34.素直になれない乙女達




「それじゃあ行くよ!しっかり見ててね!」

「はい!宜しくお願いします!」

 天を穿つ程の巨躯を持った異形の鬼達が咆哮する。その覇気にも怯まず、タンと飛び上がった甘露寺さんは闇夜を走るように、そのしなやかな身体を翻した。彼女の特徴的な柔らかな日輪刀がまるで意思を持つ生き物のように鬼を瞬時に斬り刻んで行く。
 柱が任務を遂行する傍で見物という呑気な命令を下された私だったが、一体、二体とあっと言う間に転がっていく頸に、その一つ一つの動作を見逃さないように必死に目を凝らしていた。
 足運びから型、関節の動きまで、全部吸収する。自分の物にする。絶対に見逃さないように、食い付くように甘露寺さんの動きから学んでいく。

 そんな日々が数週間続いた。時にはお礼に彼女の好物だと言う桜餅を大量に差し入れた日もあったり、時には忙しい合間を縫って私の鍛錬に付き合ってくれる日もあった。
 しかし、元々甘露寺さんは人に何かを教えるというのは本人曰く向いていないらしく、基本的に謙遜気味な姿勢は想像していたような厳しい指導には繋がらなかった。残念なようなありがたいような、複雑な気持ちである。

 そうして久しぶりに任務もなく、鍛錬も程々に済ませた私は、甘露寺さんのお誘いで近くの茶屋へ来ていた。

「このお団子、すっっごく美味しいですね!?」

「うふふ。でしょでしょ!私の行きつけなの」

「このもっちりねっとり…たまらない」

 だらしなく緩んでいるであろうほっぺたに、隣で甘露寺さんが嬉しそうにお茶を啜った。その側には悠に百本は超える団子が山のように積み重なっている。差し入れを持って行くようになってから知った話だが、甘露寺さんはその細身に似合わずかなりの大食感であった。
 最早慣れてしまったその光景を眺めつつ、久し振りの休暇を満喫する。すると、何十本目かの団子を頬張りながら甘露寺さんが徐に口を開いた。

「そういえば、名無しちゃんは好いている殿方はいないの?」

「ンぶふぉッ」

 思わず吹き出したお茶がキラキラと陽光を反射する。そんな私に甘露寺さんは「大丈夫?」と不思議そうにすると手拭いで口元を拭いてくれた。

「す、すみません。何だかついこの間誰かと似たような会話をした気がしたので…」

「そうなんだ!じゃあやっぱりいるのね!だれだれどんな方なのぉ?」

「う……まだ、そんなはっきりと自分でも自覚してる訳じゃないんです。そうなのかなぁ?って気になるくらいで…相手が、その、何考えてるか分からないから」

「その人のこと考えるとドキドキしたりしない?」

「うーん」

 伊之助のことを考えてドキドキ?試しに天ぷらを貪るイノシシを思い浮かべてみるが、なんてことない何時もの伊之助だ。そこでふと、毒にやられて入院中の出来事が頭を過ぎった。

―――― 唇の端に触れた柔らかい感触。掴まれた手首の熱さ。何度も気にしないようにして来たけど、やっぱりそんな簡単に無かったことになんてできなかった。
 昨日の出来事のように思い出されるそれに、意図せず顔が熱くなってくる。それを目敏く見付けた甘露寺さんは頬に手を当てながら「羨ましいわぁ」とうっとりした表情を浮かべた。

「そんなこと言って!甘露寺さんはどうなんですか!」

「え?私?どうしよう〜聞いちゃう?」

 くねくねと身動ぐ甘露寺さんはどこかときめいているようにも見えるが、果たしてそれが誰なのかは教えてくれなかった。「恥ずかしいからまだ内緒」とはぐらかされるだけだ。
 結果的に私も名指しをした訳ではないのでおあいこということである。

「私ね、添い遂げる殿方を見付ける為に柱になったの」

「え?」

「こんな理由、変だよね。真面目に頑張ってる人にも申し訳なくて。たまに自分が恥ずかしく思えちゃうの」

 そう言って俯いた甘露寺さんに、口元まで運んだ団子が止まった。

「そんな自分をどうにかしたくて、頑張ってる名無しちゃんに教えるなんて真似して、それで自分はちゃんとやってるって言い聞かせてたのかもしれない。最低よね…ごめんなさい」

「私は、全然良いと思います」

「ええ??」

 すかさずそう答えた私に、それが余程意外だったのか、甘露寺さんは丸い目を更に丸くさせて驚いた。確かに、その理由を聞かされた大半の人がしそうな反応は容易に想像できなくもない。

「どんな理由であろうと、他人がその人の志に文句つける筋合いありませんもん!確かに過酷な境遇が大半かもしれないけど、だからこそ甘露寺さんの明るさには救われている人も多いと思います」

「名無しちゃぁああん」

「どういった経緯であろうと、甘露寺さんには感謝しているんです。きっと私一人じゃ鍛錬も底をついてた。だからそんな風に言わないでください」

 ね?と団子を差し出すと、秒速でそれを飲み込んだ甘露寺さんが半泣きでしがみついてきた。柱にも色々悩みがあるんだなって少し意外だった。
 どんなに強い人でも、やっぱり中身は私達と変わらない人間なんだと、改めて思い知らされる。

「やっぱり、素直になることって大事よね!だから名無しちゃん!」

「はい?」

「名無しちゃんもその殿方に素直になってね!私、陰ながら二人を見守っているから!」

 キラキラと輝かしいまでの笑顔で迫られる。その有無を言わさない気迫に、思わず「わ、分かりました」と肯いてしまった私は微妙に後悔した。
 その様子に大層満足そうにした後、甘露寺さんは目にも止まらぬ速さで団子を無限の胃袋に放り込んでいったのであった。



***




 湯浴みも終え、そろそろ床に就こうかと部屋の真ん中に布団を敷いていく。せかせかと準備を進める中、私は久々に皆で囲んだ夕餉で伊之助の様子がどうにも可笑しかったことを思い出していた。

 いつもなら元気すぎる位の勢いで飯を食らう伊之助だが、どういう訳か嘘のようにその勢いが消えていた。落ち着きがなく、何かに気を取られているようだった。
 善逸と二人で疑問符を浮かべるも、何やら事情を知っているらしい炭治郎はそんな私達に「出先でちょっとな…」と曖昧に濁すだけで具体的には教えてくれない。那谷蜘蛛山の時の落ち込み具合程ではなくとも、それを連想させる様子に余計に心配になってしまう。

「…顔だけでも、見てこようかな」

 最近あんまり会えてないし…。とそこまで考えて、ハッとした。これでは私が色々理由をつけて伊之助に会いたがっているみたいではないか。
 違う、違うぞ。単に仲間のことが心配なだけだもん。

―――― 名無しちゃんもその殿方に素直になってね!私、陰ながら二人を見守っているから!

 思わず脳裏に浮かんだ甘露寺さんの屈託のない笑顔にウワァアアと頭を押さえて蹲った。
 素直になるというのは地味に難しい。別に、他の誰でもない自分自身が相手だと言うのに、厄介なこの感情は後ろめたくなってしまうのだ。

 そうやって一人布団の上で頭を押さえていると、突如ガラリと障子が開いた。

「何やってんだお前」

「!?」

 聞きたかった太い声。たった今、会いたがっていた相手が偶然にも現れる。それだけで忙しなく高鳴る鼓動に単純かと自分に突っ込みたくなった。
 振り返れば、ズカズカと部屋に入ってきた伊之助が布団の横で腰を下ろす所だった。湯浴みを終えたのか、着崩した着物を着ている。その様子にえ、入ってくるの?と固まっていたら「んだよ」と文句を言われてしまった。何だよって何だよ。私の台詞だそれは。

「…もしかして私部屋間違えた?」

「はぁ?お前の部屋だろここ」

「あはは…そうだよね…。どうかしたの?」

 前はもっと自然に話せたのに、妙に緊張してしまって上手く笑えない。それもこれも皆が変なことを言うからだ….
 そう内心で悪態をついていると、何やら腹を括った武士のような面持ちの伊之助がズボッと猪頭を脱いで傍に置いた。

「お前に渡すもんがある」

 蝋燭の飴色と混じり合った翡翠が揺れた。




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