秋の夕暮れ、教室あかく、笑う君もまたあかし。 | ナノ


秋の夕方は、酷くきれいだと思う。
あかい夕陽の光が教室の中までも、あかく染めていた。


「3時間目、なんだっけ?」

チクタク、時計の音がする教室で沖田が尋ねる。

「にほんし」
そう端的に答えると、ああ、と沖田が頷いた。
黒いボールペンが紙上を走る。さらさらと沖田が日誌に文字を書き込んでいくのを、何気なく目で追った。この男の文字は意外と整っていて、読みやすい。

「欠席っていたかねィ?」
「んー、ああ。たしか新八が風邪引いて休んでたヨ」

昨日から赤い顔をしていた新八を思い出す。
姉御から聞いた話だと、どうやら秋の雨に当たったらしい。熱はそこまで高くないけど、咳と頭痛が酷いようだった。

「あー、地味すぎて忘れてた」
「…ひどい奴アルな」

ふぅ、と溜め息を吐く。
まぁ、新八が地味なことには賛成だけど。

「‥…よし。チャイナ、上の方書きやしたぜィ」

ほら、と沖田が渡した日誌をちらりと覗ければ、記入欄の上部だけがきっちりと黒い文字でうまっていた。

(意外とまじめ、だよナ)

白かったはずの日誌のページは、あかい夕陽に当てられて、あたたかい橙色になっている。それを持つ沖田の手も、夕陽のあかに染まっていた。
ふで箱の中から黒いペンを手探りで取り出す。視線を下にずらして、何にも記載されていない殺風景な空欄を見た。

「今日一日の感想、って‥。"特になし"じゃ駄目アルか?」
「んなことしたら銀八に突き返されまさァ」

沖田の真っ当な返答に僅かに眉をしかめる。
たしかに、突き返されそうだ。それはそれでメンドクサイな。だったら先に書いておいた方が楽な気がしてくる。

「うーん、感想アルかぁ‥?」

感想、感想、感想、感想‥…。
あれ、感想ってなんだっけ?

「めんどくさい」

結論が出た瞬間、ギブアップのジェスチャーとして、さっさと手にした黒ペンを放り投げる。カランコロン、軽い音を出しながら木の表面をペンが転がった。

「…早くしなせィ。アンタが書いてくれねェと帰れないだろィ」

沖田が呆れたように溜め息を吐く。
わざと眉間に皺を寄せて苦言を言う様は、コイツの部活の先輩のトッシーと、どことなく似ているように見えた。

「今のかお、トッシーと似てるヨ」
「はぁ?縁起でもねェこと言うなよ」

眉間の皺が深くなる。本当に不快に思っているらしい。

「でも、トッシーの方が様になってるよナ」

フォローでも何でもなく、何気なく口にした言葉は、ますます沖田の機嫌を下げたらしい。だんだん、目が据わってきていた。

「‥アイツは、目付きが悪いんでィ」
「オマエの顔立ちもあると思うけどナ」
「……‥、」

あれ、また機嫌が悪くなった気がする。

「何が言いたいんでィ…‥」

低い声音に据わった目。
これは完全に、怒っている、と思う。

「別に悪く言ってないヨ。オマエは単に、"美少年風"なんダロ?」

フォローは得意ではない。だから、思っているままのことを口にすれば、沖田は無表情のまま器用にも、驚いているようだった。

「だ、誰が言ったんでィ‥!」

僅かに頬を染めて怒る様は、成る程たしかに、"美少年風"だ。

「姉御、」
「はァっ!?意味が分かりやせん!」

普段は飄々としているこのクラスメイトが、今や頬を染めて悔しそうに憤っている。
なんだかそれが、可笑しくて。思わず噴き出して笑ってしまえば、沖田はさらに怒ったように睨んでいた。

「いーじゃないかヨ。いちおう、誉められてるアルよ?」

そう沖田に笑いかければ、視線を外して拗ねたように窓の外を睨む。

「"いちおう"、だろィ…‥」
「気にしないでヨ。姉御、今は"美少年"でもあと2年もすれば"美形"になる、って言ってたアル」

2年後ということは、私たちは3年生。18歳だ。
2年先のことなんて想像つかないけど、それでも姉御がそう言うのなら、もしかしたら本当にコイツは"美形"になるのかもしれない。
そう思って、その端正な横顔を眺めていたら、ふいに沖田が振り向いた。

「チャイナはっ、‥どう思うんでィ?」

緊張しながらも、どこか真剣みを帯びた表情をするクラスメイトと視線が合う。
40pあるかないか。これが私たちの間の距離。
近くもなく、遠くもない。つまりは、ちょうどいい。

チクタク、時計の音が教室にこだまする。

「さぁナ」

あかい夕陽が、彼の顔や髪をあたたかい色に染めていた。それが少しだけ眩しくて、僅かに目を細める。

「でも、そうならないといいな、って思ってるヨ」

そんなふうに口にすれば、目の前の沖田が不安そうに見詰めてきて、なんだかこのクラスメイトはこんなにわかり易い奴だったかと、胸がくすぐったくなった。

「だって、オマエに彼女ができたら、さみしーアル」

だけどやっぱり可笑しくて。
耐えきれずに少しだけ笑ってしまえば、沖田はあかく染まった顔のまま目を見開いていた。












*****


「5時間目、なんだっけ?」

黒ペンをくるくる。思い出せそうで思い出せずに、目の前に座るクラスメイトにそう尋ねた。

「世界史。第一次世界大戦とその後の国際関係について」

耳触りのよいテノールは、人影のない教室によく通る。

「あー、思い出したネ」

沖田に言われたとおり、0.5の黒ペンで見慣れた丸文字を走り書く。残り僅かな空欄を埋めるため、せっせと右手を動かした。

「‥よし!ほら、後は沖田アル」

半年間以上、クラスメイトたちの手を回り今やヘロへロになった日誌を沖田に手渡し、もう使う予定のない黒ペンをさっさとふで箱の中へと入れた。

「‥今日一日の感想、ねィ」

残った空欄を見詰めながら、ぼそりと沖田が詰まらなそうに口にする。
机に肘をついてダラリと座る姿は、なんだか普段の澄ました姿とは違い、随分と年相応に見えた。

「オマエ、よくそんなんで学園の"王子サマ"なんて言われるアルな」

思わず呟いた言葉には、少しだけの親しみと盛大な呆れが入り混じっている。そんな私の言葉に沖田は腹黒い、けれどもきれいな笑みを向けてキッパリと答えた。

「"王子サマ"になった覚えはありやせん」

この1年からのクラスメイトは、年を追うごとに大人びていき、今では一部の学生から学園の"王子サマ"だなんて、薄ら寒い通称で呼ばれている。
最初の頃は随分それをからかったが、沖田を見る女子の目を見ていると、ほんとにコイツはこの子たちにとっての"王子サマ"なのだと、否応なしに理解して。それからは、からかうよりも「コイツは(サドスティック星の)"王子サマ"なんだ」と、適当に解釈することにした。

「にしても、モテるアルなぁ」

誰が、とは言わない。言わずとも伝わるから。

「さっきも告白されてたんダロ?まぁ、おかげで今日一日の感想、書かなくて済んだけどナ」

そうラッキーだったと笑って言えば、いつの間にか沖田は黒い笑みを引っ込めて不機嫌だと言わんばかりの仏頂面になっていた。

「‥なんで、知ってるんでさァ」
「新八が、沖田は女の子に呼び出されたって、‥?」

授業後、日直の仕事をしようとクラスメイトの沖田を探していたら、新八が沖田は隣のクラスの女子に呼び出されたのだと教えてくれた。大かた何の用かは予想がついたから、さっさと日誌の前半部分を書き込むことにした。
結局、沖田が教室に戻って来たのは、午前中の授業内容が書き終わろうとしたときで。ついさっき女の子に告白されたというのに相変わらず沖田は表情一つ変えず当たり前のように私の前の席に座ったから、さすがに内心驚いていた。

「気にならないのかい、」

少し前のことを思い出していると、掠れた、それでもしっかりした声で尋ねられた。
ピクリ、と反射的に沖田の瞳を見る。軽くトリップしていたため、一瞬、沖田の言った言葉の意味がわからなかった。

「告白の答えのこと?」

そう尋ねれば、沖田は無言で頷いた。
秋の夕陽が、彼の緋色の瞳をより深みのある色に見せている。

「だってオマエ、べつにその子のこと好きじゃなかったんダロ‥?」

なんで、彼女つくらないアルか?
昔、沖田の身長が伸びて雰囲気が大人び始めたころ。月一のようにやってくる女の子の告白をすべてあっさりと断るものだから、どうしてなのかと尋ねたことがあった。

「"好きだったら、自分からいく"」

真面目に澄ました顔をしながら、その時このクラスメイトは、そう答えたのだ。

「沖田、そう言ってたアル。だから、オマエから告白しなかったってことは、その子とは付き合いたいと思ってない、ってことネ」

ようは、好きだったら告られる前に告るのだ、この男は。
だから、コイツがどんな告白を受けても、その結果は聞くまでもないことだった。

「違うアルか?」

僅かに目を見開いて驚く沖田に、首を傾げて確認してみる。

「ア、ンタ‥、覚えてたのかィ」

沖田は言葉を詰まらせながら、僅かに顔を赤くさせた、気がした。はっきりしないのは、教室に入る夕陽のせいだ。正確にはよくわからない。

「覚えてるヨ?そこまで記憶力悪くないアル」

たしかに暗記は得意ではないけれど、それぐらいは覚えている。そう思って沖田を見詰めると、どこか戸惑ったような視線と目が合った。

「沖田‥?」

なかなか合わさった視線が外れなくて、今度はこっちが戸惑ってしまう。

「チャイナ‥、」

掠れた声で沖田が呼んだ。

「?‥やっぱりオマエ、顔赤いアルか?だいじょう、ぶ‥…っ?」

心配になって、熱を測るため沖田の額に触れようと手を伸ばしたら、急に骨ばった大きな手に掴まれた。


「好き、でィ」

力強い緋色の瞳が、真っ直ぐに見詰めていた。

「アンタのこと、ずっと」

やんわりと、手を握られる。
触れる肌は、あつい。

「好き、なんでさァ」

真剣な眼差しが、あつい。
あつくて、あつくて。
夕陽のように自分の顔があかくなっている気がして、なにも考えられなかった。
そんな私を見た沖田は、秋の夕陽に負けないくらいにあかくなって、それでも嬉しそうに笑っていた。



秋の夕暮れ、教室あかく、笑う君もまたあかし。

それが、どうしようもなく胸をきゅっとさせて、震える指先が無意識に沖田の手を掴んでいた。














後書き、


4周年記念

沖(→)神からの沖神、現代パロ、甘酸っぱく、ほのぼの


今日一日の感想:幸せ


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