天邪鬼
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 ゴンと名無しとキルアは大の仲良しである。食事をするのもトレーニングをするのもゲームをするのも何をするにも常に三人一緒だ。もちろん軽い言い合いだって日常茶飯事って位にやる。だがこれまで一度だって本気の喧嘩はした事がなかった。
それ故、今の状況をどうすればいいのかキルアには分からなかった。


「キルアってどうして私にそういつもムカつく事言うの!?ゴリラ女とか筋肉ダルマとか!ええどうせ私なんてそこらの女の子みたいに可愛くないですよーだ!」

「なんだよ急に。いつも軽く流してんじゃんお前」

「やめなよ二人とも!」

「流してんじゃないの、ムカついてるのを我慢してんの!少しはゴンを見習えっての!」

「…っ!大体、お前はなぁ!」


 ブチっと音をたててキルアの何かが切れた。言い返してやろうと詰め寄るが、聞く耳持たずな名無しは鼻息荒くじゃあね!と告げて背中を向けた。


「おー行け行け!じゃあな!」

「もうキルア!どこ行くの名無し!?」

「キルアがいないとこ」


 また一段と恐ろしい顔つきになった隣のキルアを見てゴンはため息をつく。いつもは誰よりもワガママで子供らしいゴンだが、この時の彼は誰よりも大人だ。
 そもそも何故こんな事になっているのか。事の発端はほんの数十分前の出来事だ。


「お嬢ちゃん一人?お兄さん達と遊ばない?」

「美味しいお菓子買ってあげるよ」

「いえ結構なんで」


 ゴンとキルアが離れた隙に現れた若い男二人。何故こうも年上の男たちに狙われるのか、名無しは心底嫌気が指していた。大人しく無視を決め込めば次第に笑みを引きつらせていく男たち。お約束すぎる展開だ、勘弁してほしい。


「名無しお待たせ!お菓子買ってきたよ」

「おじさん達さ、そいつ俺らの連れだから構わないでくれる?」

「あぁ?なんだこのガキ共」


 なんだこのありがちなシチュエーションは。というかデジャヴを感じる。当然だが、現れたゴンとキルアは厳つい男二人を前にしても顔色ひとつ変えない。それが気に障ったのか一人の男がキルアの胸倉を掴みあげた。
 もちろんそれでキルアがビビる筈もない。あっという間に二人は男たちをボコボコにしてしまった。


「ちょっとやりすぎたんじゃない?これはしばらく復活できないね」

「こういうのは思いっきりやっとかないとまた同じ事繰り返すからな」


すると、ポケットに手を突っ込みながら男たちを見下ろしていたキルアが呆れた様な目で名無しを見た。


「にしても何でお前は毎回狙われんだよ!言っとくけど相手がカオルじゃ被害者は逆にコイツらになるからな!?」

「私が聞きたいんだけど。何を思ってこんな子供に絡んでくるのやら」

「しょうがないよ、だって名無し可愛いし」

「「え、」」


 凄い勢いで同時にゴンを振り向く二人。発言した本人はというと相変わらずの真顔で何でそんな驚いてるの?と的外れな疑問を浮かべている。ゴンは時に突拍子もない事をいう。しかもそれが如何にこっぱずかしものであっても涼しい顔でいうのだから末恐ろしい。
名無しが可愛いだぁ?冗談じゃない。いつもの様にからかってやろうとキルアは名無しの方を向いた。
 しかし、未だ硬直しているのその表情を見た時、キルアは目を見開いた。大きな瞳を揺らし、リンゴの様に真っ赤に染まった頬。今まで見た事のない始めてみるカオルの表情。それが向けられているのは、ゴン。
…なんだよ、それ。
 面白くない。どうしてそう思ったのかもわからないまま、キルアの中には段々と黒いモヤモヤしたものが渦巻き、気付いた時には遅かった。


「名無しが可愛いなんてやっぱゴンは変わってるな」

あれ、おれ何言ってんだ

「…む」

「えー?そんな事ないよ、名無しは可愛いって」

「ないない!どっちかといいと厳ついじゃないの?」

「キルアって素直じゃないよね」

こんなこといいたいんじゃないのに

「…によ」

「名無し?」


先程とは打って変わって俯いたままの名無し。心なしか震えている肩に、キルアは思う。またやってしまったと。


「ッなんなのよキルアは!いつも人の事馬鹿にして!別に可愛いとか言ってもらいたい訳じゃないけど、そんな言い方しなくてもいいじゃん!」

「な…」


 怒鳴る名無しの両目には薄っすらと涙が浮かんでいる。あまりにも珍しいそれにゴンまで言葉を失い、二の句を継げなくなっていた。そして冒頭に至る訳である。
 結局、動揺するだけの男二人を置いて名無しはどこかへ去ってしまった。あの様子だとしばらくホテルには戻らないだろう。これでもかと大きなため息を溢したゴンに、バツが悪そうにしていたキルアはムッとゴンを睨んだ。


「可愛いって言っただけであんなに赤くなるとは思わなかったなー」

「え、」

「とは言え嫉妬はよくないよキルア」

「えっ…と、ゴン?さん?」


 何やらイメージに反するセリフがポンポン飛び出てくるが、目の前のこいつは本当にゴンなのだろうか。


「全然女心がわかってないよね」

「うぐッ!」


 まさかゴンに女心だ何だと指摘されるなんて。キルアの脳天には岩よりも重い言葉の塊がずしっとのし掛かる。こいつ…大人だ!
愕然と固まるキルアには目もくれず、既に姿の見えないもう一人の相方が走って行った方向を額に手を当て見ていたゴンは冷静に「早く追いかけた方がいいんじゃない?」と先を促した。


***



「クソッ、あいつ足早すぎだろ…」


 最早ゴンの傍すら居た堪れなくなったキルアは息を切らしながら街中を走り回っていた。ただでさえ広いというのに逃げ足の速い子供一人探すとなると一体どれ程かかる事か。
それでも一刻も早く見付け出して謝らなければ、白い目を向けてくるゴンはあまりにもギャップが恐ろしい。勿論、名無しを傷付けてしまったからが大前提だが。

 暫く駆け回ると様々な店が並ぶ大通りに出た。器用に人を避けながら逆方向に進んでいくと、寂しげにベンチに腰掛ける見慣れた黒髪が視界に入った。見付けた。


「名無し!」

「ッ!」

「あ、待てこら!」

「やだやだ離してよバカアホ綿飴頭!」

「誰が綿飴頭だ!ッじゃなくて、頼むから落ち着けよ目立ってるから」

「う…」


 今にも手を叩き落とされそうな勢いはジロジロと集まる視線に削ぎ落とされ、不満そうな表情を残して名無しは大人しくなった。とりあえずは逃げ出さない様子に胸を撫で下ろしたキルアは、決まり悪く視線を彷徨わせながら道中で必死に掻き集めた言葉を並べていく。


「さっきのは本気じゃないっていうか、いや今までも本気じゃないけど…えっと、その、何ていうか…ごめん」

「…」

「あんな顔する名無し見るの初めてでたぶん…俺ゴンに嫉妬したんだと思う」


 名無しの大きな目が更に見開かれた。かなり恥ずかしい事を言っている自覚はあったが、本心を言ってしまった方がきっと気が楽になる。ゴリラや厳ついと言ったからかいは好きな子程いじめたくなるという奴だ。
思い知らされた感情と典型的すぎるその表れに、キルアは思わず内心で嘲笑気味に笑う。


「ふふ…何それ」

「…ッ…」


 頬を桃色に染めてはにかむ名無しに心臓が跳ね上がった。こんな風にコロコロと表情を変えるからついからかってしまいたくなるのだ。無意識ほど怖いものはない。

あぁもうまじで


「…可愛い奴」

「は!?」

「やべ」


 ポロリと溢してしまった呟きはバッチリ聞かれていた様で誤魔化す為に「早く帰るぞ!」と背を向けた。放心状態の名無しは我に帰ると、耳を抑えるキルアに向かって「ねぇ今何て言ったの?ねぇねぇキルアってば」と走る銀髪を全速力で追い掛けた。



天邪鬼
(素直になりなよね)
(うるせ)




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