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 引っ越しという名目で出会ったばかりの同級生達にお別れを告げた私は、五条さんの言い付け通りさっさと荷物を纏めて伊地知さんの車で呪術高専に向かっていた。
 ギリギリになって全寮制だという事実を母に伝えたせいで、家を出る際は足に縋り付かれるという気迫っぷりを見せられたが、適度に顔を見せるという約束と、付き添いの五条さんのおかげ(恐らく顔にやられた)で何とかお許しを貰うことができたのだ。

「さー見えてきたよ」

 螺旋状に続く山道を登りきり、辿り着いた呪術高専。京都を彷彿とさせる古めかしい建物が並んだこの学校は正に表向き宗教系の学校という感じだ。
 伊地知さんにお礼をし、車から降りる。山の上だからか少しひんやりしている空気を肺一杯に吸い込んでいると、既に歩き出していた五条さんが「早く行くよ」と肩越しに振り返った。

「五条さん」
「先生、ね」
「ご、五条先生。これからどこに?」
「君が住むことになる寮さ。同じ一年生の二人にも会えると思うから、合流したら三人目を迎えに行くよ」

 初日にしてはハードそうなスケジュールだ。五条先生の話だと、男子が二人と女子がもう一人いるらしい。人並みに友達はいたけど、やはり初対面となると緊張する。せめて、女の子同士は良い関係を築きたいものだ。
 どんな人が在籍しているのか想像していると、気付けば寮の二階の私の部屋に到着していた。「どうぞ」と開かれた部屋に一歩足を踏み入れると真新しい木の香りに包まれる。中にはシンプルなベッドとデスク、棚と簡易的なシンクが取り付けられたワンルームだ。自宅の自室よりは幾分か狭いが、一人で住むには充分な広さだ。
 部屋の中を一巡していると、五条先生が制服らしき物が入った袋を手渡して着替えるように指示した。入学が決まってからそんなに日にちは経っていないのにやたら仕事が早い。

「荷物を置いたら下においで。慌てなくていいから」
「はい。ありがとうございます」
「あとこれ。僕からの入学祝い」
「?」

 ポンと掌に乗せられた柔らかい物に首を傾げていると、その間に五条先生はさっさと扉を閉めて去ってしまった。不思議に思いながら印字された文字を読み上げる。
 ”喜久福 ずんだ生クリーム味”。仙台名物の和菓子だ。

「…ちょっと嬉しいかも」

 後で大事に食べよう。壁際のデスクの上にお菓子をそっと起いてから、私は持ってきた荷物の整理を始めた。


***




 簡単に荷物の整理を終わらせ、用意された制服を身に纏うと私は予め伝えられた集合場所に向かった。
 制服は詰襟の上着に無地のスカートといった高校にしてはかなりシンプルなデザインだ。特に規定がないということなので、靴は足の保護も兼ねてブーツを着用した。
 見慣れない姿に違和感を覚えながら正門近くに赴くと、既に五条先生と此方に背を向けた同級生らしき男子が二人立っていた。

「おっ、来た来た。皆さんお待ちかねの名字名無しちゃんでーす」

 もうちょっと普通に紹介してくれませんかね。ただでさえ慣れない土地で緊張しているところに妙な気恥ずかしささえ生まれてくる。
 思いっきり手を振る五条先生につられて目の前の男子二人も振り返った。一年生同士の初めてのご対面だ。

「俺虎杖悠仁!仙台から来たんだ。よろしく!」
「…伏黒恵」
「名字名無しです。急な転入でまだ何も分からないけど、これからよろしくね」

 「名字も転入生なのかー!一緒だな!」そう言って虎杖君は朗らかに笑った。対し、隣の伏黒くんは怪訝そうに私を見つめていて、まるで対照的な二人だった。

「まっ。一緒にいれば自然とお互いのことも分かるし、そろそろ次の子を迎えに行きます」


 自己紹介も程々に、五条先生の言葉で早速最後の一年生を迎えに行くことになった。
 長時間の移動もフレンドリーな虎杖君のおかげで何とか緊張は解れ、五条先生を交えてさながらアイスブレイクなじゃれ合いをするまでに至った。けれど、その間も伏黒君の奇妙な睥睨は暫く続いていた。

「(私の顔、何かついてる…?)」

 最初は気のせいなのかと思っていた。けれど、徒歩で移動中も背後から。電車での移動中も隣で輪っかに掴まりながらと、明らかにその双眼は私に照準を定めている。慌てて目の前の窓ガラスの反射に視線を移して見ても、別段可笑しな部分は見当たらない。
 まさか、転入初日に嫌われるなんてことがあっていいのだろうか。ただでさえ四人という極少人数なのに今の時点から上手くいかないなんてこの先やっていける自信がなさすぎる。

「あの、どうかした?」
「…別に」

 思い切って掛けた言葉も華麗に一刀両断。しかし、それきり伏黒君はふいっと顔を背けてしまって此方を見ることはなかった。

「何で原宿集合なんですか」
「本人がここがいいって」
「あれ食いたい!ポップコーン!」

 原宿駅で下車し、改札を抜けた瞬間広がる人集りと喧噪は相変わらずだ。若者に大人気のこの街は仙台から来た虎杖君にとって珍しいらしく、子供みたいに目を輝かせては視線を忙しなく彷徨わせている。
 そんな虎杖君の様子を何となく眺めていると、視界の端に女子高生の集団が横切った。東京に住んでいた私は原宿に何度か友人と遊びに来たことがあったけど、これからは環境上あまりできないのかなと思うと少し寂しく思えた。
 名残惜しく華やかなJKの後ろ姿を見送っていると、不意に視線を感じて顔を向ける。

「ッ!」

 またしてもバチりと噛み合った視線。不思議そうに見つめ返す私に、伏黒君はバツが悪そうに慌てて顔を逸らした。そして、今度は何か言いたげに口を開く。

「お、」
「おーい!コッチコッチ!」
「…」

 伏黒くんの言葉は五条先生の声に掻き消され、発されることはなかった。彼もそのまま目当ての一年生の方を向いたので、それ以上追求することは憚られた。
 皆の視線の先には同じ呪術高専の制服を纏った女の子が何やらスーツを着たおじさんに絡んでいた。綺麗に切りそろえられたショートヘアと可愛らしい見た目に似合わず、脅迫じみた問題発言が次々と口から飛び出ている。

「俺達今からアレに話しかけんの?ちょっと恥ずかしいなぁ」
「オメェもだよ」
「いつの間に買ってきたのそれ。一口ちょーだい」
「どーぞどーぞ」
「釣られんな!」

 虎杖君の両手にはクレープとポップコーン。更には2018を象ったヘンテコなメガネまで掛けていて完全に原宿を楽しんでいる。美味しそうな香りに釣られつい片手のクレープを頂いていると、先程の女の子を連れた五条先生が目の前に戻ってきていた。
 
「釘崎野薔薇。喜べ男子、女の子よ」

 仁王立ちする彼女にも怯まず、私の時のように明るく自己紹介する虎杖君と名前だけの伏黒君。続けて私も簡単に自己紹介を済ませると、彼女はじーっと目を細めてまるで品定めするかのように私達を頭から爪先まで眺めた。
 そして彼女の中で何かが結論付いたのか、男子二人の顔を見るなり特大の溜息を溢した。

「私ってつくづく環境に恵まれないのよね…。せめてアンタがいてくれてよかったわ」
「そう?私も野薔薇ちゃんみたいな女の子がいてくれて心強いよ」
「やだ!野薔薇でいいって。私も名無しって呼ぶから!」

 憧れのものに触れたように、野薔薇は両目を輝かせながら手を強く握ってきた。何やら感動しているようだけど、私も私で伏黒君の件があったから内心ほっと胸を撫で下していたところだ。
 それはそうと、これからどこに向かうのだろうか。そんな疑問に答えるように伏黒君が五条先生に質問すると、彼は神妙な顔付きで言った。

「行くでしょ。東京観光」

 瞬く間に光り輝く虎杖君と野薔薇の両目。もしかして東京が初めてなのだろうか。一気にはしゃぎだした二人はTDLやら中華街やらどんどん東京から外れた観光地を叫んでいく。
 果たしてここはそんな生易しい学校なのだろうか。伏黒君に至っては呆れたように三人を眺めているし、不安気に様子を伺っていると、五条先生は片手を翳して静まるように合図した。

「それでは行き先を発表します。―――― 六本木」

 憧れの六本木。胸をときめかせながら向かった現場。辿り着いた先の景色を見て、二人は間髪入れずに絶望の言葉を叫んだ。

「嘘つきーーーッ!」
「六本木ですらねーーーッ!」
「いますね。呪い」

 私達の目の前には年季の入った廃ビルが佇んでいる。冷静に分析する伏黒君と、般若の形相で怒る野薔薇の声が遠くなったように、私はその異様な威圧感と気配にただ呆然と建物を見上げていた。
 沢山。沢山アレがいるのが分かる。お婆ちゃんが亡くなってから、どうにも気配というものに敏感になった気がする。今までならきっと気付きもしなかっただろう。ビルから滲み出る不穏な空気に、呪霊に襲われた時の記憶が脳裏に浮かんだ。

「名無し」
「…え?」
「僕の話聞いてた?」
「す、すみません。聞いてませんでした」
「名無しは初めてだからね。緊張するのも仕方ない仕方ない。もう一度言うけど、野薔薇と悠仁と三人で建物内の呪いを祓ってきてくれ」

 聞き間違いだろうか。今何か不吉な言葉が聞こえた気がする。
 石のように固まってしまった私を見て、五条先生は心底楽しげに口端を釣り上げると、再度語尾を強めて同じ言葉を繰り返したのだった。

「三人で、呪いを祓ってきてね!」




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