18


 生徒の意向により、一日の休暇を経て交流会二日目が再開した。しかし、先輩達の話だと個人戦の予定だった筈だが、五条先生の悪戯により野球に変更。東京校は京都校より人数が多いので私がベンチに行き(じゃんけんで負けた)、相手側にハンデを与えた上で結果は二対零で東京校の勝利に終わった。
 前代未聞の襲撃もあったけど、こうして無事に今年の交流会は幕を閉じたのだった。

 そんなこんなで与えられた休日を満喫していたある日、私は五条先生からの呼び出しで駅前のカフェに訪れていた。
 店員さんに待ち合わせであることを告げ、テーブルに向かう。案内された先では既に五条先生が豪華なパンケーキを満面の笑みで頬張っていた。見慣れないサングラス姿に思わず足を止めて凝視していると、私に気付いた先生がニコニコと手招きしてくる。心なしか店員さんの頬が赤い気がするが気のせいだと思いたい。

「やぁやぁ。せっかくの休みにゴメンねー!」
「なんで待ち合わせがカフェなんですか?呼び出しといったら職員室が定番でしょ」
「嫌だよ。そんなとこで話したってつまんないじゃん。あ、好きなの頼みなよ。僕が払うし」
「ではいただきます」

 近くの店員さんにアイスコーヒーを頼む。横から「可愛くなーい」とか聞こえてくるが無視だ。

「それでいいの?もっとこう、ケーキセットとかさ」
「甘いものはあんまりなので大丈夫です。先生のその激甘そうなパンケーキ見てるだけで胃もたれしてきます」
「えー美味しいのに。一口食べない?あーんしてあげるよ」
「結構です。それよりなんで今日はサングラスなんですか?服もラフだし」

 いつもは目隠しをして爪先まで黒尽くめの格好だが、今日は私服にサングラスでカジュアルだ。恐らくオフなのだろうが、いつもと雰囲気がまるで違くて調子が狂ってしまう。サングラスからちらりと覗くまつ毛とか綺麗な瞳の色とかが目についてちっとも落ち着かない。ほんと顔だけはいいのだ。顔だけは。

「僕は女の子と二人の時はサングラスだよ。今日は名無しと二人っきりだからね」
「ま、まさか生徒と援交…」
「違います。僕のこと何だと思ってるの」
「先輩からはバカ目隠しだと教えられていますが」
「人間ですらないの?」

 丁度アイスコーヒーが運ばれてきたのでシロップを入れずにストローを咥える。すると先生がゲッと舌を出したので首を傾げれば、シロップは最低でも四つは入れるだなどと言い出した。どんだけ甘党なんだ。
 ナイフとフォークを使って品よくパンケーキを口に運ぶ姿を眺める。ごくりと飲み込んだところで、先生は私の嫌いな軽薄な微笑を浮かべた。

「少し見ない間に随分呪術師らしい顔付きになったね?」

 皮肉めいた色が滲んでいた。そんなこと、わざわざ言われなくたって私自身が一番分かっている。

「ココに引き入れたのは僕だからね。大事な生徒のメンタルケアも兼ねて二者面談をしようと思って」
「はぁ。そうですか」
「交流会での名無しの活躍は観覧席で見させてもらったよ。実地試験の時とは大違いで吃驚だ。この調子なら昇級の心配もしなくて良さそうだね」
「二年生達の指導のおかげです」
「あれ、僕は?」
「先生は虎杖君に付きっきりだったでしょう。変な課題ばっか押し付けてくるし」

 五条先生がまた一口とフルーツを乗せたパンケーキを口に含む。

「実際のところ、先生は私のことどこまで知ってるんですか?」

 交流会の時、加茂さんは私のことを結界師と呼んだ。それが私の家系に関係していることはすぐに分かった。宿儺に初めて会った日も、何だか他人事ではないような感覚があった。
 けれど、私は先生に助けられた日に聞かされた情報しか知らされていなくて、術式だって知っているような素振りを見せながらも一度だって助言をしてきたことはない。勧誘するだけしておいて後は全て生徒任せなのだから少しくらい不満を抱いてもいい気がする。
 五条先生は「どこから話せばいいかなぁ」と顎に手を当てて唸ると、自分の目元を指差した。

「僕の目は六眼って言う特別な眼だ。相手の呪力量も、術式も、見破ることができる。だから墓地で初めて君を見た時すぐには助けなかった。家の事は後で知ったけどね」
「なら廃ビルにほっぽり出す真似なんてしないで直接教えてくれたら良かったじゃないですか」
「言ったでしょ。僕は生徒にとってベストな指導をしてるだけさ。見た所、君は本番に強いタイプだし、状況を判断する観察力もある。そういう人間はちまちま教えるよりやらせた方が早いんだよ」

 「それにぶっちゃけ、名無しの術式って漠然と理解はできるけど簡単に説明できる次元じゃないし」と続けられ、面倒だっただけなんじゃ…という言葉は慌てて飲み込んだ。代わりにストローに口を付けて啜る。

「結界師である名字家はその呪力量と術式の利便性で千年以上前、呪術全盛期から前線に立たされてきた。君が今しているように、常に人の盾となった一族だ」
「…」
「最前線にいるということは死への確率も高くなる。呪術師達を身を挺して守っている訳だからね。当然、そんな捨て駒扱いをされて子孫が繁栄する方が矛盾している。廃れるのは必然だったんだよ」
「そんな言い方、」

 言おうとして、やめた。戦争が当たり前だった千年も前の常識と今私が生きる時代じゃ認識が違うのだろう。それについて五条先生に文句を言うのはお門違いだ。
 決して気持ちのいい話ではない。それなら、私は?私も先祖と同じように役目を全うすることを先生は望んでいるだろうか。彼が私を勧誘したことには、それなりの理由があった筈だから。
 そんな考えが顔に出ていたのか、五条先生の口元から笑みが消える。鼻から息を吐いてあからさまに困った仕草をして見せた。

「正直に言って、僕が君を勧誘したのはその名字家の術式が魅力的だったからだ。同じものを持って産まれる人間はもう殆どいないからね。だからと言って、僕は決して君を誰かの身代わりにさせたりなんてしないよ」

 いつもの冗談めいた口振りなんかじゃなくて本心なのが伝わってくる。その言葉に、心の裡で安堵している自分がいた。

「私に自己犠牲を望んでる訳じゃないなら尚更不思議です。そこと先生の事情はどう絡むんですか」
「悠仁の一件も然り、そういう伝統を重んじる上層部は呪術界の魔窟。腐った蜜柑のバーゲンセールだ。僕はそんなクソ呪術界をリセットする為に教育を選んだ。強く聡い仲間を育てる為にね。君の縛りが解け、何れ悪用される可能性があるくらいなら今の内に引き込んで頼もしい仲間にしちゃえってこと」
「なるほど。先生が案外色々考えてるんだなってことは分かりました」
「僕の頭の中はいつだって考え事で一杯さ」
「私がこの術式を持って産まれたのも何かの巡り合わせです。そういうことなら、私も努力を惜しみません。先生に負けないくらい強くなってみせます」
「楽しみにしてるよ。君達には結構期待してるんだ」

 五条先生が最後の一口を食べ終わる。コーヒーを口元に運ぶ姿を何となく目で追っていた時、ふと私は気になることが浮かんであ、と声を上げた。

「先生。そういえば微妙に気になってたことがあったんですけど聞いてもいいですか?」
「勿論!GTGに何でも聞いて」
「(GTG…?)少年院で宿儺に遭遇した時、何だか私の事を知ってるような口振りだったんです。何でかなぁって」

 先生はまた考え込むように顎先を弄り、私達の間に微かな沈黙が流れる。先生の様子を言葉に表すとしたらマジかぁといった感じだ。その意味が分からなくてアイスコーヒーを啜っていると、漸く先生は面白そうに口を開いた。

「これ夜蛾学長から聞いた話なんだけど、半信半疑だったから敢えて言わなかったんだよねぇ」
「半信半疑?」
「名字家は代々力の強い女子が当主を務めてきたらしいんだけど、不思議な事に、決まって似た顔の美しい女子だったらしいよ」
「まぁ、血縁なんですから似てるくらいならそう不思議な話でもない気が」
「それが瓜二つのレベルらしい。もしかしたら千年前の当主と名無しはそっくりさんなのかもね。正に運命的な出会い!」
「相手が呪いの王でなければね」

 まるで内緒話をするかのように楽しそうに小声で話してくる五条先生に冷ややかな眼差しを注ぐ。これが呪術云々の話じゃなかったらロマンチックだとでも思えただろうけど。
 実際のところその話も迷信かもしれないし私は深く考えずに適当に流す。五条先生はつまんなそうに唇を尖らせて立ち上がると、「そろそろ行こっか」とお会計に向かった。

「先生、ありがとうございます。ご馳走様でした」
「いえいえー」

 高専に向かって並んで歩いていると、五条先生が唐突に「そういえば」と切り出したので隣を見上げる。座ってたら気にならなかったけど思いの外首が曲がって改めて身長の高さを思い知らされた。

「名無しって何が好きなの?甘い物はダメみたいだけど」
「うーん。基本的に何でも好きですけど、一番は辛いものかなぁ。激辛坦々麺とか大好きです」
「なるほどね。それじゃあ次は三人も連れて激辛耐久レースしよっか」
「誰が喜ぶんですかそれ。普通に食べてください」
「何言ってんの。僕は横で応援してる係だよ」
「尚更タチ悪いんですけど」

 やっぱり私の中では五条先生は先生っていうより五条さんの印象が強い。寧ろ五条悟だ。
 歩きながら今度は鞄を漁り始めた姿に一体何を取り出すのかとちらりと覗き見ると、先生は「はいこれ返却」と見覚えのある書類の束を手渡してきた。そう。伏黒君とせっせとこなしたあの課題だ。反射的に受け取ると、これ見よがしに零点を付けられた紙が真っ先に目に飛び込んできた。

「せっかくなら答えてくれればいいのにさ!何なのその呪霊の落書き」
「…いや、呪霊じゃなくて五条先生のつもりだったんですけど」

 膨れていた先生がスンと真顔になる。「こっちは?」と伏黒君が描いた方の五条先生を指差したので、「それは伏黒君が描いた五条先生です」と言えば、先生は不満気に絵をガン見しだした。

「可笑しいなぁ。僕こんな醜くない筈なんだけど」
「そんな悩む程下手??」
「うん。ていうか恵と二人でやったんだ。ちょっと意外」

 さりげなく酷いな。もっとオブラートに包まんかい。少しショックを受けながら「なんでですか」と聞いてみると、「結構最初の方ぎくしゃくしてる感じだったからさ」と軽いノリで言われた。
 確かに自己紹介した辺りは矢鱈不躾な視線を送られていた記憶がある。けれど伏黒君でなくても突然場違いな人が来たらあんな顔をすると思ったので最早気にしない事にした。それに一緒に過ごしていく内に分かったが、伏黒君はとても優しい人だ。表情が乏しいから分かり辛いけど。

「伏黒君にはいつも助けられてますし、頼れる友達だなぁって思ってますよ。おかげさまで」
「ふーん。まぁでも仲良くしてるなら良かったよ。僕としても生徒の仲が険悪なのは悲しいからね」

 先生の顔に影が落ちたような気がして、一瞬足が止まる。「どうしたの?」と振り返った矢先に私のスマホが振動した感覚で我に返った。

「いや、何でもないです。ちょっと連絡がきて」
「そう?」
「あ、伏黒君からだ」

 通知をタップして開けば、伏黒君からスマホを変えた旨の連絡がきていた。そういえば特級呪霊に無惨にも破壊されていたのを思い出す。
 なんて返そうかなと悩んでいると、いつの間にか私の隣で覗き込んでいた五条先生がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。嫌な予感がして慌ててスマホを仕舞おうとするも、身長の高い五条先生にあっさりと取り上げられて私の届かない位置にまで手を持ち上げられてしまう。

「か、返してください!何するつもりですか!」
「はい、チーズ。えー、五条先生とデート中っと…送信」
「んなぁあぁあ!!削除!今すぐ削除!」
「残念。既読ついちゃいましたー!」
「最低な二十八歳だぁああ!!」

 はいとスマホを返されてサッと奪い返す。守るようにして身体を縮めて睨み付ければ、犬みたいと軽くあしらわれた。おのれ五条!
 おんおんと既読の文字に打ちひしがれている私をまじまじと見つめていた先生が「そんなに誤解されるの嫌?」と不思議そうに言った。

「嫌っていうか…」

 いや、嫌だと思う。どっからどう見てもネタでしかない内容だし誤解も何もないけど、何となく嫌だ。別に先生が嫌いだからとかじゃないけど。

「とにかく!送信取り消ししますからね!全くもう油断も隙もない」
「えーーー」
「えーじゃない!」


 その頃、謎のツーショを送られた伏黒は虎杖と一緒に「名字、すげー顔してんな」と写真を見て呟いた。
 




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