摂欲 | ナノ


「んぅ〜、…‥も、食べれなぃ、ヨぉ」


溜まりに溜まった仕事の書類。始末書やら報告書、様々なそれらは、かれこれ3時間以上、手を止めさせてはくれない。そんな中、ふらりと舞い込んできた客人は、淡い桃色をした自分の恋人だった。
仕事だから、とかまってやれずにいた自分に唇を尖らせ頬を膨らましていた彼女は、朝から敷きっぱなしの布団の上で背を丸めながら眠り入っている。此方としては、全くもって、悩ましい光景である。(チャイナ服から垣間見える白い肌とか、邪魔だからと取った髪飾りのせいで、布団に散らばる柔らかい髪の毛だとか!)
お陰ですっかり、集中出来なくなってしまった。と言うかこの状況で平気な奴なんかいやしない。
そう思うと、このままあの銀髪の旦那の所に居させていいものか。毎夜同じ屋根の下、あの人だってまだまだ男だ。いつか、そんな日が来てしまうかもしれない。それからじゃ、遅過ぎる。



「銀…チャ、ン‥」

あまりにタイミングの悪いこの一言。寝言だからといって許せる程、自分はまだまだ出来ていない。
(テメーの頭ん中は旦那かよ。)

もともと誰かを妬むような性格ではなかったのに、神楽のこととなると自分の中での抑えが消えてしまう。それはもう、キレイさっぱりに。
まぁそういうことで、さっきの寝言には、内心かなり怒り爆発で。


「お仕置き、かねィ‥」

無防備に寝ている彼女の上に、音も無くなめらかに覆い被さる。目下の少女は今だ目覚めず、規則正しい寝息を続けた。

付き合い始めて早1ヶ月、手を繋ぐことも無かった自分達に、いきなりこの状況はないだろう。友達の延長線のような関係だったから、色気もクソもありはしなかったのに。
間近にある彼女の寝顔をついつい眺めてしまう。

薄く光を通す長い睫毛。髪の毛と同じ桃色だからか、透けた様は神々しくも感じられる。閉じられた瞼の下、澄んだ空のような蒼を思って小さく目元にキスをした。


「ん…‥」

白い肌にほんのりと色付いた唇が微かに開く。発せられた声に気を良くして、今度は軽く唇にもキスをした。

(やば…‥気持ちいい…)

ついばむように触れるだけのそれも、彼女の柔らかさや肌からの温かい熱できっと脳みそなんかとろとろに崩されてる。


頬が熱い。

くらくら、くらくら、
眩暈がする。

角度を変え、唇をずらし、甘い甘い肌の上を滑っていく。剥き出しの細い首を舌でなぞって、軽く歯をつき立てた。いっそのこと、血でも流してしまえばどれだけ自分を虜にするだろうか。彼女の真っ白な肌も、甘美な赤に染め上げられれば綺麗だろうに。



「ん、ぁ…‥」

か細い声が聞こえた。

(ンな声、出すなよ)

このまま進めたら彼女は怒るだろうか。いや、もしくは泣かれるかも。それは嫌だ。ならば、残された道は一つ。









*****

ペチペチ、


「起きなせィ」

頬に軽い衝撃の中、沖田の声が上から聞こえ、つい目を開けてしまった。

(上…‥?)



「……‥‥」
「よっ」

約15センチ前に沖田の顔。
殴ってやろうか。

「てか、オマエ何でそこにいるアルか。さっさと退くヨロシ。」

真上に居座るソイツは無茶苦茶なまでにご機嫌顔。気味が悪いぐらいニヤニヤされては誰であろうと気に食わないものだ。

「なァ、」

ねっとりとした低い声。妖しいその響きに、ぴくり、身体は反応した。

「食って良い?」
「はぁ?‥何言っ…… うやぁ‥!」

近付いてくる彼の顔は思ってたよりも端正で。あの腹黒い笑顔のくせに息苦しいような気恥ずかしさを与えてくるのだから、私の頬が赤くなってしまうのだって、どうしようない自然の摂理なんだ。








(痛いのはヤーヨ!)
(大丈夫でィ。俺って意外と優しいから。)



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