桃酔 | ナノ

兄神『残香』の続き。




生暖かいモノが指先を軽くなぞる。じらすみたいにゆっくり、当たるか当たらないかの瀬戸際をどれ程この男は繰り返すのか、いい加減眠りたいのだけど。


「晋助ぇ、眠たい。」

揺れる黒髪の間から彼の強い瞳と目があった。薄暗いこの部屋でも変わらず妖しく飢え光る。

「最近、寝不足なのヨ。」
以前なら押し入れに入るだけで夢の世界へと行けたのに、ここ数日は眠る処か横になることさえもしていない。
(理由なんて、分かってるけど。)


「まさかオメェ、毎夜に銀時とヤってんのかァ?」

指先から口を離したかと思うと両手首を掴まれ、畳の上に雪崩れのように押し倒された。鼻と鼻がぶつかりそうな所に彼の顔があって息苦しいまでに近い。

「誰が。んなワケねーダロ」
「わからねぇぜ?四六時中一緒ならなァ」

「……‥喧嘩売ってるのカ?
良いアルヨ、5分も経たずに殺してやるから」

「銀時を殺った後なら悪かねェな」
「ふん、そん時は瞬殺だナ」

「宇宙最強の夜兎に殺られるたァ楽しみだ」

クツクツとひとしきり喉で笑うと、再び手を取られて彼の薄い唇へと導かれた。
(だから眠りたいのヨ……‥

ぁ…やば、くらくら‥…す、る)







『神楽……』
(だれ、)

『神楽、おいで』
(兄‥ちゃん‥…)


『神楽の手は甘いよ』
(あのね兄ちゃん、

知ってたアルカ?
兄ちゃんの手もね、

桃の匂いがしていたよ、


だから、
だからね、)
















「ぁれ…‥」


藤紫の柔らかい布が心地よくてそれを着るアイツについ縋り付いてしまった。

「じゃじゃ馬姫よ、珍しい事もあるもんだ」

珍しい事にアイツは穏やかな表情をして笑っている。悔しいけれど、タイミングが良すぎだ。溢れる物がおさまりきらなくて滲み出てしまいそう。


「晋、すけぇ」
「あぁ?」

「ワタシの手は……‥甘い、アルカ?

ワタシは、ワタシの手は、まだちゃんと

白い、アルカ…‥?」


あの頃兄は、幼い私の傍にいて、静かな日々が私達を取り巻いていた。あのままが良かったのに。他には望みなんかなかったのに。虚しくも妹の願いは神様には届かなかったようだ。


兄は父を、父は兄を、殺そうとした。
そして彼は、母と私のもとから遠く影も見えない何処かへと行ってしまった。
今ではもう昔の事なのに、なのに何故、こんなにも鮮明にあるのだろうか。


「神楽ァ、テメェの手は雪みてぇだ。甘く桃の匂いのする、雪と同じ白い手だ」

隻眼の彼は、私の手をかかげ窓枠から覗く蒼白い半月を隠す。

「あの月よりも人を惑わす、悪魔の手だ」

「そう、アルカ」

「あぁ、そうだ」




一ヶ月前、万事屋で吉原という地に行った。
そこには懐かしい兄いた。

何年ぶりかもう覚えてない。ただすごく久しぶりだったと思う。背だって伸びて何と言うか、うん大人になったのだ、兄も私も。


瞼が重たい。頭が回らなくなってきた。


「零時になったぜェ。
銀時が帰ってくるんだろ?良いのか、姫さんよォ」

アイツの口調がやけに楽しそうできっとニヤけた顔で笑ってる。
(意味、わかんないヨ…‥)

「ん゙〜‥……おんぶ」
「めんどくせェ」

「送ってョ。眠たい、」
「此処で寝ろ」

「ヤーヨ。
銀チャンが心配する…‥アル」

本格的な睡眠に入りそうで、声を出すのもままならない。力が抜けてしまった身体は自分自身でさえも支えきれず、起き上がるのも気だるくて重たかった。


「しん、すけぇ、‥……あったかいよぉ」

キセルの匂いでさえ、今では睡眠薬みたいに甘ったるく伝わってくる。

「テメェの子供体温には負けるがなァ」

「こども…‥じゃない、アル」



スヤスヤと胸の中にいるこの小さな兎を抱き直し、白い指先に触れるだけの接吻を。
甘く潤う桃の匂いが癖になってしまうほど、愛おしと思った。
















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