March comes in like a lion | ナノ

原作、2年後
友達以上恋人未満、3月の中頃、春







春は、ライオンのようにやって来る。

桜が咲き始めた。
暖かな風が心地いい。長いマフラーも、厚手のコートも必要ない。身軽な格好で外に出れるのが楽だ。日差しも、傘を差さないといけないけど、このぐらいなら少しだけ浴びられるのが嬉しかった。

「神楽ちゃん、準備できた?」
「はいヨ」

新八が尋ねた。ほら、と渡されたのはお馴染の番傘だ。なんだか出勤するお父さんの気分。

「銀さんも、そろそろ出発しないと間に合わないですよ」

口うるさい母親のような新八から急かされた銀ちゃんがのんびりと玄関へとやって来た。いつも通り、天パの髪は綿飴みたいにフワフワで、眠たそうな、やる気のない顔をしている。その姿を見た新八が隣りで大きなため息をしたのが分かった。いつも通りの日常だ。

「いってらっしゃい、銀さん、神楽ちゃん」

新八が笑顔で言った。私と銀ちゃんは「おう」と応えて家を出る。これも、日常。

私が万事屋に来て、2年が経った。新八は実家の道場が忙しくて、今では週に3回、午前だけご飯や掃除、洗濯のために万事屋へ来ていた。
万事屋の仕事は昔より少しだけ増えたけど、銀ちゃんと私で分担してこなせばそんなに忙しくない。暇なときは銀ちゃんとテレビを見たり、公園で友達とあったり、定春と散歩をしている。幼い頃とは違う、平凡で温かな日々だ。

「そよ姫と会うのも久しぶりだな」

道中、銀ちゃんがそう言って私の頭を撫で、私は「うん」と頷いて笑う。この2年で私の身長は伸びたから、銀ちゃんとちょっと近くなった。
銀ちゃんはこの2年で何だか少し丸くなった気がする。いろいろあって、乗り越えて、そうして今の日常を手にした銀ちゃんは、昔より私の頭を撫でてくれることが増えた。やさしくて、あたたかな手。私はそれが擽ったくてたまらない。いつもどこでも、春みたいな気持ちになる。
浮かれた自分を表すように、くるりと番傘を回した。あと1、2分も歩けば、そよちゃんのお屋敷に着く。
今日の仕事は、そよちゃんの護衛と称した、久しぶりのお出かけだ。銀ちゃんは一応の付き添い人。そしてもう1人、付き添い人がいる。ソイツは、ちゃんと働いているんだかいないんだか分からないような飄々とした態度で銀ちゃんと一緒に私たちの後ろを着いて来る。そよちゃんとのお出かけには、なぜだか分からないけど毎回ソイツが護衛役だった。理由はそよちゃんからの抜擢。そよちゃんは、私とソイツの仲がいいって思っているみたい。

「よォ、旦那とチャイナ。久しぶりですねィ」

ソイツのことを考えていると、お屋敷に着いたようだ。門の前で待っていたソイツは片手を上げて挨拶をする。それに銀ちゃんと私は同じように「おう」と返した。

「総一郎くん、背が伸びた?」

銀ちゃんが尋ねた。私もちょうどアレ?って思ったところ。

「総悟でさァ、旦那。‥まぁ、4、5センチぐらい伸びやしたねィ。ハタチにもなって、急に」

おかげで関節が痛ぇや。

そう付け加えた沖田は、太陽の光をいっぱい含んだ前髪を耳に掛ける。どうやら髪も伸びたらしい。前会ったときは目にかかるか、かからないぐらいだったのに。

「そういやチャイナ、髪伸びやした?」
「そうアルか?」

沖田の髪が伸びたように、私の髪も伸びたらしい。毎日見てるからか、気付かなかった。試しに、指で髪先を巻いてみる。うーん、長くなった、カナ?
昔みたいなお団子は、随分前に止めてしまった。髪が長くなったから、纏めるのが面倒なのだ。今では運動するときだけ纏めて、普段はそのまま背中に流している。ある程度長くなったら、その方が楽だって気付いたから。

「神楽ちゃん!」

門の前で話していたら、そよちゃんが現れた。そよちゃんは逆に、随分前に長い髪をバッサリ切ってしまって、今では重たそうな着物も私とのお出かけには着て来ない。今日はシンプルだけど綺麗な布のワンピースと縁の広い帽子をかぶっている。それも、きれいなそよちゃんにはとても似合っていた。

「そよちゃん!久しぶりアル」

私とそよちゃんは手を取り合って、はしゃぐ。それを見送りに来たそよちゃんの家来の人がくすぐったいような目で見ていたからなんだか恥ずかしくなって、急かすようにそよちゃんの手を取ったまま出発した。






江戸の町を散歩しながら、咲き始めた花々を見たり、雑貨屋さんで買い物をしたり。お昼には銀ちゃんたちと一緒に、なんだかよくわからない名前のランチを食べて、それがすっごい美味しくて。そよちゃんといっぱい話して、笑って、少し懐かしい話をして。あっという間に時間が過ぎてしまって、今では午後3時。休憩も兼ねて、茶屋に入った。
そよちゃんの門限は午後の5時。早いけど、遅くなると家の人が心配するらしいから、仕方ない。その分たくさんお喋りができるように、私とそよちゃんは同じテーブルに。銀ちゃんと沖田は、見える位置に、それでも少し遠いテーブルの席についた。これらかはオンナノコ同士の秘密話。

「神楽ちゃん、好きな人できました?」

そう、おずおずとそよちゃんは尋ねた。私はその様子にピーンときて、すかさず「そよちゃんは?」と返す。そしたら、そよちゃんは恥ずかしそうにはにかんで、小さく頷いた。どうやら女のカンは的中したらしい。
それから、そよちゃんの話をたくさん聞いた。相手はどんな人で、どこで出会って、今も会ったりしているのか。次から次へとやって来る私の質問にそよちゃんは照れたように、それでも丁寧に返してくれて、それだけで私はそよちゃんが今、幸せなんだと確信できた。
なんだか私も幸せな気持ちになる。ふわふわと春みたいに浮かれている気持ちを落ち着かせるために、いったん温くなったお茶を飲んだ。

「神楽ちゃんは?」

一通り話終えたそよちゃんは、湯呑を両手で包みながらこてりと首を傾げる。どうやら、最初の質問に戻ったらしい。

「好きな人、いますか?」

幸せそうに微笑むそよちゃんは、なぜだか銀ちゃんたちの方をチラリと意味ありげに見る。はて?と私は首を傾げると、そよちゃんはさらに楽しそうにニコリと笑った。

「楽しんでるアルね」
「ええ、とっても」

優雅にお茶を飲むそよちゃんを眺めながら、はてさて彼女はいったい何を楽しんでいるのだろうか?、と考えを巡らす。

「銀ちゃん?」
「いいえ」
「‥沖田?」
「そうです」

なにがそうなのか?
ますます首を傾げる私にわかることは、どうやらそよちゃんは私と沖田の仲を聞きたいようだ、ということだけ。

「んー、沖田かぁ。特になにもないアルよ?」
「それでも」
「えー」

本当に、なにもないのだ。顔を合わせたのだって1ヵ月ぶりぐらいだし、前に会ったのもたまたま公園で鉢合わせたぐらい。確かに昔は会えばケンカで、銀ちゃんやアイツの保護者のマヨによく怒られてたけど、もうアイツは20で私は16、さすがに無暗矢鱈とケンカはしなくなった。会うのだって多くて月に2回ぐらい。それも偶然か仕事かだ。

「沖田さん、神楽ちゃんには優しいですわよ。それに貴女を見る目が何だか甘いです」

口籠る私を見て、そよちゃんは妙に力説し始めた。

「先月のバレンタインだって、たくさんチョコを戴いたのに、彼ちっとも嬉しそうじゃなかったらしいですわ。神楽ちゃん、沖田さんに渡していないのでしょう?」

‥なぜ知っている。というか友チョコ渡すくらいなら自分で食べたい。
そんな私の心情を知ってるくせに、そよちゃんはきれいな笑顔を浮かべて「ね?」と同意を求める。
イヤイヤイヤイヤ、なんの同意でしょうかお姉さん!
思わず内心ツッコミをいれると、笑顔がさらに強くなる。こわい。笑顔がこわいヨ‥お姉さん。

「神楽ちゃん?」
「沖田とは、友だちアル」
「彼、彼女いないらしいですわよ?」

だからなんで知ってるネ!
そう思いながら、こわくてきれいな友だちの笑顔からサッと視線を逃がすと、コチラを見ていた沖田と視線が合った。

「ほら、見てますわ」

くすくす、と可笑しそうにそよちゃんが指摘する。

「ご、護衛だから、見てるのは当たり前ヨ‥」
「私じゃなくて、神楽ちゃんを」
「違うネ、こっちのテーブルを、アル」
「強情なひと。わかってるクセに」

にこりと笑うそよちゃんは、やさしくて生暖かい目をしていて、なんだか無性にこそばゆい。

「沖田とは、ただの友だちネ」

ムズムズする気持ちを誤魔化すように視線をテーブルに向ける。艶々したテーブルの表面は、情なく戸惑っている私の顔を写し出していた。
別に、沖田は私を特別視しているわけではない。ただ私が同年代の他の子よりも頑丈だから、アイツも遠慮せずに付き合えるだけ。気安い関係なのだ。恋だ愛だなんて、そんな甘ったるい関係などではない。

「それに、今のままがいいヨ。アイツとレンアイなんて、想像できないアル‥」

今みたいな気安い関係がちょうどいい。銀ちゃんとはまた違う、けれども安心できる、そんな関係。たまに会って、拳を合わせて、それから他愛もない話をして。日が暮れたら、ばいばい、またね。
それでいい。きっと、近付き過ぎたら怖くなる。一度関係が壊れてしまったら、今みたいには戻れない。今の距離感が、一番いいのだ。

「ふふ、わかりましたわ。でも、もしも神楽ちゃんに好きな人ができたら、教えてくださいね?」

そう笑って綺麗にウインクをするそよちゃんに、曖昧に笑い返す。本当は、誰かとレンアイする自分なんて思い浮かばないんだけど、でも、"もしも"の話だから。もしかしたら、いつか、誰かと想い合えるようになるかもしれない。そうなったら、この親友は手を叩いて喜んでくれるだろう。

「そよちゃんも、がんばってネ」

想い人と結ばれますように。そんな願いを込めてそう言ったら、頬をうっすらと染めて彼女は微笑む。恋は女の子をきれいにする。どうやらそれは、本当らしい。だって、今まで見てきた中で、一番きれいに笑ったから。だから、きっとそよちゃんは今、本当に幸せなんだ。そう実感できて、嬉しかった。







*****



チャイナが笑ってる。
そよ姫と久しぶりに会えて嬉しいのか、いつも以上にコロコロと笑う。だから余計にすれ違う男どもはチャイナを振り返っては頬を赤めて凝視する。まったく、やれやれと言ったところだ。自分が男からどう見られているかぐらい、そろそろ理解しなせィ。内心、そうぼやく。

「総一郎くん、落ち着いて」
「総悟でさァ、旦那。俺ァいたって落ち着いてますぜィ?」

隣りを歩くチャイナの雇主は苦虫を噛み潰したみたいに微妙な顔をして、大きく溜め息をついた。

「アイツ久しぶりではしゃいでるだけだからさ、ちったァ大目に見てやってよ」
「そりゃ分かってまさァ。そもそもあんな目立つ女が2人いたら、見られるのも当たり前ですからねィ」

姫さんと天人の女。しかもどちらも顔がいい。ならば人目を引くのも当然のことだ。

「俺らの仕事は、姫の護衛兼、アイツらの男除け。てかむしろ、神楽がいる時点で護衛なんていらねぇんだから、男除けってのが実際の目的だよな」

神楽も綺麗になっちまったからなァ‥。
そう、旦那はしみじみと言う。何だかその声音に腹が立っだが、得意のポーカーフェイスで覆い隠す。

「見た目ばっかり成長しても中身は単なる雌ゴリラでさァ」

旦那は無言で緋色で瞳を俺に向け、そしてニヤリとイヤらしく笑う。それが余計にイライラさせるものだから、ついつい余計なことが口から滑った。

「いい歳した女と一緒に住んでて、よく平気でいられますねィ」

しまった、と思ったときにはもう遅い。ハッとして旦那の顔を見れば、旦那はチャイナの華奢な背中を見詰めていた。

「まぁ正直?ヤバいときもあるよねー、そりゃさ」

愛しいものでも見るかのような男の視線に、俺は何も言葉を発することができない。

「やっぱ女の子だし?オシャレとか気にし始めちゃってよォ‥。出掛けるたびに「この服、似合うアルか?」って小首傾げながら言われちゃったらさー、」
「‥‥‥‥」
「かわいいなァ、って思うよ、俺も」

緋色の瞳がやわらかく細まる。この男に、こんな顔をさせられるのはチャイナだけかもしれない。そう思ったら、怖くなった。真剣同士の殺し合いでも、そんなこと思ったことないのに。

「ロリコンは、犯罪ですぜ‥」

ようやくそれだけ吐き出した俺を、男は余裕の顔で見下ろす。視線は近くなったが、身長はまだまだ旦那には届いていないらしい。

「ちげぇよ、俺は。‥それより沖田くん、自分のキモチ、ハッキリさせた方がいいんじゃねーの?」
「はぁ‥?」
「気付いてるくせに。お前らホント似た者同士だわ」
「‥意味がわかりやせん」
「ふーん、まだ言うのね〜。うかうかしてっと他の男にとられるぞ」

アイツ最近、超絶モテ期だから。

そう言った男の言葉に一瞬息を呑む。

「‥何ですかィ、そりゃ。まァチャイナも、顔だけはいいんでねィ」

なんとかそれだけ返し、表面上を取り繕う。
知ってらァ。公園で告られてるの何度か見てるし。と、なぜだか声に出来ない想いを内心吐き出す。

「アイツもあのハゲ親父に似なくてよかったわ‥、ってそういや沖田くん」

知ってるー?

と話す旦那の声は本当に何気ないものだった。

「神楽、来月から宇宙に行くんだわ。親父についてってハンターの仕事勉強するんだってさ」










青天の霹靂とは、まさにこのことか。
いや、違う。と内心首を振るう。いつかチャイナが宇宙に行くことは予測できたはずだ。ハンターになることがアイツの夢だってことぐらいは知っていたし、そしたら自ずといつかは地球を去ることもまた当然のことだ。

「うっわ、めんどくさいのが来たな」

1人の世界に入り込んでいたらしい。旦那の声にハッと顔を上げた。
隣りでバカでかいパフェを食べていた男が眉間に皺を寄せる。不愉快そうに見遣る方へ視線を流すと、チャイナたちに放し掛ける男が2人。どちらもチャラい。

「‥行ってきやす」
「おー、頼んだ」

向かうはチャイナたちのテーブル。姫さんは何を考えているのか分からない笑顔をキープして完全に傍観者に徹している。一方チャイナは、微笑むだけの姫さんの代わりに、おざなりに男たちの対応をしていた。

「何してんでィ、ばかチャイナ」

昔は問答無用で番傘で殴り飛ばしていたのに。最近は下手に男に言い寄られることが増えたからか、無難な対応というものを身に着けたようだ。その姿はどうにも苛立たしい。

「警察でさァ。姫さんは今お忍びデート中なんで、用ねェんだったら失せなせィ」

刀の鞘でペチペチと野郎の頬を叩くと、俺の登場に露骨に青い顔をした男たちはそそくさと去っていった。その素早さからして前科もちなのかと思ったが、畜生、もう野郎たちに興味はない。

「さっさと追い払いなせィよ、くそチャイナ」
「うるせー、アイツらがそよちゃんの隣にいたから下手にしたくなかっただけネ」
「はァ?アンタなら問題ないだろうが」
「ここお店。騒ぎにしたら店の人に迷惑アル」

まっとうなことを言うチャイナが憎らしい。そうやって大人ぶって、俺の前から何も言わずに消えるつもりなのか。冗談じゃねェや、ふざけるな。
そんな、今は関係のないはずの想いがぐるぐると頭を掻き乱す。

「はいはい、ちょっと二人とも落ち着いて。そろそろ時間だから店出るよー」

チャイナと俺の間に入った旦那が、さあさあと俺の背中を強引に押す。チャイナは渋々といった顔で立ち上がり、姫さんの隣を歩く。その表情はどこか不貞腐れ気味だ。

姫さんを屋敷まで送り届け、家臣たちからも手厚く見送られた俺たちは、とりあえず新選組に今日の報告をしに行く。といっても、形だけのもので実際は万事屋へ依頼料を手渡すのが目的だ。チャイナは、仕事じゃないからと言って頑なに金銭は受け取らないけれど。頑固なやつだ。

「俺は多串くんに用があっから、神楽は先に帰っといて。暗くなってきたし、沖田くん送ってやってよね」

喧嘩するなよー。
さらりとそう言い残して、屯所に入って行く旦那はヒラヒラと手を振っている。残された俺たちは、少し呆然として、それから未だ尾を引く気まずさに顔を顰めた。

「銀ちゃんああ言ってたけど、私ひとりで帰れるアル」

無表情でそう言うチャイナはさっさと踵を返す。

「ちっ」

咄嗟にチャイナの手首を掴んだ俺は、思わぬ接触に内心動揺。細いくせにやけに手触りの良い肌に緊張する。

「送りまさァ、」
「な、何アルか?なんかお前ちょっと変ネ!」

そう言って腕を引いて逃げようとするものだから、つい掴む手に力が入る。

「いたいアル!」
「あ、わりィ」

謝りながらも手は離さない。ここまできたらもはや意地だ。それに、ここで手を離してしまったら、一生チャイナとは離れたままになってしまいそうで、嫌だった。

「帰りますぜ」
「はぁ!?このままアルか!?」
「いいじゃありやせんか、たまには」
「何がいいのか全然わかんないネ!」

奇遇でさァ。俺も全然わかりやせん。



薄暗くなってきた時分だったからか、それとも若い男女だったからか。それほど注目されることなく、俺はチャイナの手首を掴んだまま互いに気まずい空気の中を無言で歩く。気が付いたらいつもの公園の前まで来ていて、万事屋までの道のりの半分以上を知らぬ間に歩いていたことに内心焦る。

「公園、寄りやしょう」
「別に、いいケド。オマエ仕事戻らなくていいのかヨ」
「今日は姫さんの護衛のあとは、仕事ない」

ふーん、とチャイナは興味なさげに頷いた。
ほとんど日が沈んだ今では、公園で遊ぶ人はいない。静かだった。座ったベンチは少し冷えていたが、触れるチャイナの肌は温かい。無性に、もっとチャイナに触れたくなった。大人になりつつあるその身体を抱きしめたい。その長い桃色の髪に顔を埋めたい。
そこまで考えて、ハッとする。なんだ今の。なんだ今の!

「沖田?」

隣りのチャイナが心配そうに見上げてくる。きれいな瞳と、長い睫。ふっくらと艶やかな唇は瑞々しい。さらりと柔らかな髪が白い首筋に掛かるのが、目に毒だった。

「アンタ、俺に何か言うことあるだろィ」
「オマエに?」

不思議そうにチャイナが首を傾げる。

「何かあったっけ?」

そう言うチャイナは真っ直ぐに俺を見上げる。この、真っ直ぐな目がきれいだ。でも今は、憎らしくもある。
宇宙に行くだなんて、そんな大事なことも教えてくれない。ハンターになったら次いつ無事に帰ってくるかもわからないのに。

「アンタにとって俺は、どうでもいい相手なんですかィ」

気付いたらポロリ、とそんな言葉が口を出ていた。しまった、と思う。チャイナが傷付いた顔をしたのがわかったから。

「な、何アルか、ソレ。オマエは、"友だち"、ダロ?どうでもよくなんかないヨ‥」

"友だち"
その言葉に、バカみたいに傷付いた自分がいた。

「何でィ、"友だち"って」
「だ、だって、たまに会って、話して、喧嘩して。‥どう考えても、"友だち"ダロ?」

不安そうに瞳を揺らすチャイナを見て、ああ、抱き締めてェ、そう考える自分が、チャイナと"友だち"?いやいや、おかしいだろ!

「沖田、さっきからどうしたネ?なんか、難しいカオしてるヨ?」

チャイナが困惑顔で下唇を噛む。あああ、止めてくだせィ。無性にムラムラしまさァ!

「アンタには、俺が"友だち"に見える」
「‥違うアルか?」

少し水分が多くなった双眸は潤んでいる。庇護欲だなんて、チャイナとは全く結び付かない言葉が脳裏に浮かんだ。

「俺には、アンタが女に見える」

どういう意味だかわからずに、チャイナは困惑したままだ。

「今みたいなカオされると、アンタに触れたくなるんでィ‥」

抱き締めたくなるし、キスしたくなる。他の男に笑い掛けるアンタはいけ好かないし、ムカムカする。アンタに言い寄る男は、全部去勢したらいいと思う、俺以外は。

「この感情は、"友だち"じゃ有り得ない」
「なっ、はぁ!?どういうことアルか‥!」
「アンタ、"友だち"とセックスしたいと思いますかィ」
「はっ!?」
「どうなんでィ」
「お、思うわけないダロ!!」
「だから俺はっ!、アンタを"友だち"とは見てないんでさァ!」

ああ、もうやだ。何で俺こんなぶちまけてんの?恥ずかしくて死にそうだが、いい加減認めろ自分!情な過ぎるだろィ!
広がる静寂にいたたまれなくて、ええい、ままよ!と俺は首を振るう。

「だから、」

勢いに任せチャイナの両手を握る。近藤さんや土方さんや、山崎とは違う、小さなほっそりとしたその手を無性に、

「アンタが‥好きなんでィ、」

無性に、離したくないと思った。

「女として、好きなんでさァ‥」

勝手にどっかに行かないでくだせェ。
ひとり残されるのは、もう慣れたけど、やっぱり嫌なんでさァ。








後書き、

6周年記念。
神楽ちゃんは宇宙に行きますが、1週間の体験ハンターです。お父さんの職場見学、みたいな。
なかなかくっつかない2人にじれったくなった銀さんが沖田くんの背中をちょんと押してみました。といってもこの後すぐにくっつくわけではなく、神楽ちゃんはおっかなびっくりでなかなか恋人関係には踏み込めない、というベタな展開です。



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