子供扱いしないで
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煙管から伸びた紫煙がゆらゆらと天井に上っていく。肺に入れたそれを味わうように吐き出して、名無しは隣で縮こまったまま延々と身の上話をする少年を横目で見た。
「――― それで善逸が泣いて暴れちゃって」
「…」
「――― 伊之助までどっか行っちゃって本当に大変で」
「…」
めっきり人様の部屋に入り浸るようになったこの少年、”竈門炭治郎”の話を家主である名無しは殆ど聞いていない。それもその筈で、二つも三つも違うこの少年が何故鬼殺隊の甲の階級に当たる彼女の部屋にいるのかは、数日前のある出来事が原因だった。 人を喰わない鬼の妹を持つ炭治郎は、鬼殺隊本部では専ら噂になっていた。柱合会議では散々暴れまわった挙句、お館様に免じて隊立違反は不問ということになっていたが、当然それをよく思わない者もいるもので、夜中にしか行動できない鬼の妹を狙った悪戯な隊員を偶然通りかかった名無しが処罰したのだ。 命よりも大切なものを守ってくれたということでこれには炭治郎もこの上なく彼女に感謝し、どうしてもお礼がしたいと引き下がらなかった。さてどうしたものかと扱いに困っていると、元々は炭焼きを生業としていたから米が上手く炊けるなどと言い出すので、仕方なく家の米を炊かせていたのだった。
その結果これだ。一度きりかと思いきや、今では当たり前のように暇さえあればやって来てペラペラと聞いてもいないことを延々と話し続ける始末。ただ、名無しは非常に面倒くさがりであった為に特に追い出すこともしなかった。ただ黙って少年の話を右から左へ受け流し、紫煙をくゆらせる。
「あ、すみません。また俺喋りすぎちゃって…」
「別に良い」
「名無しさんが近くにいると、何か安心しちゃってつい色々話してしまうんですよね」
「そうか」
どこか照れたように頭を掻く炭治郎を一瞥し、また窓の外に視線を投げる。そんな名無しの冷たいとも言える態度に炭治郎は全く気にする素振りもなく、美しい曲線を描くその横顔を見つめた。 炭治郎とて、わざわざ忙しい中頻繁に名無しの部屋を訪れるのには理由があった。勿論、何となく安心できるから例え返事がなくとも遊びに行っている部分はあるが、もう一つは密かに彼女に気があるからだということを当の本人は知る由も無い。その為、どうにかしてこの歳上の女性を笑顔にできるか日に日に研究をしていたのだった。 最初はただ単に大事な妹を助けてくれた恩人という認識であったが、口数少ないながらに会話を重ねていく中でどこか人を惹きつける魅力が名無しにはあった。珍しく炭治郎の嗅覚では嗅ぎ分けられない不思議な感情。それに、どこか癖になるような甘い匂い。まさしく花の香りに誘われた蝶のような気持ちだった。
「ところで、名無しさんはいつも煙管を蒸していますよね」
「…気になるか?」
「え?」
初めて返ってきた言葉に炭治郎は目を丸くする。名無しの双眼が、はっきりと自身を映している。たったそれだけのことが堪らなく嬉しかった。「名無しさんいつも持ってるので、そんなに良いのかなと…甘い匂いもするし」と動揺を隠すように言えば、肘置きに体重を預けていた名無しがゆったりとした動きで炭治郎の目前に移動する。 ふわりと漂ってきた煙管の匂いに、鼻の良い炭治郎は思わず噎せそうになったが、折角気を向けてくれたのを無駄にはしたくないと息を呑んで堪える。不思議と嫌な匂いではなかったのが幸いだった。 名無しが顔を覗き込んでくる。かと思えば、次の瞬間、炭治郎の唇に自身のそれを重ねるように押し当てた。あまりのことに炭治郎の肩がびくりと跳ねる。初めての熱、初めての感触に一瞬で頭が破裂しそうになった。 顔を離した 名無しが悪戯っ子のように微笑んで、炭治郎を見上げる。何とも楽しそうに両目が弧を描いていた。
「坊や、あまり歳上を揶揄うんじゃないよ」
「―――ッッ!?」
「苦いだろう?味が分からぬ内はまだまだ子供だね」
硬直した炭治郎の顔が次第に真っ赤に染まっていく。――― 全部、バレていた。唇から舌へと、葉の苦い風味が広がっていく。言葉にならない叫びをあげ、暫く岩のようになっていた炭治郎を名無しは珍しく面白いものでも見たかのように眺めていた。
その後、恋心に火がついた炭治郎は呆れられながらも、負けじと名無しの部屋へ通った。あの手この手を使い、歳上の彼女を見返す日がくるのかは二人だけが知っている。
子供扱いしないで (名無しさん!この前のもう一回お願いします!!) (調子に乗るんじゃないよ)
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