付けてきた。流石大木に突進しているだけあって地味に痛い。

「ん?」

 ふと視線を感じて隣を見てみれば、何やら頬を紅潮させた禿二人が顔を覗かせていた。
 私達が気付いたことで一瞬ビクリと体を震わせるが、すぐに調子を戻すと小声で「さっきは助けられなくてごめんなさい…」と呟いた。

「それで…あの、二人がそう言う関係なの、旦那様にはちゃんと黙ってますからね!」

「二人を応援してます!」

「ありがとう…?」

 何やら絶妙な勘違いをしているらしい二人。そういう関係とはつまり"女同士のそれ"を指している訳で、当たらずとも遠からずではあるけど…うん、まぁいいか。

「それより、ご飯の時間だったの?ごめんね邪魔しちゃって」

 片方の手にはうどんが乗せられたおぼんがある。どこかに運ぶのであろう形に疑問を感じ、聞いてみた。

「いえ!これはまきをさんのものでこれから部屋に持って行く所だったんです」

「!」

 ”まきを”。その名前を聞いて隣で伊之助が唾を飲み込んだ。やっぱりまきをさんはここにいるんだ。

「まきをさん具合が悪くて部屋に閉じこもりッぱなしなんです」

「今日はご飯食べてくれると良いんですけど」

 部屋に閉じこもっている?具合が悪い?宇髄さんの嫁は三人とも連絡が途絶えていると言っていたけど、それが理由とは考えずらい。何かあったに違いない。
 同じことを考えていたのか、伊之助と目が合う。確信を得たように頷きあうと、禿が不思議そうに私達を見た。

「私達、旦那様にまきをさんの様子を見てくるよう言われていたのだけれど」

 任務開始の合図が鳴った。




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