ピンクのトキメキ | ナノ




ふと、目を覚ますと辺りは真っ暗闇で、あぁ何時だろうかと頭を回す。
襖を開けて、冷えた空気に静かな明るさを感じた。時計の針は、5時少し前。

顔を洗って、お気に入りの赤のチャイナ服を着る。手慣れた手つきで髪を結んで、玄関でブーツを履く。寒いだろうと、買ってもらったばかりの淡い桃色マフラーに首元を包まれて、いつもの藤色の傘を手にした。


「ふぁあ、」

欠伸が一つ、吐いた息が白く浮かんだ。









ピンク

トキメキ






朝の散歩は好きだった。今日みたいに早く起きてしまった日には、こっそり万事屋を抜け出して、朝の歌舞伎町を散策する。夜みたいな華やかさはなくても、この町には生きている気配があった。あの町とはまったく違う、故郷が嫌いなわけではないけれど、あそこには思う事が多過ぎるから。

草花に纏う朝露が、ブーツを濡らし、そんな些細な事にさえ彼女は微笑みを見せた。穏やかに流れる小川の土手を一人の少女が立っている。昔馴染みの傘を片手に、朝の空気をその身に纏わせ、静かな日常に瞳を閉じた。



「何してんでィ、」

声の方へと、視線を向ける。栗色の髪の毛を朝日が透る姿に、綺麗かも、表情を変えず密かに見惚る。

「お前の方こそ、何してるネ」
「質問を質問で返すんじゃねェよ、阿呆チャイナ。」

普段の真っ黒い隊服ではなく、あまり見慣れない袴姿の沖田に神楽はただただ、蒼い瞳を向けるだけ。


「散歩でさァ。」

ちゃんと答えてくれたのか、意外だと思った。けれども、彼女の口は開かない。言葉を話すのが、少しだけ億劫だった。まだまだ、身体は眠っていたいようだ。

「寒いねェ」

独り言のような呟きにこくり、頷く。
隣に立つ沖田を見詰めて、何を話すわけでも、何を伝えるわけでもない。彼もまた、それ以上は口を開かなかった。



「ふぇ…‥?」

ミルク色の肌を冷えた指先が掴む。何だコイツは、不愉快を表す彼女の眉間は意味不明な男の行動に対してのもの。引っ張られたり、突かれたり、人様の顔を何だと思っているんだ、サドヤロー。


「はっ、やわらけェ」

サディストらしくない、子供みたいに笑うから、心臓がどくん、胸が苦しい。むず痒いような、切ないような、そんな想いを彼女は知っている。すれ違う度に声をかけてくれる、そんな事でさえ嬉しくて、何時からかそれを期待する自分がいる。(期待なんて、嫌いなのに。)



「は、離すヨロシ、」

流石に恥ずかしくて、顔を背けて抵抗するも沖田の両手が頭を固定した。間近で見えた紅い瞳に彼女の頬は熱さで染まる。

「チャイナ、」

近い、
息がかかりそうなまで、相手の顔が近くにある。真っ直ぐ通った鼻筋に形の良い薄い唇、唐突過ぎて固まっている彼女には、視線を逸らす事も、ましては逃げ出す事も出来なかった。


「キス、して良い?」
「ぇ、」

唇に感じる温かさに身体が震える。触れて、離れて、また触れる。啄むように優しくされて、相手の服を掴まなければ倒れてしまいそうだった。驚きは一瞬で後はただただ、真っ白な頭の中。
呼吸の仕方が解らなくて、離された時には息が上がってしまう。肺が苦しい、心臓はもっとだ。沖田の顔が見れなくて足元を向く。考える余裕は、何処にもなかった。



「俺はねィ、」

ゆるりとした声が聞こえる。

「付き合うって意味が解らなかった。好きならそれで良いじゃねェか。どうしてわざわざ、関係を表す必要がある?」


顎を上げられ視線が絡む。真っ直ぐな彼の瞳に捕まってしまった。

「けどねィ、

今なら、悪くねェと思うんだ。理由なんかなくても、そう在りたいと願う。」

蒼い瞳が朝日に煌めく。朱い頬に彼は笑った。


「お嬢さん、」



思いが伝わるその瞬間、

「俺と、付き合って下せェ」



ピンクのトキメキが、
彼女を包んだ。










後書き、

かわいい神楽ちゃんが好きです。真っ直ぐな沖田君に泣けます。
前はシリアスだったので今回はちょっとほのぼのに。



.

- ナノ -