彷徨う灯蛾は何処へ行く。 | ナノ
明るいネオンが夜の街に光を与える。辺りの全てがショッキングなピンクや緑に染汚されていた。
「晋助、目がチカチカするヨ」
初めて、江戸という街に連れて来られた。地球は以前に数回だけ見た事があって、行ってみたいと思っていたから素直に嬉しかった。
「無駄な光が多いからなァ」
深い笠から吊り上がった口元だけが覗く。何でも顔がバレると面倒らしい。日頃の行いが悪いからだ。
「何処行くアルカ?」
ネオンと喧騒が入り乱れるこの道は、一体どこへ辿り着けるのだろう。相変わらず男は悠然と歩いている。
「着けば分かる」
それから目の前の男は何も言わず無言で歩き続けた。私は初めて来るこの街をもっと見たくて興味の向くままに視線を動かす。
視界の隅にフラフラとさ迷う蛾が写った。これだけ光があったら何処に行けばいいのか分からないんじゃないかと思う。あぁ違うか、何処でもいいんだ。ただただ、光が欲しいだけなんだ。お前らも人間も、私もみんな。
「神楽、」
晋助の手が私の顎と額を押さえ、正面に固定する。
「よく見とけ。アレが次に壊すもんだ」
さっきまでの明るさは無く、微かに届く月光と電柱に付いた明かりだけで、薄暗く静まりかえる家屋がぼんやりと見える。いつの間にかこんな所まで来ていた。
「オマエもまったく、派手好きアルナ」
男の笠を取り上げ地面に落とす。人通りが少ないこの場所なら、コイツだって大丈夫だろう。
前方数百メートル先には紺碧の空を突き抜ける巨大な鉄の建物がある。多数の照明に照らされたソレは、ちっぽけな人間を嘲笑うかのように威高く立っていた。
「ターミナルが壊落するなんざァ、見物だろ?」
くつくつ笑う声が心地よい。躯を後ろに預け、はだけた着物から覗く温かい胸元に頬づりをした。
「本当、悪趣味な奴ネ」
*****
一匹の蛾が飛んでいる。
眩く光る、あの鉄屑でも目指しているのか?ご苦労なこったァ、手に入るわけでもねェのにな。悲しき本能ってやつか。
「晋助、あの虫は嫌いカ?」
こんな暗闇でも海の底澄みのような瞳が見える。その輝きは消える事のない、美しく妖艶な灯だった。
「いや、悪くねェ」
「ふふ、‥…私たちに似てるダロ?」
満足げに笑う少女は心底、愉しそうだ。
「光を探してさ迷うのヨ。
自らの躯が朽ちるまで、ネ」
風鈴のような笑い声が鼓膜を震わす。夜陰にうっすらと浮かぶ白らかな頬を撫でると、まどろむ猫のように青の目を細めた。
「テメェは見つけたのか?その光とやらをよォ」
「んー、分かんないアル」
唇を尖らせ眉間を寄せる姿ににやり、口角が上がる。
「俺ァ見つけたぜ?」
少女の瞼がゆっくりと開き、揺らぐ蒼の灯を視線で捉えた。
「晋す…け、…‥っん‥」
小さく動く花弁に同じものを重ね何度も何度も、噛みつくように繰り返す。
「ふっ‥…んぅ…」
酸素が切れたのか苦しそうに喘ぐ少女を離す。荒い呼吸音を発する唇は小刻みに震え、潤沢を帯びていた。
「んっ…‥」
再び合わせた熱を逃がさぬよう喰らい付き、小さな頭を押さえ更に深奥に接吻を交わす。
灯蛾は滅ぶのも恐れず、光に向かって進んで行く。生涯、魅せられ続けるそのものに。
嫌いじゃねェな、その在り方。
彷徨う灯蛾は何処へ行く
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