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秋の空は美しい。太陽の朱色が雲や空、ましてや夜の闇までもに染み渡るのが、何とも言えない壮大な景色を作り上げている。学校の校舎だって、何時もはくすんだ白なのにこの時刻だけは鮮やかで、その色の前では全てが巻き込まれるように、真新しい世界になる。


「沖田ー、きれいアルな」

普段、剣道部である沖田と帰りが同じになる事はまず無いのだが今日はばったり、下駄箱で鉢合わせた。「サボりカ?」と聞いたら、テスト前だから部活は休みなのだと言われた。そんなモノ、すっかり忘れていた。
それから私たちは帰る方角も同じだし、1年半以上という長い年月のお陰でそこそこ会話もするようになったから取り敢えずは一緒に帰る事にした。校門を出て、正面には真っ直ぐ続く道路が。その上には見とれる程に美しい秋の空が広がっている。並んで立ち止まる私たちは、きっと似たようなことを思っているに違いない。

「アンタも、“きれい“だなんて思うんだねィ」

色素の薄い茶色が朱色の光を反射する。吊り上がる笑みが少しだけ優しい。

「あ、当たり前ネ!それぐらいの心はあるヨ!」

キッと鋭く睨んでみても、沖田は飄々と笑っている。その余裕綽綽な態度や意地悪なくせに優しい所とか、あの気まぐれな兄貴に意外なまでに似ていると思う。

兄と沖田が電話越しに知り合ったあの最悪な日曜日。確か銀ちゃんの誕生日前、沖田からの電話を兄に取られて…‥
記憶の中の影を思い起こして瞬時に躯が羞恥で熱くなる。今まで忘れてたのにこんな時に限って。

「チャイナ…‥赤いぜィ?」

覗き込む沖田の顔が目の前に現れた。あの日の後、何ともないように接するコイツは相変わらず考えている事が読めない。

「夕日のせいアル、」
(ヤバいぃ、完全に思い出しちゃったアルぅ!!)

巡り廻る映像がリアル過ぎて、頭の中は正にカオスの状態。目尻の熱が籠って、視界が潤む。目の縁が涙で濡れているのが分かる。


「チャイナ、?」

あぁもう、一生の恥だ。

「泣いてんの?」

頬に添えられた両手に顔を上げられ、沖田の瞳と視線が合う。怪訝そうな表情さえ今では直視出来なくて、息苦しさに身を捩った。

「離すネ!」
「そう言われると離したくなくなりまさァ」
「餓鬼アルかァァア!?」

力づくで暴れてみてもあまり効果がない。と言うか相手も相手でムキになって押さえてくるから、まったく決着がつかないのだ。
校門近くという事もあって下校する生徒の異様な目が突き刺さる。さすがにソレは心地いいもんじゃなく、急いでケリを付けに入ろうと右手を低く構えた時、

「何してんのー?」

聞き覚えのある声がした。と同時に構えた右手を引っ張られる。
バランスを崩した私の躯は沖田の手をすり抜け、そのまま斜めにダイビング。




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