晩秋の黒貴 | ナノ
はらり、
はら、はら
紅いもみじが、地面に落ちる。
苔に覆われた石畳を散ったもみじが染めていた。
ぱちり、
ぱち、ぱち
火鉢の中の炭がはぜる。
微かな赤い火が少しだけ強くなった。
8畳ほどの小さな個室。
縁側に面した室内は、古びた硝子窓越しに晩秋の庭先が見えた。
「ねぇ、」
耳に馴染んだソプラノが呼び掛ける。
14、15歳ほどの少女が、外を眺めながら言った。
「地球(ここ)は、きれいアルな…‥」
遠い深海のような瞳が、紅く染まったもみじを見詰めていた。
「もみじも、苔も。古い硝子窓も、畳の匂いも」
自然と仄かに紅を帯びる唇が、ゆっくりと動く。
長い睫毛が目元に仄暗い影をつくっていた。
「みんな、きれいアルなぁ‥」
じんわりと染み込むような、けれども何処か空な声だった。
深みのある臙脂の着物に更紗華紋の入った枯葉色の帯を身に付ける少女は、僅かにその細い手足を覗かせて、座っていた。
くずれた足は小さく、白い。白絹のように、傷一つなかった。
「秋が、好きか?」
男が尋ねた。
忍び寄る夕闇のような、気配のない静かな声だった。
「好きヨ…」
男の問いに少女は答える。
庭先のもみじを眺めたまま、長いこと少女は動いていない。時を忘れ、己を忘れて、見詰めていた。
「神楽‥」
男が呼ぶ。
少女は、動かなかった。
はらり、
はら、はら
硝子の外では、紅いもみじが地面に落ちる。
「神楽、」
音も立てずに、男は少女の背後に寄った。
微かに、衣擦の音がした。
「ぁっ‥…」
ぱちり、
火鉢の炭がはぜる。
男は晒された少女の首筋へ口付け、そのまま畳へと小さな身体を倒していく。
散らばる髪と乱れる着物に隻眼を細めながら、男は少女の身体を畳に縫い付けた。
「なぁ、に‥?」
遠い深海のような瞳が男を見詰める。丸い瑠璃石を想わせる、深い青だった。
硝子越しに入る陽が少女の瞳に当たり、きらり、と光らせる。
逢瀬の度に、男は少女の着物を選ぶ。
今回の着物も、この少女の存在を深め、そして悠然としたうつくしさを引き出していた。
遠く、深く、掴み処のない。
この少女はその幼さに反して、深淵のある色がよく似合う。
男は、少女の手首を取った。
透けるように白い肌へ口付ける。そして男は、黒曜石のような隻眼を少女へと向けた。
「俺を、見ろ」
逸らされることのない、真っ直ぐな瞳だった。
「‥…晋助」
この瞳が、少女は好きだ。
初めて会ったあの満月の夜から、獣のようなこの黒曜石は少女を捕らえ続けている。
「ずっと、俺だけを見ていろ」
混じり気のない黒は、貴い。
少女は、そう思ている。
「ふ、‥…妬いてるのカ?」
冗談目かして、少女は笑った。
いくら自分が外ばかり見ているといっても、それに妬くような奴はいないだろう。そんな意味を込めて、少女は笑う。
けれども、その考えに反して男は不機嫌そうに隻眼を細めた。
「笑うな、逃げるな、誤魔化すな」
咎めるように男は少女の手首に力を入れる。
きしり、骨が軋むようだった。
「俺から目を逸らすことは、赦さねぇ‥」
深く逃げ場のない暗闇の中に、永劫、消えることのない篝火のような強さを秘める黒曜石の瞳が少女を見据える。
その瞳にうっとりとした恍惚を滲ませながら、少女は目を細める。
「神楽、」
少女はどこにも黒を持っていなかった。
(見てる…ヨ、)
赤も橙も蒼も翠も。
どの色もきれいだと思うけど。
これ程までに尊く、そして魅せられる色は、この男の持つ黒だけだった。
「どんな時も、お前が囚われ、魅入るのは、」
混じり気のない黒は、尊い。
その色だけが、少女の魂を突き動かす。
「全て、俺だけだ」
この男の持つ黒になら、呑み込まれてもいい。
少女はそう思った。
後書き、
4周年記念小説
高神、原作、(ちょっと)艶っぽく、嫉妬
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