九 | ナノ R-16
「ぃ、あっ、ぁ、…‥っ‥んぁ」
「気持ちいい?お前、ココ好きだもんね」
ベッドサイドに置かれたランプに照らされて、白く艶めく両脚が暗闇の中に見えた。
「ぁっ、‥も、やめっ、て」
大きく開かれた両脚の間に身体を入れて、ひどく愉快そうに男は少女のナカを掻き乱している。
「やぁっ、にぃ‥さま、」
迫りくる快楽から逃れようと震えてる手で肌蹴た男の胸元を押し返すが、力の入りきらない手では抵抗することも出来ない。最も、正常時でさえも力でこの青年に勝つことなど出来なかったけれど。
「にぃさっ、ま‥やめ、てっ‥!っ、ぁ」
「そんなにイヤ?普段のお前はさっさと諦めるだろ?」
上から真っ直ぐに神楽を見下ろしながら、先程までの愉快そうな声音とは違う、冷静な声が尋ねた。
「気分じゃ、ないの‥…!」
本当に嫌なのだと訴えるように、少女は眉間を寄せながら口調を強くして言えば、男は詰まらなそうに小さく鼻で笑って口角を吊り上げる。
「今日は"彼"に会ったから、気分が乗らないって?」
「うぁッ‥ん、」
不意に少女のナカに入っていた指を突き上げられ、神楽は痛みに目を細めた。
「はっ、俺が知らないとでも思った?」
「ん、‥ゃ、め、っうぁ」
くちゅ、ちゅっ、ちゅく‥…
粘着質な水音を立てながら、その行為とは正反対に男は冷静な瞳で少女の様子を見定める。少しでも何かを誤魔化そうとしたら、男はあの"彼"と会ったときのことを徹底的に吐かせるつもりだった。
「今回は仕事上、時間がなかったから仕方ないケド、これ以上"彼"と会ったら、ホントにどうなるか分からないよ」
柔らかい胸元を指先でなぞって、中心の少し左、ちょうど心臓の上に爪を立てる。
「"不可侵協定"なんて、いつでも破ることは出来る。‥俺からならサ」
此方からなら、いつでも"彼ら"を潰すことは出来るんだよ。
そんな意味合いを言葉に含ませながら、男は小さく少女の唇にキスをする。やさしく、慈愛に満ちているようなキスは触れるだけのものだったけれど、再び男が少女にしたキスは、全てを食い尽くそうとするような獰猛なものだった。
「‥ふっ、ん…‥はぁ、っ‥」
絡まる舌の感覚が麻痺する程に、絶え間なく与えられる愛撫は少女の思考を着実に鈍らせていく。
「ぁっ‥はぁ、はっ」
ようやく離なされた唇の間には透明な糸が繋ぎ、途切れた。緩慢に濡れた唇を舌先で舐めながら、兄は口端を上げる。
「ふふ‥。まぁ精々、忘れないようにネ」
「―――ぁっ、ぁあっあ」
そう言って笑った男は、もう十分に熱を持った自らの欲望を、躊躇なく少女のナカに挿れていった。
「っは、はっ、はぁ」
兄の胸に枝垂れ掛かりながら上がり切った呼吸を繰り返す。快楽の抜けきらない四肢を叱咤して、強く瞼を閉じながら腰を浮かした。
「ぁう、っ…‥ん」
ずるり、アレが抜けた感覚に背中が反る。その感覚を引き摺りながら、早くベッドから降りるために身体を起こした。足腰は自由にはならないけれど、そのまま早くシャワー室へと向かわなければ。
早く、早く落としたい。頭は熱中症のように朦朧としていても、その衝動だけが私を動かしていた。兄の残像を、落としたい。それだけが、頭の中を支配していた。
「ぁッ‥…」
「何処に行くのさ‥、神楽。余韻も何も、あったもんじゃないね」
腰に伸びた腕が強引に引寄せる。抗う事の出来なかった私の身体は兄の上に雪崩れ込む。
「‥…痛い」
「こうでもしないと、お前は直ぐに居なくなるだろ?」
抱え込むようにして抱き締める兄の素肌は、汗ばんでいて熱い。私のもそんな状態だから、余計に熱かった。
「本当に、首輪でも付けておこうか」
「‥…悪趣味、ヨ」
苦々しく私が抗議したら、兄は緩やかに両目を細めて私を見詰める。明かりの少ない室内ではぼんやりとしか兄の輪郭が見えない。どうせなら何も見えない程に真っ暗闇がよかったのに。
「いいじゃん、一生逃げれなくするための首輪と鎖。ステキだろ?」
「そんなもの、私が付けたらどうなるか、分かってる筈よ」
「はは、そうだね。親父やお前の信者たちが煩さそうだ」
そう言って笑った兄は耳元に唇を寄せて、甘やかな口付けを落とす。
「そうヨ、必要ないわ」
そもそも首輪と鎖なら、もう貴方は立派なものを寄越したじゃない。
彼ら真選組を盾に、貴方が得る筈だった地位も名誉も全て捧げて、そうして私をこの組織に縛り付けたじゃない。
「まぁ俺には、このピアスがあるからね‥」
キラリと夕日色に光るピアスごと兄は軽く耳朶を食んだ。私の右耳には毎日、必ず決まった石のピアスが付く。それは、兄の左耳もまた同様だった。私たちは同じピアスを左右方耳ずつ付けている、まるで互いが互いの片割れのように、同じものを共有している。
「今日はカーネリアンで、明日はどうしようか。深い黒のオニキスもいいけど、深紅のガーネットもいいな」
唄うように話す兄は恍惚に微笑んだ表情で明日のを語る。その日何を身に付けるのか、それを決めるのはいつも兄だった。
「お前には深い色が良く似合う」
背中に掛かる私の髪を優しく梳きながら、まるで愛を囁くように兄は語る。それに私は視線を下げて本当に小さく、そして無駄な反抗を試みた。
「ラピスラズリが、いいわ‥」
5つ年の離れた兄は、昔から強引で唯我独尊な所があった。それでも私が何かお願いをすれば大抵の事は了承してくれて、私に対してはどこか甘い人だった。
「ふふ、珍しいね。お前が何かを望むなんて‥」
その甘さが私には嬉しかった。だって、普段の兄は能面のような微笑みを浮かべ、躊躇なくどんな人間の命をも奪ってしまう、そんな人だったから。だから、私への甘さは、兄の優しさの証のように思えた。兄にはまだ、救いがあるように感じられた。
ただあの当時の私は、それが兄との関係を変えることになった"あの日"に繋がるとは、考えてもみなかったけれど。ああでも、父だけは危惧していたのかもしれない。何故なら父は、あの感情を一身に受けてきた人間だったから。この組織の主として求められる、『絶対強者』の理想を。
どんな者よりも強く、弱みなどない存在。そうである事を求められ、誰も対等に接する事など出来ない孤高な存在であった筈の兄が唯一甘やかしている私に、その理想を熱狂的に支持する者たちが反発を抱かない訳がなかった。そんなの、今考えれば明白な事だったのに。あの当時の私は、盲目な彼らの純粋なまでのその執念を分かっていなかった。
「良いよ、ラピスラズリ。明日の朝、新しいものを届けさせよう」
首筋に唇を寄せて、小さく吸う。ピリリとした痛みと同時にツキリ、と胸が痛んだ気がした。それでもその感情に蓋をするように、私は重い瞼をそっと閉じる。
「ああ、眠るの神楽?‥お前に訊きたい事があるんだケド、仕方ないなぁ…」
兄は呆れたように溜め息を吐く。意識の沈みかけた私には、その音がひどく遠く聞こえた。
「あの金髪の護衛の事、少しの間だけ不問にしてあげる」
だから、さっさと飽きて捨てるんだよ。
じゃないと俺、我慢しないから‥。
そう、言葉を続けた兄の腕の中で、私は深い眠りに入る。意識が途切れるその瞬間、きれいな緋色の瞳の彼が脳裏を過った。
我慢しなかった時の兄の行動も、そうして失われていくものも、十分に私は見てきた。
だから金チャン‥…、もう、きっとお別れね。
貴方のその瞳の強さが気に入って、気紛れに護衛として雇ったけれど、さすがに貴方と神威を対峙させる事は出来ないの。
仕方のない事‥…、ええでも、残念だわ。
貴方の瞳、本当に、きれいだったから‥。
もう少し、見ていたかった。
見ていたかったな‥。
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