36.5 馬子にも衣装




 今回の任務は”遊郭への潜入及び鬼の捜索”。何と三人いるらしい宇髄の嫁が先に潜入していたが、定期連絡が途切れたことで柱直々に赴くことになったとのことだった。
 ときと屋の須磨。荻本屋のまきを。京極屋の雛鶴。三人の嫁達が寄越した手紙には極力目立たないようにと釘を刺さしており、一体どうするのかと聞けば答えは簡単。変装だ。
 何にとは教えてくれなかったものの、男が三人もいるのだからきっと裏方だとかそれらしいものだろう。何にしろ宇髄さんには逆らわないことが条件なので、私達は大人しく藤の家に連行されたのだった。

 三人の嫁という言葉に突っかかった善逸と、「嫁もう死んでんじゃねぇの」と不謹慎極まりない発言をした伊之助は宇髄さんにぶっ飛ばされて伸びてしまっている。
 そんな二人を尻目に炭治郎と縮こまりながら正座していると、藤の家の主人が沢山の風呂敷と箱を用意してきた。

「ご入用の物お持ち致しました」

「どうも」

 あれは、化粧箱ではないか?花街といえば女だけど、まさか女装でもするのかしら。ならば男三人に化粧は必須だが私は既に女なのでこのままで平気だろう。
 そう結論付けて高みの見物をしていれば、荷物を受け取った宇髄さんがニヤリと私を見下ろした。

「なぁーに余裕ぶっこいてんだぁ?きっちり働いてもらうって言っただろうが。お前は唯一の女なんだなら完璧に仕上げてもらわねぇとな」

「いや、このままで完璧ですので」

「女将さん、コイツをお願いします」

「お任せください」

「え?え?」

 がしりと掴まれた両腕。驚いて交互に見渡せば、藤の家の女中さんが実に楽しげな笑みを浮かべて両隣に立っていた。
 
 これから何をされるというのか。宇髄さんの満面の笑みと炭治郎の困惑の視線を背中に、私は善逸に負けない悲惨な叫びをあげながら引きずられて行ったのだった。



***




「本当に通用するんですか…これ…」

「暑苦しいなこの服」

「文句ばっか言うんじゃねぇ。炭子の面構えを見てみろ」

 女子として見ると少々問題がありながらも、愛嬌のある顔面からはやる気がひしひしと溢れていて善逸は心底嫌そうな顔をした。

 男三人とは別に連行されていった名無しの支度は女中が手伝っているが、宇髄天元が手を下さなかったことは幸いだったと言える。
 性別を隠す為とはいえ、白粉を塗ったくられた顔面は白すぎて限度を超えているし、墨で描かれた不自然な麻呂眉と真っ赤な口紅はまるで妖怪の類だ。
 それでもこの男は傑作とばかりに満足そうにしているので、三人は最早どうでも良くなった。

「鬼狩り様、準備の方整いました」

「ご苦労さん。さーて、出来栄えを拝見させて頂こうかね」

 一同の視線が仕切りに集まる中、隔たりの向こうから「やっぱり無理!絶対笑われる!せめてもうちょっと化粧薄くしません!?」だとか「何を仰りますか!これくらいやって当然です!」だの言い争っている声が聞こえてくる。
 何をそんなに暴れているのかと不思議そうな娘三人を両手に、宇髄は呆れたと言わんばかりの溜息を吐きながら「いい加減にしねぇともっと派手にさせんぞ!」と脅し文句を投げ掛けた。

「すみません!今行きます!」

 それが効いたのか否や、目の前の襖が勢いよく開かれた。

「え、と…どうですか…」

「…」

 上品な柄が描かれた朱色の着物を纏い、下ろしっぱなしだった前髪も伽羅の油と共に髪飾りで結われていて、顔がよく見えるようになったせいか別人のような女の姿がそこにあった。
 その予想もしていなかった仕上がりに、各々は一瞬「誰?」と目を瞬かせる。その反応にやはり満足そうにした女中達はいそいそと襖を閉めると颯爽と去っていってしまった。

「えーーと、名無しなの?替玉とかじゃなくて?」

 惚けたままの炭子と猪子の隣で善子が頬を紅潮させながら問うた。というのも、名無しが普段は絶対にしないであろう化粧を施しており、より伸びた睫毛だとか色付けされた瞼や唇は扇情的ですらあった。
 女が滅法好きな善逸ですら「名無しは違う」と明確に区別していたものの、ここまで”女性”を強調されると調子が狂ってしまう。仲間に、それも友の女に胸を高鳴らせるというのは後ろめたさでしかないのだ。

「へぇ…こりゃ派手に化けたな。馬子にも衣装ってのはこのことか」

「…大きなお世話です」

「手厳しいねぇ。これでも褒めてるんだぜ?」

 宇髄の揶揄いに更に恥ずかしそうに身を縮こませる名無しを、一体誰が鬼狩りだと思うだろうか。我に返った炭子も「綺麗だぞ名無し!もっと自信を持つんだ!」とさながら嫁入り前の娘を見送る親のようになる始末。
 
 しかし、名無し本人としては想い人である伊之助の反応こそ気になってしまうものだ。ちらりと顔を盗み見てみるが、特に変わらずぼうっとしていて思わず拍子抜けしてしまう。
 野生児である伊之助が着飾った女を見て喜ぶというのも到底あり得ない話であるが、何かしら反応をして欲しいというのが女の矜持だ。しかし、生憎と謙遜の塊である名無しがそこまで思う筈もなく、変だと言われなかっただけマシかと胸を撫で下してさっさと思考を投げ捨てたのだった。

「おいおい、お前が暴れまわるから襟合わせが歪んでんだろうが」

「あ、ほんとだ」

 「しょーがねぇ奴だなぁ」と伸ばされた宇髄の腕。しかし、間に割って入った何者かによって遮られ、名無しの襟合わせに届くことはなかった。

「触んな」

 真顔で立ち塞がる猪子に名無しと宇髄が目を瞬かせる。今朝の善逸に対してと同じ態度をあろうことか柱にまでやってみせた猪子に炭子が背後で慌てふためくが、敵意を見せられている宇髄本人はわなわなと肩を震わせ、信じられないものでも見るかのように目の前の男女を交互に見た。

「まさかとは思うが…お前らもしかしてデキてんのか?」

「デキ?何だか知らねぇけどコイツは俺のもんだから触ったらダメだ」

「あーーー!!それ言うのやめてっていってるじゃんかーー!!」

「痛ェッ」

 羞恥心で涙目になった名無しがボカスカ猪子を殴る姿を見て確信したのか、宇髄は遂に派手な笑い声をあげると心底面白そうに新しいおもちゃを撫で繰り回すのだった。




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