死が二人を別つまで、2 | ナノ




流れる景色は朧げに夜闇に浮かぶネオンの光で滲んでいる。静かなエンジンの音は微かな振動と共に伝わって来る。

車内は、暗い。
時々、一瞬のうちに流れ込む光の矢が、誰かの横顔を照らしては消えて行った。


緩やかに車のブレーキが掛かる。

「到着致しました」

低い男の声が前方から聞こえた。おおよそ50代だろう。短く切り揃えられた襟足と運転手の男から発せられた低音が重苦しい静寂さを持つこの車内の雰囲気と馴染んでいた。

ガチャ、

ドアが開いた。躊躇なく若い男が手を差し出す。その手の上に白い指が置かれ、少女は車内から外の世界へと去っていく。

バタン、

その景色を断ち切るかのように、ドアは閉められた。ガラス越しのあの子は振り向かない。

「松岡、出せ」
「はい」

















*****

「どういうつもり?」

久しぶりに会った息子の声音にはどこか苛立ちが混ざっていた。
それは、いつもの事だ。己と会う時のコイツは、いつも不快感を滲み出している。
本当に嫌われたものだ。だが何故そうなのかが分かってしまうから、貝のように、ただただ口を閉ざすしかないし、ある意味それは、正常な反応でもある。



「写真は見たか?」

無表情の瞳が僅かに細まる。

「見ていないのか?送っただろう、3月に」

「あぁ、捨てた」

頭が痛くなりそうだ。
無表情な横顔が外を向く。顔の造形だけを見れば、確かに母親の面影を感じるのに、暗い青い目はいつの間にこんな無機質になったのか。

「用はそれだけ?」
「‥…いや、まだだ」


















*****

バタン、

聞こえた音に反応ができたのは、車が動き出した後だった。
艶やかな黒のコーティングが様々な色の光を纏っていたが、遠く離れて行くにつれて暗闇に飲み込まれていき、そのまま走り去って行った。

「ぇ?‥ちょっ!「神楽様、」」

不意に背中へ手の平が触れ、そっと前へと押す。

「お待ちの方がいます」









黒いスーツの男は一定のリズムを保ったまま静かに歩く。中華風の内装や調度品から、ここが中華料理店であることと同時に、随分と高価な店であることが分かった。


男が立ち止まる。
室内の奥、天井から架かる朱色の布に切り取られた空間を前に、思わず不安に眉間を寄せた。

「失礼致します、」

無駄のない動作で布が開かれ、その奥にある大きな木製の円形机が見える。先程まで目の前を歩いていた男は、重く垂れ込める布を片手に頭を下げ、無言で私をその空間へと導いていた。


どうして、パピーも兄ちゃんも、ここにいないアルか。
どうして、この先が、こんなにも怖いのヨ。
異質で不安定な予感が、する。獣のように荒れ狂う気配が、ある。

「入れ、」

ひゅう、っと気管支が細まるような緊張が一瞬で指先まで流れた。
酷く静かで、低い声。どくどくと流れる血液は、軽いパニックじみた衝動と緊張を増幅させる。

「いつまでそこにいる?さっさと入れ、」

わずかに息を吐いて、感情を抑える。何のつもりアルか、パピー。そんな疑問に下唇を噛んだが、即座に思考から振り払う。
左足を前へ。進め、身体。怯むな。姿勢を正し、顎を引き、動作の無駄を削除しろ。

「貴方は、誰アルか?」

円卓には陶器の花瓶に活けられた花々と、ガラスのグラスに注がれた水が置かれ、その向こうには年若い男が座っていた。年齢は神威と同じくらい。まっすぐな黒髪が片目を隠し、もう一つの切り長の目が鋭利な光を宿したまま、こちらを見詰める。
綺麗な顔だ、そう思った。均等のとれた顔立ちはうっすらと笑みを浮かべ、黒く艶やかな髪はさらりと揺れた。

「座らねぇのか?」

その言葉を合図に案内役の男が恭しく椅子を引く。座れ、と妖しい笑みが無言で促す。

後で一発。
覚悟するアル、パピー!!
澄ました表情を崩さずに、ぼそりと呟いた。














「神楽、だったかァ?」

「何アルか」

出されたスープを口に含むと、旨味のあるあっさりとした鳥ガラが胃の中を満たす。


「"話"をしねェか?」

「何について、アルか?」

ちらり、と男を見遣れば、漆黒の瞳と目が合った。
鋭く、強く、真っ直ぐな視線。その瞳が語っている、俺について来い、と。


「これから、についてだ」

血液さえも凍らすような軽薄な笑みを、何故だか綺麗だと思った。








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