秋風は愛しい彼女に離別を促す。 | ナノ
「別れるヨロシ。」
放課後、朱色の夕日とまだらに染まる雲が美しい秋の空の下、俺は彼女、同じクラスの可愛い可愛いチャイナ娘、にフラれた。
「は…‥‥?」
「別れて欲しいネ。」
「え‥…ちょ、はぁ!?」
何でこんな事になっているのか?昨日まで普通にしゃべって、一緒に帰って、最後にキスだってしたのに。
「ぇ、なん、で…‥?」
やば、ショックでか過ぎ。
何か泣きそう。
「かぁーぐらー?」
この世の終わりが如く絶望している最中、聞き知らぬ男の声が彼女の名前を呼ぶ。
え、浮気!?
「今行くアルっ!!」
何でそんな焦ってんでィ!
考えれば考えるほど、思考回路は急降下をしてゆく。例えば、自分と一緒にいる所を見られたくない、とか。
走り去る小さな背中を捕まえる事も、納得するような理由を聞き出す事も、ガラスのような自分のハートがこうとまで砕かれてしまった今では、もはやただただ、立ち尽くすしか他はなかった。
修復は、不可能である。
*****
「理由は、?」
最後に会ったのが金曜で、今日は月曜、2日ぶりの会話になる。家の場所ぐらいは知っていても、会いに行く勇気は、ずっと行方不明のままだった。
(好きな男ができたとか、有り得ないから。)
朝、登校してきたばかりの彼女をこの屋上へと連れてきた。奮える声をなけなしの意地で正常に保てば、言葉は自然と溢れ落ちる。
何で、とか、いきなり過ぎる、とか。そして一番聞きたくて、けれども知りたくない疑問を口にした。
「好きな男が、できたとか?」
真っ直ぐ見れずに地面をさ迷っていた視線を向ければ、そこにはあの青色が、自分を写す心底惚れたあの青が、悲哀にも似た感情を滲ませていた。
「違うアル、」
左右に動く首は否定を表し、再び
「違うのヨ、沖田‥…」
はっきりとした静かな声にあぁ、彼女の意志は揺るがないのだな、と分かった。そこに惚れたくせに、今では憎たらしく思える。
「納得できねェ…‥
何で、別れたいんでィ?」
泣いてしまいそうなのを我慢して彼女の表情を探ってみると、やはり、悲しみも苦しみさえもがその白く幼い顔にはありありと浮かんでいた。
肌寒い北風が髪の毛を騒がし、乾いた空気が肺に溜まる。ようやく気持ちが静かになり始めた。
こんなにも頼りない身体の彼女はそれとは正反対の、強過ぎる決意と覚悟をもって、あの澄んだ青を、まるでこちらの弱点だと知っているかのように、容赦なく向けている。
「兄ちゃんが、帰ってきたネ」
指先までもが停止したのに、脳みそだけは彼女の声も姿も、全てを鮮明に写し出す。
「ずっと昔に出て行って、マミーのお葬式の時だって帰って来なかったような馬鹿兄貴アル」
北風が走る。
彼女との距離が遠くなる。
「でもネ、沖田」
語りかけるようなソレは、彼女の想いも俺の想いも、色んなものを滲ませていた。
「あんなのでも、兄ちゃんなのヨ
私の、兄ちゃんアル」
北風が走る、彼女を乗せて。
北風が走る、残したものを振り返らずに。
「一緒においで、って、言ってくれた」
嬉しそうに微笑む姿を懸命に記憶しようとする自分は、きっと分かってしまったんだ。彼女はもう、選んでしまったのだと。
「俺が、嫌いになったとかじゃないんですかィ、」
「好きヨ。お前の捻くれた真っ直ぐさが、私は好きアル」
お別れのハグみたいに、優しく触れるだけの抱擁をする彼女に、少しだけの力と少しだけ未練を込めて抱き返す。
「ごめん。自分勝手だナ、私は」
「勝手でィ、」
「ごめんね、好きヨ。さよなら、沖田」
「‥俺も、好き…‥」
翌日、学校にも、あの家にも、彼女の姿は何処にもなかった。銀八も、姐さん達も、理由の分からない彼女の失踪に困惑していて彼氏であった自分に思考の矛先が向かうのは当然の事で。彼女が選んだ事だと言った時、銀八だけは、「そうか、」と言った。何がそうなのか、理解は出来なかった。
あの日から2年が過ぎた。彼女を忘れられずに叶いもしない望みを持ったまま、時間だけが、怠けもせずに過ぎて行く。
「馬鹿か、俺は」
あいつがわざわざ縁を切って行ったのだ、戻るつもりなど、ないのだろうに。
気が付けば彼女の跡を探しているだなんて、無駄な事だと言うのに。
神楽、会いたい、
「会いたい、でさァ…‥」
後書き、
シリアスは難しいです。
古川
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