邯鄲の夢 | ナノ

2年後未来





人の命が散るのは、蝋燭の炎が消え入るように儚くてちっぽけだ。
それを理解したのは、生まれてからどのくらいだろうか。物心つく頃から自分はすでに、その事実を受け入れていた。


「神威、チョコレート」

淡く赤い唇を開けて待つ神楽の口に、小さく折った甘いミルクチョコレートを入れてやると、大きな碧眼が満足げな猫のように細まった。
上機嫌にチョコレートを味わう妹の長く細い薄桃色の髪を指先で弄る。
ここ1年でよく伸びた、と僅かに感心。自分のものよりも幾らか長いだろう髪の毛先に軽く口づけた。仄かに香る桃の香が心臓を締め付ける。

「雨、やまないアルな‥」

じめったい雨の匂いには地面の土や落ち葉の匂いも含まれていた。これは、秋の匂いだ。

「遊びに行きたいヨ、」

どこか寂しそうに呟く妹の長い睫毛が白い頬に薄影を作る。
つくづく、この妹の造形美には魅入ってしまう。そんな自分が可笑しい。そんな感情、どこで見付けてきたのか。

「近くの神社で菊祭りがあるらしいよ‥…、行ってみる?」

気まぐれで提案してみれば、素直な碧眼は嬉しそうに煌めいた。

「行く!」












冷えた雨水が傘を打つ。傘の柄を持つ手は冷たいが、触れ合う右手は温かい。
神社の境内は丸い小石が敷き詰められ、鉢に植えられた菊の花弁が狭い敷地内を万遍なく白と黄色に埋めていた。

この雨のせいか、人影のない境内はどこか異世界のようだった。
地獄というのは、こんな所だろうか。そうだったらいいな、と思う。

「神威、?」

もしも、
もしも死んだ後にも世界があるのなら、そこが地獄と天国に別れていたら、俺とこの子はきっと、共にはいられないだろう。

「んーん、大丈夫」

だったらせめて、地獄はこんな所がいい。人間も鬼も、何もいない。菊に囲まれながら、この子との思い出に浸っていよう。

「神威、‥…」

白い手の平が頬を撫でた。

「なんか、淋しそうアル‥」

見上げてくる瞳の水分の多さに、何故かふと泣きたくなった。

「ふふ、‥そう見える?」

そんな感情をごまかすように微笑めば、神楽の眉は僅かに下がる。

「お前が淋しいと、私も淋しくなるヨ、」

細い腕が伸ばされる。抱きしめるように触れられると、その温かさから抜けられない。
嗚呼、この子はどこまでも甘く、温かい。溶けてしまいそうだ。溶けて、脆くなってしまう。

「俺も、‥…昔はそんな感情なんて、なかったのに。
‥俺、弱くなったかも」
「ほぉ、弱気アルな。
どうしたアルか、神威くーん。神楽様に話してみるヨロシ」

悪戯気に笑う頬は白く柔らかい。
濡れた唇は仄かに赤く、この胸を詰るような衝動を加速させる。

「かむ、ぃ?‥‥…ん、ぁ」

感情の赴くまま少女の唇に噛み付けば、ゆっくりと長い睫毛は伏せられた。


雨と菊に囲まれた二匹の夜の兎の行く末は、それこそまさに神のみぞ、知る世界。









【3周年お礼:その3】
兄神、原作、両想い、その他(未来)、ほのぼの、シリアス


.

- ナノ -