残香 | ナノ
乳白色と薄いピンクの見事な色調の皮をそっとめくって、みずみずしい果実を前に口内が潤う。軽く口付けすれば甘い香りが染み込んで、渇いた身体はひどく喜びに満たされた。
「美味しい?」
「うん!おいしぃー!」
ニコニコと微笑む妹の手には半分程かけた桃の実が大切そうに包まれていた。先刻、父親である海坊主が土産と言って置いていったのは3つの桃。聞いたことも無いような星の名産品らしく、それらが母と子、それぞれ分あったのには驚いた。
(あの男も、こんな事をするんだね。)
「ごちそぅさま!」
「あり、もう食べちゃったの?
早いなぁ神楽は。」
「だってパピーがくれたこれ、すごくおいしぃよ。かぐら、好きぃ。」
畳に投げ出してある、真っ白で傷のない左右の足をバタバタとさせながら、隣にいる神楽は未だに好きだと嬉しそうに言う。
「神楽、兄ちゃんのあげる」
じぃっと見つめる蒼の瞳は水に溶けてしまいそうなまで澄んでいる。
「だめぇ、兄ちゃんのがなくなっちゃう!」
「兄ちゃんは良いの、神楽が食べてくれれば。」
「う"〜」
しかめっ面をし一生懸命に迷い考える幼い夜兎の彼女は、まだまだ汚れを知らない綺麗なままで、
少しだけ、愛しくも哀しくもあった。
「おいで、」
大きく手を広げれば直ぐによってくる小さな妹。
あぐらをかいている膝に軽い体を乗せ彼女の背中と自分の胸板をピタリとくっつける。うなじから溢れる柔らかい桃色がくすぐったい。
「ほら、兄ちゃんが剥いてあげたから口開いて。」
少しずつ変わっていった桃の形も、終には種だけになった。握り隠せる程のサイズのそれをゴミ箱に向かって投げ捨てる。金属製だからか、何とも言えない間抜けな音がした。
「せっかくパピーが買ってきてくれたのにかぐら、兄ちゃんの分も食べちゃったょ。」
「良いの、兄ちゃんがあげたんだから。」
神楽が食べなかったら捨てるつもりだったのだから別段、問題はない。
(アイツが持って来たもんなんか要らないし)
「それに、神楽の手から桃の匂いがする。それで十分だよ。」
可愛い自分の妹は、小さく首を傾ける。大きな蒼の瞳に光の線が入った。
「かぐらの手から?」
不思議そうな顔におかしくなってつい微笑んでいた。
「うん、神楽の手は甘いよ」
自分と同じ白い手。だけど血の鉄臭さなんてしない、あるのは甘美な桃の香り。
そこだけは、決定的に違うのだ。
「ん〜、くすぐったぃ。」
ついばむ様にしたり甘噛みしたり暫く遊んでいると、下から見上げる少女の頬が薄く桃色になっていることに気が付いた。
(ホント、可愛い過ぎて困る。)
兄としてはいけない事でも、それはきっと今だけ。彼女が大人になったその時は、必ずこの子の全てをもらう。
そんな希望を何年前から抱いていたか。覚えてるわけないけど、物心ついた時にはそれが当たり前だったのだ。
何なら、いるはずもない神様とやらに頼んでみようか。
“この子を下さい”ってね。
そしたら神様、
神楽は俺だけのになって、
アンタの事は、
そうだな、まぁ、殺さないでいてあげる。
だけどもし、
神楽をくれないのなら、
俺の爪はアンタの血で
染まり上がるから。
残香
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