子供扱いしないで2
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俗に言う日向ぼっこをしている時に少年は現れた。 縁側でぬくぬくしている名無しにずいと差し出された代物。最早慣れてしまった気配を肌身に感じながら、家主はその代物に目を向ける。
「何かしらこれ」
「おむすびです!」
見りゃ分かる。名無しは密かに心の中で突っ込んだ。 艶々で形の良いおにぎりが二つと、ご丁寧に添えられたお茶。問題はこれが何なのかではなく、何故自身の目の前に置かれているのかだ。 名無しは暫しおにぎりを見下ろした後、顔色を変えずに向かい側に座る少年を見据えた。相変わらず人を灰燼にしてしまいそうな程眩しい笑顔を湛えた少年、竈門炭治郎は彼女の冷めた反応などすっかり慣れたもので、今かと手が伸ばされるのを待っている。
「あの、名無しさんお昼はまだだって聞いたので、お米を炊いたついでに作ってきました!」
「昼なら女中が作ってくれるから貴方はそんなことしなくて良いって言った筈よ」
「でも俺、どうにかしてお礼がしたいから…」
「庭掃除に床掃除に飯炊き。お礼ならこれ以上必要ない」
「俺の気がすまないんです!」
クワッと凄んだ炭治郎に名無しはやれやれと小さな溜息を溢す。このやり取りをするのも何もこれが初めてではなかった。こんな調子で、炭治郎は事あるごとに仕事を見つけては名無しの部屋を出入りしていた。それこそ鬼殺隊ではなく使用人の方が向いているんじゃないかって程に。 そんな炭治郎の行動を許しているのも、単に名無しの面倒臭がりな性格が主な理由だが、実際に期待以上の働きをしてくれるものだから追い出すのも後味が悪かった。正に、飼い主の後をついて回る柴犬のような存在なのである。
そんな柴犬が今日は飼い主におにぎりを用意してくれたときた。現にお昼はまだでお腹もしっかり空いている。断る理由などどこにもなかったが、仮にも一隊員に飯炊きなどをやらせていると言う事実が地味に後ろ髪を引くような思いなのである。 どうしたものかと困っていると、輝かしいまでの眼が向けられて名無しは珍しく動揺を見せた。それもその筈、無垢な眼が語っているのである。「食べてくれないの?」と。
「い、いただきます」
「!え、良いんですか?」
「……食べて欲しいの?食べて欲しくないの?」
「あー!!食べて!食べて欲しいです!ただ、いらないって断られるかなと思って…」
「…私も人の子だって知ってたか?」
そこまで人情のない人間だと思われていたのか。 若干の疑問を抱きつつも、更に輝きが増した少年にもう退くことはできない。そこまで言うなら有難くいただいてしまおうと庭に向けていた体を炭治郎に向ける。 「ちなみにこっちが梅干しで、こっちがおかかです!」
「へぇ」
名無しは梅干しのおにぎりを手に取り、一口頬張った。思えば、炭治郎とちゃんと向かい合ったのはこれが初めてかもしれない。炭治郎の嬉しそうな笑みを一身に受けながら、そんなことを考える。 特に会話がないのはお馴染みだ。黙々とおにぎりを食べていると、ふと炭治郎が表情を変えたのが見えて名無しも顔を上げた。
「もしかして、梅干しがお好きなんですか?」
「……」
最後の一口を放り投げて、指を舐める。側から見ればなんてことないいつもの余裕そうな表情に見えたかもしれない。しかし、内心どきりとしたのを炭治郎の嗅覚は見逃さなかった。
「おにぎりの具の説明した時に、名無しさん梅干しの時だけちょっと嬉しそうな匂いがしたんですよね。やっぱり梅干しの方選んでたし、そうなのかなって」
どきどきっと増す焦りの香りに、炭治郎は確信を得た。本人はまだ何も言っていないのに一人で納得すると、「名無しさん意外と可愛らしい一面もあるんですね!」なんてニッコニコの笑顔を名無しに向けた。 この一言が決め手となり、平常心が乱れきった名無しはあろうことかおかかのおにぎりを炭治郎の弧に歪む口に押し込んだ。今すぐ口を封じなければ自分が恥をかく。直感でそう感じたのだ。
「んむっ!?」
「次からは鼻栓してから来い!」
「もぐッ…もぐッ、心配、もぐッしないでください!もぐッ名無しさんが好物で喜んでたなんて誰にも言いませんから!」
「皆まで言うな!」
子供扱いしないで (顔赤くなることあるんですね!感激しました!) (炭治郎、流石に私も人間だって知ってるな?)
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