がたんごとん、 | ナノ

高神+沖の現代パロ
アンケートのお礼画面にのせていたお話です。







空調が効いた電車内は少しだけ肌寒いから、いつもは薄い灰色カーディガンを羽織っているけども、今だけはちょっぴし熱い。

(うわぁ、‥…前、前っ)

膝上の指先から視線が上げられない。引き結んだ唇が微かに震えるのが余計に気恥ずかしいかった。

(うわ、うわ、どうしよう!)

向かい合った座席のローカル線は、3駅先の学校に行くため毎日のように乗っている。
いつもこの時間帯は乗客数が殆どいない。剣道部のマネージャーとして朝練に参加しているため、通勤時間とは被らないのだ。だから座席はけっこう空いていた。
ちらり、と正面を見る。
音楽を聴きながら本を読む指は骨張っていて長い。しとやかな睫毛が横窓から入る朝日を受けて、思わずどきりと胸が高鳴った。

(か、っこいいアル‥…)

目の前の少年は同じ駅にある男子高校の制服を着ていた。ときどき練習試合をする高校だ。県大会の常連校で、そこの主将がなかなかくせ者らしい。まだ見たことはないけども。

ぱらり、
がたんごとん、

ページをめくる音と車体が揺れる音がする。それ以外は朝の静けさが包み込んでいた。

(やばい、やばい、)

こんな感情は初めてだ。
呼吸さえ、気恥ずかしい。

これはやっぱり、ひとめぼれ?

(どうしよう‥…!)










*****

「沖田ぁ!」

朝練の準備をしていると、兎のように駆けてくる少女が道場に飛び込んでくる。

「おい、ちゃんと頭下げろィ」

はっとしたように敷居の前で立ち止まり、たどたどしく頭を下げると、少し息を落ち着かせたのか、赤い頬の幼馴染みがこそこそと歩み寄ってくる。

「あのネ、」

一生懸命に背伸びをして耳打ちしようとする姿に、こちらも腰を屈めて協力する。ちょっとした恒例行事だ。この幼馴染みはよくこうやって些細なことを幸せそうに話すのだ。

「彼氏できたアル」

そんな姿がまぁ、かわいくもあって‥……、

「はぁぁぁあっ!!?」

えっ、彼氏!?

睨んでくる土方を無視して、幼馴染みの肩を掴み屈ませる。広い道場の片隅でヤンキーの如く話す俺たちはきっと怪しく見えるのだろうが、今はそれどころじゃない!

「いつでィ!?」
「今さっき。電車の中でひとめぼれしたネ」

にこにこと笑う幼馴染みは恥ずかしげもなく"ひとめぼれ"とおっしゃった。その"ひとめぼれ"とやらの漢字だって書けないくせに。

「誰でさァ!?」
「沖田、?さっきからテンション高いアルよ?」

誰のせいだ、この鈍感チャイナ!

「隣の男子校の先輩ネ」

先輩かよ!?
うーわー、しかもあの男子校って金持ちのボンボンじゃん!

「しかも剣道部らしいのヨ!」

はぁっ!?‥…ってことは、練習試合とかで会ったことあるはず。

「俺が知ってる奴?」
「そんなのわかんないヨ。でも、来週の合同練習に参加するみたいネ!」


あーらら。
幸せそうに笑いやがって。
面白くなくてそっぽを向く。
これは絶対、負けられない。そんな決意を胸に立ち上がる。

「おい総悟、そろそろ練習始めるぞ。チャイナも早く準備しろ」
「はーいヨ、」

これから一週間、地獄の特訓とやらでもしてみるか。
とりあえず、土方コノヤローに先制攻撃を決めるべく、竹刀を素早く振り上げた。










*****

太陽サンサン、道場は暑い。試合の熱気がすごくて、汗が首筋を落ちる。

「神楽ぁ、水くれー!」
「はいヨー!」

試合が終わった先輩にスポーツ飲料とタオルを渡すべく走り回るのは、もう何度目だっけ。意外と忙しいくて、少しだけ目がまわる。

「アンタ、昼休憩しなないと倒れちまいそうでさァ」
「沖田…‥、でも次の試合の記録とらなきゃアル」
「んなの山崎にやらせればいいだろィ?」

持っていたストップウォッチと記録用紙が、山崎ことジミーに押し付けられる。そんな横暴さにちょっとだけ沖田を睨めば、ポーカーフェイスの幼馴染みが素知らぬ顔で腕を引いた。

「わっ‥!」

よろけながらもついて行くと沖田は満足そうな顔で笑う。
あ、なんか懐かしい。
昔よく見た顔だった。

2階立ての道場はあちらこちらと人ばかり。思ったよりも多くの高校が参加しているみたいで、静かな休憩場所は建物の裏手側にしかなかった。

「ほれ、」

手渡された保冷剤にふと、息をつく。さすが私の幼馴染み。

「倒れる前に冷やしなせィ」

わざわざ休憩場所にこの日陰を選んだのも、冷たい保冷剤を渡すのも、ぜんぶ暑さに弱い私のため。

「ぁりがとアル‥…」

そんな幼馴染みの優しさがいつも眩しくて泣きそうになる。でもそんなの恥ずかしいから保冷剤を押し当てて、ひたと涙を隠すのだ。

「弁当も、っと。ほら、アンタも食べるんでィ」

特大サイズのお弁当は、綺麗な沖田のお姉さんが作ってくれたもの。私のマミーはずっと前にお星さまになったから、昔からお弁当は沖田のお姉さんに作ってもらっていた。

保冷剤のすき間からちらり、と沖田を見る。
微妙にあけられた距離、80cm。真ん中に特大のお弁当1つ。これは中学生時代に築き上げられたもの。

「おいしぃ‥」
「ん、姉さんに言っとく」

この距離をさみしいと思うのは、まだまだ子どもの証かなぁ、だなんて。そんなことを何度考えたか。覚えてなんていないけど。

「彼氏さんには会えたのかィ?」
「んー、難しいそうネ〜」

先輩とは、今日はまだ話せていない。試合中の姿は見れたけど、マネージャーの仕事でいっぱいいっぱいだったし、他校の中に会いに行く勇気は、さすがに持てなかった。

(でも、試合見れた‥…!)

普段は猫みたいに気まぐれなのに、試合中は素早くて鋭くて荒々しくて、思わず頬が熱くなってしまうほど、見惚れてしまったのだ。

(やばいヨ、‥先輩かっこいいアルぅ…‥!)

思い出した感情にきゅっ、と肩を縮こめる。思わず口元がゆるむ。心拍数が上がってきた気がするのは、ぜったい勘違いなんがじゃない。

「神楽?‥熱でもあるのかィ?」

沖田の緋色の瞳が見上げてくる。
ふるふると頭を振るってみると、温かな手が額にあてられた。思わずびっくりして見詰め返すと、沖田の瞳が間近に見えて、さらに肩が跳ね上がった。

「ぉき「神楽、」」

低く淡泊な声音が耳に入る。

「来い、神楽‥…」

名前を呼ばれただけなのに、自分のすべてがぴたりと止まる。

「せ、‥んぱい…?」

私の人生初のひとめぼれ兼、彼氏さまに呼ばれたら、行く以外の選択肢があるのだろうか。

(そんなのないに決まってる!)












*****

「せっ、んぱい!」

先を歩く先輩は早足で、どんどん進んで行ってしまう。
引かれた手首は少しだけ痛い。
通り過ぎる廊下も見たこともない。どこへ向かっているのかわからなくて先輩がなにを考えてるのか分からなくて、蓄積されていく不安がきゅっ、と胸を詰まらせる。

「せんぱい、まってヨ」

連れて行かれたのは校舎裏手の外水道。太陽の光が蛇口の表面を反射する。

「神楽、」

光の加減か、先輩の瞳が紫黒に見えた。底が深くて、洞穴みたいな漆黒の中にうっすらとした紫のサテンがかかっているみたいで、息をするのも忘れるぐらい、それがきれいだった。

「誰だ、アイツは」

先輩の腕に囲まれながら間近に迫る端正な顔に頬が熱くなる。
だって生まれて初めてのひとめぼれなのだ。泣きそうなぐらい、かっこいいに決まってる。

「ぉ、きた…‥?」
「何で同じ弁当で食っている、」

少しづつ距離が近付いて行く。鼻先が触れ合いそうなことに、先輩は気付いているのか。というか、気付いて欲しい。恥ずかしすぎる。

「な‥んでって、弁当が1つだからヨ?」
「っ、違ぇだろ!まず、何で1つしかねェんだ!」
「だって洗い物が少なくなる」

先輩の視線が鋭くなる。それさえも、もはやかっこよく見えるからやめて欲しい。

「神楽が作ってんのか」
「ちがうアル。沖田のお姉さんが作ってくれるネ」

「はァ?どういう事だ」
「昔からそうアル。私、料理苦手だから、沖田のお姉さんが作ってくれるネ」

先輩の動きが止まった。
そろそろ熱くて限界だ。
先輩のおかげで日陰にはなっているけれど、やっぱりしんどい。それに先輩のせいで、身体が茹で上がりそうなぐらい熱い。

「テメェらの関係は?」
「幼馴染みでお兄ちゃん?」
「本当だな?」
「うん‥?」

先輩は視線を下げてうなだれる。残された私は、どうしたらいいか分からない。

「先輩、離れてョ‥…、熱ぃ‥」
「ああ‥…、」

ぼんやりする。視界の端が霞み出した。くらり、くらり。
(あれ‥?せんぱい近いョ‥…)

目の前には漆黒の黒髪が。
唇にふと、熱が触れる。
僅かに噛まれた唇に、余韻の熱が残された。

意識が遠退く。
崩れた身体を支えるように、抱きしめられた感触を最後に、瞼は重く世界は閉じた。



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