▼ ふやけるまでが夜だから
悲しいとき、人は涙をこぼす。
それは当たり前のことなのだが、当たり前が許されない人も稀にいる。
今、わたしを抱きしめている人がそうだった。
「ディアマンド様」
小さく名を呼んで、頬に口づけると、ディアマンド様もわたしの頬に口づけを返してくれる。
ディアマンド様は父君を亡くされてから、夜、わたしを訪ねてくる回数が増えた。
たとえば、今のように。
約束なしに訪れてくるときのディアマンド様は、いつも行き場のない子どものような顔をしている。
わたしはディアマンド様の首に手を回した。
わたしの背にディアマンド様の手が回り、柔らかなベッドの上に壊れ物のように下ろされる。
特別に、言葉を交わすことはない。
交わすのは、互いの体温だ。
熱を分かちあい、吐きあってようやく――ディアマンド様の眦がわずかに緩む。
「わたしは大丈夫ですよ。どこにも行きません。ずっとお側にいます」
小さく囁いて、ディアマンド様の背に腕をまわす。
返事はない。言葉はなかったが、私を抱くディアマンド様の腕の力が強くなる。
……と、同時に。
体の奥に再び火種が起こされた。
わたしがふやけるきってしまうまで、この夜はが終わることはないのだろう。
2023/09/17
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