14.休息




「カァア!休息、休息、負傷ニツキ完治スルマデ休息セヨ!」

「休息セヨ!」

鴉に連れられてやってきたのは藤の花の家紋の家だった。過去に鬼狩りに命を救われた一族であり、鬼狩りであれば無償で尽くしてくれるとのことだ。
 度重なる任務で身体中は傷だらけだし、更に鬼屋敷で二階から落ちた時に左腕も折ってしまっている。しばらくは刀を持てそうもなかったので鴉の計らいはとてもありがたかった。「いいのか?俺今回怪我したまま戦ったけど…」と戸惑う炭治郎に鴉が変な笑い声で誤魔化した。

「鬼狩り様でございますね。どうぞ…」

 出迎えてくれたのは小さなおばあさんだった。しかし、このおばあさんがまた見掛けによらず足が素早く、屋敷に招かれてからは一体いつの間に用意しているのか、気付いた頃には目の前に着替えやら布団やらが現れて目を白黒させるばかりだ。
 只者ではない業を見せるおばあさんに、ついに善逸が「妖怪だよ!あの婆さん妖怪だ!」と騒ぎ出すと、あまりにも失礼な発言に妖怪婆と言いかける前に炭治郎の拳骨をくらっていた。

 温かいお風呂も用意してもらい、身体を清めた後、部屋に戻るとありがたいことにおばあさんはお医者様まで呼んでくれていた。四人共中々の重症だし、適切な処置をするには医者の診察が必要不可欠だ。四人で並んで一人ずつお医者様に身体の状態を見てもらうことになった。まずは私からだ。

「聴診器で見ていきますね」

「お願いします」

「!!?」

「ちょッ…待て待て待て!」

「え?」

 着物の上半身を脱いだところで突然善逸が真っ赤になって叫んだ。炭治郎は気まずそうに視線をずらし、伊之助の目を隠している。訳が分からず首を傾げていると、後ろからお医者様が「あのー…」と申し訳なさそうに話しかけてきた。

「よろしければお召し物着たままでも大丈夫ですので…」

「へ、」

 下へ視線を向ければそこにはほぼ半裸とも言える下着姿。明らかに分かる二つの膨らみに、全てを理解した私は自分のとった行動を深く後悔した。「おい!何なんだよ離しやがれ!」と暴れる伊之助の声に我に帰ると、顔が急速に熱くなっていくのを感じる。
 今この場にいるのは私以外男だったのに、あまりにも配慮が足りなかった。急いで着物を着直す。しかし、あまりの恥ずかしさに三人を直視できず膝を抱えてその場に丸まった。

「ご、ごめん!」

「いや、まぁ俺は気にしないけどね!好きなだけ脱いでい…ムガッ!モゴ!」

「と、とにかく名無しは女の子なんだし後で別の部屋で診てもらおう」

「うん…ありがとう…」

 咄嗟に善逸の口を塞いだ炭治郎が目を泳がせながら気を使ってくれたので大人しく甘えることにする。三人のことは異性として意識したこともなかったし、こういう時の免疫がなかった為についあんなことをしてしまったけど、よく考えたら年頃の女が簡単に肌を晒すなどこのご時世ではとんでもないことだ。辛うじて下着で完全に見えなかったとはいえ、形や大きさは隠せたもんじゃない。もっと気を付けなければ。
 
 今だに訳が分からず暴れる伊之助だけに見られなかったことを心底良かったと安堵しながら早歩きで部屋を出た。私は炭治郎の提案通り、最後に別の部屋でしっかりと診察を受けたのだった。

 お医者様の診察を終え、案内されたのは食事処だ。先程の事件で若干の気まずさはあったものの、目の前に広がる豪華な料理を見た途端どうでもよくなってしまった。我ながら単純すぎて呆れるがご飯に勝るものなどないので仕方ない。黄金の衣を纏った天ぷらに白米、お味噌汁にお惣菜と焼き魚まで、色とりどりの食材に堪らずお腹が鳴りそうになる。
 片腕が骨折して使えないから食べづらいだろうけど、怪我を治すにはしっかり食べることが大切である。いただきますと呟いてから早速海老天を口に運んだ。サクッと軽やかな音と共に舌に甘みが広がる。非常に美味である。すると、隣で伊之助が箸も使わずに素手で料理を掴んではお世辞にも綺麗とは言えない食べ方で食事を始めた。食べカスが飛び散って善逸が嫌そうに顔を歪める。

「箸使えよ…」

「もらった!」

「あっ」

 伊之助が炭治郎の皿から天ぷらを奪い口に入れた。呆気にとられる炭治郎にニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべる伊之助。しかし、そんなことであのお兄ちゃんが動じる筈もなく。

「腹が減っているならこれも食べていいぞ?」

 母のような微笑みと共に自らの煮物を差し出した。全く挑発に乗らない炭治郎に伊之助が言葉にならない叫びをあげる。と思いきや、今度は身体を私の方に向けると獲物を狙う獣の視線が私の食べかけの天ぷらに注がれた。
 …もしかして純粋に天ぷらを気に入ったのかな?私と炭治郎には勝つと宣言してはいたものの、先程からやたらと天ぷらばかり狙っている気がする。私も天ぷらは好きだが、山育ちの伊之助にとっては珍しい食べ物だろうし無理もないか。そう思った私は沢山の天ぷらが乗った皿を伊之助に差し出した。

「…天ぷら気に入ったなら私の食べる?海老天だけ齧っちゃったけど、他にもあるし」

「……」

 ヒクつく口元からしてどうやら違うのかもしれない。伊之助は再び言葉にならない叫び声をあげると、さっさと私の天ぷらが乗った皿を奪って貪り食ってしまった。そこはちゃっかり受け取るのね。


 風呂を終え、食事を済ませたときたら最後は就寝の時間である。「お布団でございます」と現れたおばあさんにまたしても善逸が悲鳴をあげそうになっていたので慌てて抑えた。
 案内された部屋では四つの布団が規則正しく並べられていた。伊之助は真っ先に布団に飛び込むと、またしても挑発的な笑みを浮かべて私達を見る。どうにかして怒らせたいのだろうが案の定炭治郎は「好きな布団選んでいいぞ」とニコニコしていて全く効果なしだ。キーッと叫ぶ伊之助を横目に、今まで神妙な顔をして黙っていた善逸が意を決したように口を開いた。

「なぁ、誰も聞かないから俺が聞くけどさ、炭治郎が鬼を連れているのはどういうことなんだ?名無しも分かってて何で何も言わないんだ?」

「善逸…」

「…分かってて庇ってくれたんだな。善逸は本当にいい奴だな、ありがとう」

「おまっ…そんな褒めても仕方ねぇぞ!うふふっ」

 褒められたのが余程嬉しかったのか、善逸が照れながら地面を転がる。やっぱり善逸は素直で優しい人だと思う。彼が身を呈して守ったおかげで禰豆子ちゃんは危険な目に合うことはなかった。兄である炭治郎はきっと心から感謝している。

「俺は鼻が効くんだ。最初から分かってたよ、善逸が優しいのも強いのも」

「いや強くはねぇよふざけんなよお前が正一くん連れてくの邪魔したのは許してねぇぞ」

 真顔で捲したてる善逸に炭治郎が困ったように私に助けを求める視線を寄越してきた。勿論本音なのだが、善逸の自信のなさは天下一品である。何を言っても信用しないのでこればっかりはどうしようもできないと二人揃って狼狽えていると、箱から物音がした。

「うわっうわっえ!?出てこようとしてる出てこようとしてる!」

「大丈夫だ」

「何が大丈夫なのねぇ!?」

「しー、あんま声大きいと伊之助起きちゃうから…それに本当に平気だから」

「嫌だ死にたくない!ままま守って俺を守って!」

 ぺたりと箱から伸びてきた手についに善逸は白目を向いて倒れそうになった。これだけ騒いでも伊之助は平然と寝ているので驚きである。ひょっこりと顔を出した禰豆子ちゃんに「おはよう」と微笑むと、嬉しそうに笑い返してくれた。炭治郎も久々に妹と伸び伸びした環境でゆっくりできることに嬉しそうだ。
 姿も見せれたことだし、善逸も安心しただろうと振り返ると、部屋の端っこにいた善逸が俯いて立っていた。顔に影がかかって表情が伺えないが、ただならぬ雰囲気に炭治郎と顔を見合わせる。

「お前…」

「善逸?どうしたの…?」

「いいご身分だな…!!」

 歯をギリギリさせながら血走った両目で炭治郎を睨みつける善逸の表情はさながら鬼のようである。善逸から出たとは思えない地を這うような声に訳も分からず二人して「え」と固まってしまう。

「こんな可愛い女の子連れてたのか…こんな可愛い女の子に更には美人の名無しまで連れて毎日毎日うきうきうきうき旅してたんだな…」

「落ち着け善逸、話を聞いてくれ!」

「俺の流した血を返せよッ!!」

「びじん…」

 烈火の如く怒り、尚且つ涙を流しだす善逸に炭治郎が隣で後ずさる。…びじん。美人…?美人って言われた?
 助けなきゃと思うものの耳についた美人という単語にぽけーと上の空になってしまう。その間にも善逸は炭治郎とじりじりと距離を縮めていく。しっかりしろ名無し!と叫ばれたが私の耳には届かなかった。

「俺は、俺はな!お前が毎日アハハのウフフで女の子とイチャつく為に頑張った訳じゃない!そんなことの為に俺は変な猪に殴られ蹴られたのか!?」

「どうしたんだ急に、一体何の話をしているんだ!?」

「鬼殺隊はなぁ…お遊び気分で入る所じゃねぇんだよ…お前のような奴は粛清だよ即粛清!鬼殺隊を舐めるんじゃねェエエ!」

「うわぁああ!?」

 日輪刀を構えて突進しようとした善逸。その刃が届くよりも先に、何者かによってぶっ叩かれた善逸は「ブヘェ!?」と変な声を上げながら横に吹っ飛んだ。どう考えても残り一人しかいないこの空間に、冷や汗を流しながら恐る恐る炭治郎は隣を見る。

「あんまり…」

「あの…名無し、さん?」

「…あんまり変なこと言うんじゃないわぁああ!!」

 顔を真っ赤にして般若のように叫ぶ名無しの姿に二人は絶句した。名字名無し、女系育ち田舎者。異性との交流経験なし。苦手なことは容姿を褒められることである。


 この後正気を取り戻した善逸は禰豆子が妹だと知ると、人が変わったように炭治郎にヘコヘコしだしたのは言うまでもない。当然、名無しから謝罪をされたものの言葉には気を付けようと心に誓ったのであった。




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