Valentine day | ナノ



《現代風、義兄妹パロ》

神威:高2
沖田:高2
神楽:中3
※神威くんは出てきません。














去年の春、父親代わりであるあの人が連れて来たピンクに碧眼の少年少女を、今日から家族だ、と言って躊躇なく我が家に招き入れたのには、思わず呆れ返ってしまったのを覚えている。
そんなこんなで、何の前触れもなく突如として、俺には兄妹が出来たのだ。















「神楽、皿とって」

白い正方形の箱から、赤く艶やかな苺が盛大に盛り付けられたタルトを慎重に取り出し、先ほどテーブルに置かれた白く淡い薔薇の描かれた皿へとのせる。そして再び箱の中に手を伸ばし、今度は黒く美しいチョコレートでコーティングされた丸いケーキを金色の底敷ごと持ち上げる。白い皿にのせれば見事な白と黒のコントラストが眩しかった。


「私、苺がいいヨ」

「んじゃ、俺はチョコレートで」

木製の机にケーキとローズマリーの紅茶をそれぞれ1つずつ目の前に並べ、お互いが向き合うかたちで椅子に座る。暖房のおかげで空気も床も暖かい。快適は単純に好ましいものだ。


「はっぴー、ばれんたいん」

わざとらしい適当な発音が小さな口から流れ出る。ちらり、と視線を向ければ可愛らしい笑みがこちらを見ていた。


「何でィ、」

そわそわとしたこの気持ちにはスルーして、わざとぶっきらぼうに問えば向かいの少女は薄く頬を染めながら、くすりと笑う。

「いっぱいチョコレートもらいながらそれが食べられないお兄ちゃんへ、神楽様からのお情けアル!」
「‥……チッ、」

小さく舌打ちをしながら、シルバーの細っちいフォークを黒く艶めくケーキへ入刀。一口サイズに切り取って口の中へ。仄かな甘さと洋酒の香が脳みその何処か奥底を刺激した。

「ほんと、損な性分アルナ」
「うるせーやィ」

仕方がない、物心ついた時分からそうだったのだ。
信頼した人間からもらう食べ物しか、体が受け付けない。口に入れようとすら、思えない。
料理は家族が作った物だけ食べる。外食は一緒に食べる人による。家族か僅かな友人からもらった食べ物は大丈夫だか、それ以外は無理だった。

「もらったチョコレート、また銀ちゃん行きアルカ?」

毎年の恒例行事は無事今年も執り行われた。対価は未提出だった反省文、1年分の免除。まったく、ロクな教師じゃない。


「欲しかった?」
「やーヨ、女の子から呪われそうネ」

白い眉間に皺を寄せた妹は、苺ごとタルトを切って口に入れ、瞼を綴じる。ふるり、桃色の睫毛が揺れた。どうやらたいそう、美味だったらしい。

フォークが陶器にぶつかる音が居間に響く。家には神楽と自分の2人だけで、随分と静かだった。
バレンタインデーにチョコレートを食べたのは5年ぶりだ。母も姉も、とうの昔からいなかったし、父親代わりである近藤さんがチョコレートをくれるだなんて有り得ない、寧ろ不気味である。



「そういや、アイツは?」
「女の子からケーキバイキング奢ってもらうんだって、」

成る程、あの大食漢のピンクやろーが食い付きそうな話だ。

「あ、だからケーキ、2個だったんだねィ」
「当たり前アル。1人だけいい思いなんかさせるかヨ」

鼻で笑う少女の目には微妙に暗い炎が見える。なにしろこの少女もまた、大食漢なのだ。大方、兄貴が羨ましいのだろう。


「今から行くかィ?、ケーキバイキング」

桃色の頭がぴくり、と跳ねる。恐る恐る見上げる青は少しだけ、いつもより水分が多かった。

「‥……お金ない、アル」
「奢ってやらァ」
「マジでか、総悟!?」

キラキラと輝く瞳は素直なことこの上ない。

「合格祝い、でィ」

泣きべそかきながらやった高校受験に見事合格した妹へ、兄らしく、たまには何かするのも良いだろう。それに自分も、この可愛い妹のおかげで、久しぶりの嬉しいバレンタインデーだったのだ。ケーキはさっき食べたばかりだが、お互い意外と甘党だし、きっとこの妹の胃袋が満たされるのを見るのも、なかなかおもしろいだろうから。


「んじゃさっそく、行くかねィ」

あのピンクの兄貴が帰って来る前にたまには2人きりで出掛けよう。バレンタインデーに浮かれた街も、きっと今なら悪くない。















後書き、
はっぴー、ばれんたいん!

この後ケーキバイキングに行った沖田くんと神楽ちゃんですが、そこにはいくつものお皿を積み上げた神威くんが運悪く、同じ店にいたのです。
結局、バイキングは3人で。どんだけ食べるんだピンクの兄さん‥…。でもきっと彼なら出来る!、と古川は確信しています^^


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