落ち葉は廻る、くるくると。 | ナノ 大学生2年 神威
高校生1年 神楽
「あ、おはよう、神楽」
私は10年以上、同じ人に片思いをしている。そしてこの恋は、きっと叶うことはない。それは悲観でも何でもなくて、単なる現実だ。悲しいだなんて感情は、もはやとっくの昔に、私の中から抜け落ちた。
「ん〜、おはよぅ」
わざと眠たいふりをして、チラリと兄の様子を伺い見る。うん。エプロン姿の兄は、今日もなかなかカッコイイ。
「行ってきますヨ〜」
笑顔で手を振る兄を視界の端で捉えながらアパートのドアを閉める。ガチャン、と僅かに聞き慣れた音と共に溜め息を一つ、盛大に。
「‥……よしっ、」
じめったいこの感情を強引に薙ぎ払う。さぁ、学校へ出発だ!
さらば、私の片思い。
しばしお休み。私の奥のおーくで、静かに眠っておいてくれ!
「あの、‥…ずっと好きでした」
紅葉が舞い散る校舎裏。その紅色に負けないぐらいに頬を赤くした男の子と向き合う私の頬は、秋の寒さとよく分からない胸の高鳴りで僅かに赤い。
「ぇ、?‥ぁ…‥と、」
早打ちする心臓が憎らしい。これじゃあ、まともに喋れない。
「返事は!‥…また今度で大丈夫、だから‥」
えーと、なんだコレ。
かわいいやら、恥ずかしいやら、とっくに私の容量をオーバーしてる!このままじゃパンクしちゃいそうだ。
「だから、‥その、…‥まずは、僕と」
うわぁ、うわぁ、
どうすればいい!?
「友だちに、なってください!」
「んで、何て返事したんでィ?」
雑誌を広げながらクラスメイトのサド王子は興味なさ気にさらりと聞いた。
「返事って、‥する前にどっか行っちゃったアル」
「へぇ、初な奴だねィ」
ぱらり、ページがめくられる音が教室に響く。その音は西日に染まる教室によく馴染む。
「どーすればいいアルか?」
「どーもしなくてもいいんじゃね?」
「‥……薄情アルな」
「そんなもんでさァ」
何がそんなものなのだろう?理解できずに首を傾げると、面倒臭さそうな目を沖田は向ける。
「それよりアンタ、」
「あ、神楽。いたいた、早く帰ろうヨ」
教室の入口で爽やかニコニコ笑顔のまま兄が手を振る。
「兄ちゃん!どうしたアルか?」
大学が終わったのだろうか、私服姿のまま高校に入ってくるだなんて先生に見付かったら怒られる!
「校門の前で待ってたんだけどネ、なかなか出て来なかったから来ちゃった☆」
来ちゃった☆…‥って。
ヤバい、かわいい‥。
「ぅ〜、ごめんヨ。すぐ行くネ」
財布と弁当箱が入ったリュックを背負って、兄の元へと走る。そんな私をくすり、と笑って兄は白く温かい手で私の頭を撫でた。
「じゃーナ!沖田ぁ!」
別れの挨拶をすると、沖田はニヤリとドS顔をして、
「じゃーねィ、ただ今モテキのかぁーぐらさん」
ひらりひらりと手を振った。
この、性悪っ!
思わず頬が熱くなるのをごまかすように睨み付ければ、我関せずの澄ました横顔はすでに雑誌へと向けられていた。
「モテキ?何のこと?」
繋がれた手を握りながら、ふと首を傾げる。何のことと聞かれても。私は今モテています、だなんて言えるわけない。まったく、沖田も意味が分からない。
「告白でもされた?」
「ぅ〜ん、微妙?」
よくよく考えると、あれは告白というよりも友だちの申し出みたいなものだったし‥。訝しい気に伺う兄の視線がいたたまれなくて、ふと廊下の外を眺めた。秋空はなかなかやっぱり、うつくしい。
「神楽、ちゃんと答えてよ」
なぜか真剣な兄の青い瞳は夕焼け色に覆われていて、不思議な色合いを醸し出していた。
「わ、分からないョ‥…」
居心地の悪い不安さに思わず繋がれていた手を離した。今まで、自分から離したことなんてなかったのに。
「かぐら、」
兄がゆっくりと名前を呼ぶ。薄い唇が言葉を作る。それだけで、いっぱいいっぱいになってしまう。
「彼氏、出来た?」
「ち、違う‥…、」
違う、そんなんじゃなかった。
「と、友だちになって、って、」
「ふーん、ずいぶん初な奴だね」
沖田と同じことを言う。うぶって何のこと?
僅かに下がる目尻が兄には珍しい情けないような表情で、少しだけ驚いた。
曖昧に笑った口元が開かれる。
「彼氏が出来たら、兄ちゃんに言うんだよ?俺より強い奴じゃなきゃ許さないから」
兄ちゃん、
彼氏なんて出来ないよ。だって、私は今も片思い中なのに。10年以上も、そうなのに。
想い人は目の前の兄、只一人。
伝えられないし、叶いもしない、私の初恋。さっさと諦められたら楽なのに。
「彼氏なんていらないアル、」
負けるな、私。
もう少しだけ頑張らせて。きっと、そのうち諦められるから。
だから、それまで。
落ち葉は廻る、くるくると。
【3周年お礼:その2】
兄神、現代、(隠れ)両想い、学校
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