25.汽車




 全集中・常中を無事会得することができた私と炭治郎。それを知った善逸と伊之助の焦りは凄まじかった。どうにか炭治郎とコツを教えようにも、感覚的なものが優っているから上手く言葉にできなくて苦労したが、そこを胡蝶さんが上手く二人を掌で転がして訓練に励むまでに漕ぎ着く事ができた。
 というのも凄く単純なもので、伊之助には「できて当然ですけれども」と負けず嫌いの精神に火を付け、善逸にはそっと手を握って「一番応援してますよ」と輝かしいまでの笑顔で男心に火を付けた。あんまりの変わりように炭治郎と微妙な気持ちで二人を見守ったが、理由は何にしろ頑張ってくれるなら文句はない。
 
 ――― 九日程経った頃、無事全集中・常中を会得することができた二人。病人服が裂けまくる程の努力に、皆で飛び上がって喜んだ。胡蝶さんは絶妙に教えるのも上手かったし、二人も遅れを取らぬように並並ならぬ努力をした結果だ。

「胡蝶さん、本当にお世話になりました。怪我の面倒まで見てもらって感謝しきれません」

「いいのですよ。当然のことをしたまでです」

 頭をしっかり下げてから、検診の為に訪れていた胡蝶さんの部屋を出ようとする。扉に手を掛けたところで、背後から「名無しさん」と名前を呼ばれたので首だけで後ろを向いた。

「死んではいけませんよ。貴方が自身の行いを悔いているのならば、尚更。その命はもう貴方だけのものではありませんからね」

 ニコニコと崩れることのない笑みが私を見つめる。数秒黙りこくった後、答えるように彼女に笑みを送り、もう一度お辞儀してから部屋を出た。

 長い長い廊下を歩いていく。胡蝶さんのおかげで生かされたこの命を無駄にすることはない。その為に訓練に励んできたのだ。だけど時折、自分がどうしてここに立っているのか分からなくなる時がある。こんなに痛い思いをして、誰かに迷惑をかけてまで私が鬼殺隊にいる意味は、私が生きる意味は何なのかって、分からなくなる。
 鬼舞辻を倒す為だ。お祖母様の仇を取る為。その為に私は力を付けてきた。だけど、もし敵わなかったら?仇を取れたとして、その後は?私は何者になって、どこにいくのだろうか。何だか途端に自分が迷子のように感じて不甲斐なく思う。そんなの考えたって仕方ないことだって分かってはいるけど、どうしても天涯孤独のこの身は居場所を探せなくてふらついてしまう。私が本当に求めているものは何なのだろうか。

 思考の海に耽っていると、気付けば玄関口に辿り着いていた。既にそこには炭治郎達ときよちゃん達がいて、お互いに別れを惜しむあまり泣き声が屋敷の中まで聞こえている。三人は私の足音に気付くと、泣きながら駆け寄ってきた。

「うわぁあん名無しさぁん私達、寂しいですぅ」

「またいつでも来てくださいね、待ってますからね」

「どうかお身体には気をつけてくださいぃい」

「三人共本当にありがとうね。君達がいなかったらきっと訓練も挫けてたよ。時間がなくて挨拶できなかったけど、カナヲとアオイにもよろしくね」

 よしよしと三人の頭を撫でていくと、頬を赤らめて満面の笑みで頷いた。本当にいい子達だ。今度お礼にお菓子でも持って行ってあげよう。そうして後ろ髪引かれながら、私達は蝶屋敷を後にした。

 
 これから目指すのは駅だ。炭治郎がどうやら炎柱、”煉獄”さんに日の呼吸について聞きたいことがあるらしく、彼が任務で乗り込んでいる無限列車で会うとのことだった。てっきり指令だと思っていたらしい善逸は「まだいてよかったじゃんしのぶさん家に!」とボカスカ炭治郎を殴っているが、これ以上お世話になるのも悪いし、甘えてしまいそうなのでこれが最善だろう。
 どうにかして泣き喚く善逸を慰め、ひたすら都会の町を歩いていく。暫くして汽車が見えてくると、先頭を歩いていた伊之助が「何だあの生き物はー!!」と停車している汽車を見て叫んだ。

「こいつはアレだぜ、この土地の主…この土地を統べる者…。この長さ、威圧感、間違いねぇ。今は眠ってるようだが油断するな!」

「これ汽車って言うんだよ。私も初めて見たけど大きいね」

「シッ!落ち着け…まず俺が一番に攻め込む!」

「いやお前が落ち着けよ。汽車だって言ってるだろ」

 プルプル震える伊之助に対し冷静に返事をするが、どういう訳か炭治郎まで「この土地の守り神かもしれないだろう」などと至極真面目な顔で言い出し、これには善逸も「列車分かる?乗り物なの。人を運ぶ。田舎者が」と心底呆れ返った。
 田舎者といえば私もそうだけど、初めてみる汽車は迫力があって興味深い。山育ちの二人が驚くのも無理はないと思う。保護者のような気持ちで二人を見守っていると、突然ガンと大きな音がして汽車の方を見る。そこには伊之助が全力で体当たりする姿があった。

「猪突猛進!」

「やめろ恥ずかしい!」

 周りの視線が痛い。慌てて善逸が伊之助を引き剥がすと、騒ぎを聞きつけた駅員がピピー!と甲高い笛の音を響かせて走ってきた。

「何をしてる貴様ら!」

「ゲッ」

「あっ、刀持ってるぞ!警官だ、警官を呼べ!」

 私達の腰の刀を見て血相を変えた駅員が捕まえようとしてくる。慌てて「逃げろ!」と叫んだ善逸が伊之助を小脇に抱えたまま逃走した。意味が分からず呆けている炭治郎の腕を掴み、遅れないようにその後ろに続く。とにかく人目のつかない場所へ逃げようと、駅構内を全速力で駆けた。


***



 鬼殺隊は政府公認の組織ではない為に帯刀が認められていなかった。鬼がいるからと言っても中々信じてもらえないので、人目が多い街では特に気を付けなければならない。無事拘束を免れた私達は、一旦刀を隠すことにした。
 「一生懸命頑張ってるのに…」と肩を落とす炭治郎に、慣れた様子の善逸は「仕方ねぇよ」と羽織の裏に刀を押し込んでいく。同じように羽織で見えないように刀を隠していると、伊之助が背中で丸出しになっている二刀流を得意げに見せてきた。基本的に伊之助は半裸だから隠す場所がないのは分かるけど、何故その格好で問題ないと思ったのか不思議である。

「それじゃあ丸見えだよ。せめてこれで背中隠して」

 自分用に持ち歩いていた風呂敷を広げて、裾を伊之助の首に巻きつけていく。服じゃないだけマシなのか、伊之助は大人しく巻かれていくと、満足気に飛び跳ねていった。

「無限列車っていうのに乗れば煉獄さんに会える筈なんだけど、既に煉獄さん乗り込んでるらしい」

「その人に会うのかよ。じゃあ切符買ってくるから静かにしてるんだぞ」

「うん!ありがとう」

 お礼を言って、汽車をマジマジと眺めていく。都会は凄いなぁ革新的だなぁなんて感動していると、流石手慣れている善逸はさっさと人数分の切符を買ってくると、善逸を除いた私達は期待に胸を膨らませながら早速汽車に乗り込んだ。
 すっかり興奮した伊之助が「主の腹の中だ!戦いの始まりだ!」と騒ぎだし、完全に私達の保護者代わりとなった善逸が一喝して静かにさせる。向かい合った形の四人用の席が並ぶ通りを歩きながら、目当ての煉獄さんを求めて車両を変えていく。

「柱だっけ?その煉獄さん。顔とかちゃんと分かるのか?」

「私も炭治郎も会ったことあるから平気だよ」

「うん。それに髪も派手だし、匂いも覚えてるから。大分近付いて…」

「うまい!!」

 炭治郎の言葉に被さるように響き渡った大声に、ギョッと席の一角に目を向けた。続けて何度も「うまい!うまい!」と聞こえてくる声に、そのあまりのうるささに思わず善逸が耳を押さえる。普通の聴覚をしている私でさえ驚いてしまうのだから彼からしたら相当な音量だろう。
 見覚えのある髪色の後ろ姿に恐る恐る近付いていくと、そこには駅弁を「うまい!」と尚も連呼しながら頬張る炎柱、――― 煉獄さんが座っていた。
 傍で山のように置かれた空の弁当に、「…あの人が炎柱?ただの食いしん坊じゃなくて?」と善逸が不安そうに耳打ちしてくる。橙の髪と、特徴的な猫目は正しく柱合会議で見た姿と同じである。

「うまい!うまい!」

「あの、すみません…」

「うまい!うまい!」

「れ、煉獄さん…」

 呼びかけに漸く気付いたらしい煉獄さんが最後に「うまい!」と叫んで炭治郎を見上げた。「あ、もうそれは凄く分かりました」と弱りきった顔で炭治郎が頷く。すると、力強く見開かれた猫目が隣にいた私に視線を向けた。突然の切り替えに思わずたじろぐ。

「むむっ。君は花子隊員か!随分と顔色が良くなったな!見違えたぞ!」

「あの、名字です」

「名字隊員!二人して俺に会いにくるとは、感心感心。君とは一度話がしたいと思っていたんだ」

 話?一体なんだろうと首を傾げていると、煉獄さんは相変わらず箸を忙しくなく上下させて「だがまずは溝口少年からだ!」と言って炭治郎を隣に座らせた。
 きっと込み入った話をするだろうし、席は外したほうがいいかな。そう判断した私は、「竈門です」と訂正しながら席に座った炭治郎を見届けて、善逸と伊之助と反対側の四人席に座ることにした。

「名無し、窓側座りなよ。外の景色気になるんでしょ?」

「いいの!?やったぁ」

 初めての列車だからかつい浮き足立ってしまう。どうやら耳の良い善逸にはバレバレらしく、自然な流れで促してくれたことに感謝しながら窓際に座った。続けて善逸がそのまま隣に座ってくる。
 まだ動き出していないから目当ての景色ではないものの、見慣れない高さにいるからそれだけでワクワクしてしまう。我ながら子供みたいで恥ずかしかったけど、どうにか共感してもらいたくて窓に張り付きながら伊之助に顔を向けた。――― その時だった。

「伊之助?」

 向かい側から伊之助が私の腕を掴んだかと思うと、無理矢理立たせて自分の隣に座らせた。反対側に強制的に移動したことにより、驚いた善逸の顔が見えるようになる。ふと、隣を見ると、煉獄さんと炭治郎までもが不思議そうに此方を見ていた。
 
 数秒の間で一連を理解した私は、その場の空気が凍ったのを感じた。




戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -