7.刀




 日輪刀が出来上がるまで約十日から十五日。無事に鱗滝の家に辿り着いた名無しと炭治郎はその期間、全力で自宅療養をしていた。
 炭治郎は特に額の傷が深く、常に包帯を巻いている生活。名無しはというと目立った外傷も少なく、すぐに元気になると鱗滝の畑を手伝ったり、時には禰豆子と日の届かない家の中であやとりをしたりして日々を過ごす。こんな穏やかな生活が続けばいいのに、と二人は一瞬考えて思い留まる。鬼になった禰豆子をそのままにしておける訳がない。何の為に鬼殺隊に入ったのか、何の為の過酷な鍛錬だったのか、振り返っては自身を奮い立たせた。

 十五日程経った頃、炭治郎はある匂いに立ち上がって颯爽と玄関に降りた。「鱗滝さん、あの人かな?」そう言う炭治郎に名無しもひょっこりと戸から顔を出す。噂の刀鍛冶が此方に向かって歩いてくるのが見えた。

 菅笠にぶら下がった風鈴が風に揺れて涼しい音を響かせる。頭の笠で顔はよく見えない。

「俺は鋼鐡塚という者だ。竈門炭治郎と名字名無しの刀を打った者だ」

「初めまして、名字名無しです。遠方遥々お越しいただいてありがとうございます」

「俺は竈門炭治郎です!中へどうぞ」

 お辞儀をする名無しと中へ案内しようとする炭治郎には目もくれず、鋼鐡塚はその場で背負っていた荷物を下ろすと早々に荷解きを始めだした。慌てて「あの、中へどうぞ…」だの「お茶を入れます」とどうにか炭治郎が立たせようとするが、鋼鐡塚は日輪刀の説明で忙しく、少しも人の話を聞いていない。二人してポカンと棒立ちになる。

「日輪刀の原料である砂鉄と鉱石は太陽に一番近い山で採れる。”猩々緋砂鉄”、”猩々緋鉱石”。陽の光を吸収する鉄だ」

「風呂敷が土で汚れると思うんですよ」

「ぜ、是非休んで行ってください」

「陽光山は一年中陽が射している山だ。曇らないし雨も降らない」

「ちょっととりあえず一旦!立ちませんか?…地べたから」

 風鈴が鳴ると同時に鋼鐡塚が顔を上げた。突然現れたひょっとこ…正しくはひょっとこの面に二人して吃驚する。我が道を往く鋼鐡塚はそれすら無視すると、繁々と炭治郎の顔を眺めた。

「んんん?お前赫灼の子じゃねぇか。こりゃあ縁起がいいな」

 「いや俺は炭十郎と癸枝の息子です」と首を振る炭治郎にすかさず鋼鐡塚が「そういう意味じゃねぇ」と突っ込みを入れた。どうやら赫灼の子とは炭治郎のようには赤みがかった髪と目が特徴らしく、火仕事の家にそう行った特徴の子が産まれると縁起がいいのだとか。
 ぐいぐいと指で頬を突っついてくる鋼鐡塚に炭治郎は迷惑そうにしながら「そうですか、知りませんでした」と答える。鋼鐡塚は今度はそのやりとりを呆けながら見ていた名無しにひょっとこ面を向けると、「お前も中々に珍しい目の色だな。まぁ特に良い話はねぇしどうでもいいが」と付け足した。名無しの額に青筋が浮かぶ。

「その一言必要だった??ねぇ必要だったの??褒めてるの?貶してるの?」

「よせ!やめるんだ名無し!」

「こりゃ刀も赤くなるかもしれんぞ、なぁ鱗滝」

「こら!聞けよ!」

 暴れる名無しを炭治郎が羽交い締めする。それすら聞いていない鋼鐡塚はようやく家に上がると、鱗滝が用意したお茶を啜った。炭治郎に宥められ、名無しが大人しくなると二人もそれに続く。天狗とひょっとこが並んでいてなんだか奇妙な絵面だ。

「日輪刀は別名色変わりの刀と言ってなぁ、持ち主によって色が変わるのさぁ。さぁさぁ刀を抜いてみなぁ」

 鋼鐡塚からそれぞれ刀が渡される。鋼鐡塚はよっぽど色が楽しみなのか、うねうねと奇妙に身体を揺らしている。とは言え二人も内心楽しみであった。自身の日輪刀は一体どんな色に輝くのか、鞘から抜いて目前に翳す。「おお!」と先に炭治郎が感嘆の声を漏らした。
 根元から色が変わっていき、そこに現れたのは全てを飲み込んでしまいそうな、夜よりも深い――漆黒の刀身。鋼鐡塚は赤くなると予想していたが、どうやら外れたらしい。「黒ッ!」「黒いな」と鱗滝と呟いている。

「名無しのは――― 白?」

「白だ…」

「白だな」

 名無しの手に握られていたのは祖母と同じ、淀みのない雪のように真っ白な日輪刀だった。炭治郎の漆黒の刃と打って変わって、その純白は差し込む日差しを反射して薄紫の光彩を放っている。何の偶然か、柄や、鞘までもが白一択で作られ、統一感がある。
 
 何て綺麗なんだろうと名無しはまじまじと自身の日輪刀を光に翳すように掲げた。自身の顔が反射する。煌々と輝く刀身に見惚れていると、突然鋼鐡塚が頭を抱えて絶叫し始めた。

「俺は鮮やかな赤い刀身が見れると思ったのにクソーッ!」

「ええぇええ!?別にいいじゃないですか黒でも!」

「確かに漆黒も純白もあまり見ないな」

「大人しく赤にしときゃいいんだよ!赤と白で紅白だ、めでてぇだろうがぁ!」

「そういう問題!?」

「イタタッ危ない!落ち着いてください何歳ですか!」

「三十七だッ!」

 この場にいる鋼鐡塚以外がそういう意味ではないと心の中で突っ込んだ。

 ドン引きの視線の中、激昂した鋼鐡塚が炭治郎に覆いかぶさって攻防を繰り返していると、突如二匹の鎹鴉が家に飛び込んできた。炭治郎と名無しの鎹鴉だ。

「カァアア!竈門炭治郎、名字名無し、北西ノ町へェ向カェ!合同任務ダァァ!」

「合同任務ダァァ!」

「喋ってる…」

 鴉って喋るのか…と炭治郎と名無しは目を点にさせる。名無しの小ぶりの鴉は正座している横に降りると、まるで先輩に従う後輩のように炭治郎の鴉の言葉をただ鸚鵡返ししている。どうやら鬼殺隊はこうやって任務のやりとりをするらしい。二人にとって初めての任務だ。

「北西ノ町デワァァ少女ガ消エテイルゥ。毎夜毎夜少女ガ、少女ガ消エテイル!」

「消エテイルゥ!」

 「心シテカカレ!」そう言うと鴉達は飛び去っていった。北西の町では毎晩少女だけが行方不明になるという事件――神隠しが多発していた。おそらくその原因は鬼。本来任務は一人で行うものだが、今回の初めての任務は炭治郎と名無しが合同で行うことになっていた。
 早速二人は最終戦別の日に支給された隊服に袖を通す。背中に「滅」の一文字と、黒の詰襟になってある上半身は二人共同じであったが、炭治郎は膨らみのある洋袴なのに対し、名無しは膝丈ほどのスカートと呼ばれる形になっている。
 何だか若干短い気もするが、隊服は特殊な繊維で作られているくらいだし、もしかしたら作り手にも何かしらの意図があっての構造なのかもしれない…。そう無理やり結論づけて名無しは渋々スカートを身につけていく。

 最後にそれぞれ、緑と黒の市松模様と白に青の濃淡が裾にある羽織を身につけて準備は完璧だ。

「炭治郎、これを使え」

「箱?」

「昼間妹を背負う箱だ」

 鬼は日に弱い。禰豆子が昼間出歩けないのを考慮して、鱗滝は炭治郎に霧雲杉という非常に軽い木で作った特製の箱を手渡した。岩漆を塗ってあるので強度もある。とてもありがたい代物だ。
 炭治郎は早速禰豆子に身体の大きさを変化するよう支持すると、箱に入れて背負いあげる。名無しと炭治郎は顔を見合わせると、力強く頷き合った。鬼殺隊としての初めての任務。絶対に失敗は許されない。

 鱗滝に「いってこい」と背中を押され、二人は鋼鐡塚に礼をすると刀を腰に挿して戸を潜った。




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